小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集12(過去作品)

INDEX|20ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 元々人の顔を覚えるのが苦手で、営業職でないことが幸いだと思っているくらいの私なので、それも仕方ないことかも知れない。これだけ薄暗い中で、しかもかなり遠くに感じる席に座っている二人なので、覚えている方がすごいだろうと自分でも思うくらいだ。
 その二人も最近あまり見かけなくなった。不思議なことに、その二人が同伴でやってきたところを見たことがない。それは私がまみに同伴を誘い、とても嫌な顔をされたという事実が頭にあるからである。彼女のあれほど嫌な顔をするとは思ってもみなかった。まみの顔を思い出そうとすると、苦虫をかみ殺したようなあの表情が強烈で、他の表情を思い出すことができない。
 奈緒美と一緒にスナック「ロンリーバタフライ」の扉を開くと、目の前に広がったカウンター席には誰もいなかった。
 奥のテーブルにも誰もおらず、マスターがゆっくりとグラスを拭いていた。まるで初めて来た店のような感じを受けたのは、気のせいではないかも知れない。
「こんばんは、マスター」
 私はマスターにニコニコしながらそういって、奈緒美を連れ立って指定席に座った。マスターはそれに答えようともせず、相変わらずグラスを拭いている。
 明らかにいつもと雰囲気が違うマスターなのだが、奈緒美を連れて上機嫌でいる私にその理由は分かるはずもなかった。
 いや、分かろうという気もしなかったのである。
 マスターはこちらを見ようとしない。注文をした時だけ、
「はい」
 と答えたきり、こちらを完全に無視していた。
 私はてっきり奈緒美との時間に気を遣ってくれているものだと思っていたが、それにしても、こちらを見ようとしないことと、私がマスターから顔を逸らした時に感じるマスターの鋭い視線のようなものに対して
――おかしいな――
 と感じていた。
 しかし、そう思いこそすれ、
――だから、どうだ――
 というわけではない。そこから先、マスターの視線から逃げさえしていたように感じるのである。
 私は奈緒美とそこでどんな話をしたのだろう?
 時間を感じずに話に耽っていたような感じだったが、それは、まみの時とはかなり違う感覚である。まみに対しては、
――ここでだけは恋人気分なのだ――
 と、まるで時間制限のある恋人同士のような感覚で、シンデレラのような輝きを感じていたために、いくら時間を感じさせない「至福の時」を過ごしていたとしても、却ってまわりの雰囲気を敏感に感じようとしていた。
 しかし、奈緒美とはここ以外での永遠の恋人同士としての余裕もあるので、店にいても二人だけの世界を作ってしまって、まわりを気にしなくてもいいように感じてしまう。不思議な感覚であるが、他の常連客がいないことに却ってがっかりしている。きっと皆に奈緒美を自分の彼女として見てほしいという願望があるのかも知れない。
 だとしたら、まみに対してはどうなのだろう?
 完全に奈緒美といる時は、まみのことは頭から消えているようだ。
 それにしても、今までここにいる奈緒美のことを考えたことはなかった。
 最近まみを見ていない。以前であれば、私が来た時にまみが姿を現さないなど考えたこともなかったが、初めてまみが姿を現さなかった日に限って、
――まみが現れないのではないか――
 という胸騒ぎのようなものがあった。
 現れないなど考えられない時であれば、そんなことを感じた時点で、いても経ってもいられなくなっていただろうが、その日は胸騒ぎこそすれ、最初から覚悟があったかのような開き直りがあった。
 また次の機会に会えるという根拠もない。いつもであれば、たまたま会えないだけだと思うのだろうが、その日に限って、
――今後、二度と会えなくなるかも知れない――
 という気持ちが働いていた。そんな気持ちも含めたところでの覚悟だったことが、今さらながら自分でも信じられないところである。
 だからといって奈緒美をあらためてこの店に連れてきたつもりはない。
 少し前から奈緒美を連れてきたいと思っていて、少なくとも前日までは、まみが来ないから奈緒美を連れてくるんだという思いはなかった。
 しかし当日になり、店の扉を開いて店内を見渡した瞬間に、見つめたまみの指定席に誰も座っていないことでホッとしている自分に気付いた時の私は、なんとも複雑な気持ちだった。
――二人を引き合わせたくはないが、比較もしたくない――
 比較することは失礼だというよりも、比較の基準が分からない私に、最初から比較など無理なことであった。
 もちろん、まみの指定席に座る奈緒美の姿を想像もできなかったことで、わざとまみの指定席に奈緒美を座らせることに、違和感はなかった。
 まわりからの訝しげな視線を痛いほど感じることができる。特にマスターの視線はヒシヒシと感じる。最初に指定席についての因縁について言い出したのは、かくいう私ではなかったと言いたいのだろう。
 しかし他に常連客がいないのは不幸中の幸いだと思っていたが、それを補っても余りあるだけのマスターの視線には、さすがに参っていた。
 しかし、なるべくそんな雰囲気は醸し出さないようにしようとしたが、無理なようだ。
 私は完全に店の雰囲気から浮いていた。いつものように常連がいないと、閑散とした店内なのだから、広く感じてしかるべきなのであろうに、感じるのはなぜか店の狭さだった。
 暗さから感じるのであろうか? 店の奥行きが身近に迫って感じるのである。
――圧迫されるような雰囲気がある――
 湿気を帯びているようで、重たい空気を感じるのだが、それに逆らうように自分のまわりだけの空気を軽くしようと無理にハシャいで見せる。それが余計に浮き立たせて見せるようで、自分でも分かっているのだ。
 こんな時に限って客観的に見ることができる自分が恨めしく感じたことがあった。近づきすぎることもなく遠すぎず、自分を見つめている私、一緒に感じることのできない自分である。
 例えば、片方の手が熱く、片方の手が冷たかったとしよう。その手を合わせてみて、果たして自分はどちらを強く感じるだろう?
 やってみたことがあるが、何ともハッキリとしなかったことを覚えている。どちらかに神経を集中させないと、どちらも中和し合って、感じていることが麻痺してしまっている。しかも片方に集中させると片方はまったく感覚が麻痺するのかと思えば、なぜか感覚を持っていることに気付くのである。
 一緒に感じることができないであろうとは思うのだが、麻痺するところまでは行き着かない。
 客観的に見ている自分もそんな気がする。
 見ている自分にしても、見られている自分にしても、自分としての感覚である。見られながら見ていることに気付いているはずなのだ。
 果たして奈緒美はどうなのだろう?
 いつもと違う私に気付いているのだろうか?
 奈緒美は私に対しては、結構気がつく方である。ちょっとした気持ちの変化も敏感に感じ取っているし、しかも私が彼女のことを分かっているだろうと思う前から、とっくに気付いているのである。
 確かにまわりに対していつも気を遣っている奈緒美だからこそ、私に対しても気がつくのだろうが、それだけ気にしてくれていると思うととても嬉しい気持ちになれるのだ。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次