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短編集12(過去作品)

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 まみといつもここで一緒になるのは、水曜日だった。私がここに来るのも水曜日、だからこそ会えるのだとマスターから聞かされた。
「水曜日は寂しくなったでしょう?」
「ええ、そうですね」
 一度まみを待つために水曜日に店にいた時、マスターに声を掛けた。その日の退く敵はそれだけだった。
 結局、その日を境にまみを見ることはなかったのだが、それまでも現れたり現れなかったりと、私は寂しい日を過ごしていたりした。
「そういえば、例のカップル、見かけますか?」
「ええ、相変わらず、最近はあまり見かけませんね。来るとしても水曜日ですから、田端さんがごらんになっている通りです」
 まみがいないと、気になってしまう。この店で印象に残っているのはまみと、そのアベックだけだからである。
「それにしても、あの二人の顔がなかなか思い出せないんですよ」
「男の方は、何となく親近感を感じるんですけどね」
「四十代後半くらいですか?」
「いえいえ、もう初老と言ってもいいくらいではないですか?」
「えっ?」
 いくら薄暗いとはいえ、そこまで感覚が違うとは思えない。確かに私は横顔しか見たことがなく、マスターは正面から見下ろす形だ。しかも薄暗い店内で、限られた照明に照らされた表情なのだから、幾分か受ける感覚が違っても仕方ないだろう。しかし、それにしても違いすぎる気がする。
「気難しい顔をいつもなさってますが、根は落ち着いた雰囲気を持った方だと認識していますよ」
「そうですか。私は横顔しか見たことないので、しかも、女性越しですから、気難しい表情にしか見えませんでした」
「女性の方が、これまたよく分からないのですよ」
「若い方ですよね?」
「そうですね。若くも見えますが、落ち着いても見えますね。しかも、本当に毎回同じ女性なのかと思うこともあるくらいですよ」
「同じ人なのでしょう?」
「ええ、それは間違いないと思いますよ。まじまじと見たわけではないですが、雰囲気がどうも違うように感じます。ただ、ハッキリと顔が思い出せないですね。だから、親近感がどうしても湧いてこないのでしょう」
 マスターの話もよく分かった。
 確かにいつも顔を見ていれば湧いてくるのが親近感というもので、お互いに目が合うから感じるものなのだろう。目を合わそうともせず、意識して逸らそうとしている相手に、なかなか親近感を抱くことなど不可能である。まして、まるでお忍びのように、会話もなく、ただ呑んで帰っていくだけの二人だからである。
「それにしても男の方には、親近感が湧くのは不思議ですよね」
「ええ、でもどこかで見たような顔だと、いつも思っているからでしょうか、親近感を感じるのです。しかし哀しいかな、それが誰だか分からないんですがね」
 苦笑いをしながらグラスを拭いている。顔を思い出せないことをマスターはそれほど悔やんでいないようだ。それよりも、親近感を抱くということに対して安心感のようなものがあるのかも知れない。
 私はマスターのようにあっさりとした気分になれない。
 マスターが
「見覚えがある」
 というのだから、見たとすればこの店でのことだろう。
 しかし、私はこの店以外でもその男のイメージがあるのだ。それが電車の中なのか、会社なのかなどハッキリしないが、時々見つめられているような気がして仕方がない時がある。
「あ、俺にもそんなことあるよ」
 会社の同僚に似たようなことを話したことがあったが、同僚も時々同じようなことを感じているようだった。
「それも、何か邪なことなどを考えている時に感じるので、どこかで神様の戒めじゃないかなんてことを考えたりもしたよ」
 そういって苦笑する。
 そう考えれば辻褄が合うのだろう。気持ち悪く感じているのは私だけではないと思っただけで、ホッとした気分になれるのは嬉しかった。
 まみに感じた色はハッキリと赤だった。
 しかし奈緒美に今まで似合う色を感じたことがなかったが、この店に連れてきて感じた色があった。
――グレー――
 灰色である。
 あまり地味な感じを受けず、どちらかというとハデなタイプだと思っていた奈緒美に、なぜグレーを思い浮かべるのだろう。シックな感じが大人の魅力を誘うという雰囲気を、如何なくこの店で発揮しているのだろうか?
 奈緒美という女性に対して、そういえばあまり深く考えたことはなかった。ハッキリと分かっていることもそれほどなく、髪の毛を触られている時の気持ちよさをいつも感じていたいという、そんな気持ちが強いのかも知れない。
 あまり深く聞こうとすると、避けられるような雰囲気があるのだ。さりげない付き合いが私と彼女の関係、そんな風にも感じる。
 月曜日はとても待ち遠しいのだが、会ってから何かを期待するというわけでもない。きっと、
――あまり深入りするとロクなことがない――
 と思っているからで、それは以前に付き合っていた、ゆかりに起因しているからに違いない。どちらかというとのめり込みやすくて、相手を好きになったと思ってしまえば、まわりが見えなくなってしまう私だけに、「反動」というものがあるのかも知れない。
 そんな私に奈緒美は最高の女性なのかも知れない。
 控えめで、出しゃばったことは嫌いで、何よりもお互いを束縛するようなことの嫌いな女性だった。
 以前の私なら、そんな女性と付き合うなど考えられなかっただろう。付き合い始めれば相手のことが気になるのは当たり前のことで、その思いはどんどん募ってくるはず。そんな気持ちが「束縛」という形で表れないとも限らず、きっとそれを「束縛」だとは私自身感じないはずだ。
 そんな時、
「束縛されるのは嫌い」
 などと言われたら、どんな気持ちになるだろう。
 落ち込んでしまうのは目に見えていて、自らをそれが分かっている環境に身を置くことなど考えられないはずである。
 まみにしてもそうだった。
 彼女ともここでだけの付き合いで、「同伴」の申し入れをした時も、簡単に、
「いえ、ここで会いましょう」
 と言われて、あっさりと引き下がったではないか。
 本当だったら、表でのまみも見てみたいと思うはずだし、一緒に店の扉を開いて、同じ位置からマスターと顔を合わせたいと感じるはずである。
 二人が一緒に入ってきた時に浮かべる笑顔が、目を瞑れば瞼の奥に浮かんできそうだ。ニコニコした表情は微笑ましさいっぱいで、さぞや一人で来た時に浮かべる笑顔とは違うものであろう。それが見たかったのだ。
 しかし結局実現することもなかった。
――きっと、まみともうここで会うこともないだろう――
 と思い始めた今でさえ、まみがいないことへの寂しさが麻痺しているような気がする。
 以前の私なら耐えられなかったかも知れない。明らかに私はまみを女性として意識していた。それは奈緒美に対して感じたものと違うのかと言われれば、
――同じような気もするし、違うような気もする――
 自分でも曖昧で、そう「グレー」な感覚なのだ。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次