短編集12(過去作品)
最初出会った時は冬だったのだが、コートの下に着ていた真っ赤なセーターが印象的だった。薄暗がりでも毛皮の赤が少しまだらに見えるくらいで、それが顔に映えて酔いも手伝ってか、ほんのり赤みを帯びていた。汗が顔を照らしているのか、美しく見える。自分も赤くなって汗が出ていることを感じさせられ、かすかな酸味を帯びた匂いが漂ってきそうだ。
――真っ赤なセーター――
それが彼女に対する印象だった。
そういえば、まみはいつも赤いものを身に付けている。服装に限らず、アクセサリーだったり、カバンだったりするのだが、気がつけばいつも私はまみの「赤」を探している。
「赤がお似合いですね」
思い切って聞いてみた。
「ええ、好きなんですの」
決してスリムとは言えない身体であるが、かといって太っているわけでもない。抱きしめたら弾けてきそうな心地よい張りが、私には嬉しいのだ。
それほど背も高くなく、ポッチャリ系のその顔を見ていると、やはりひらがなの「まみ」というイメージを一層感じるのだ。
季節が冬から夏に変わろうとしている時期で、まみも薄着になる。
少しは痩せて見えるかと思ったが、それほど変わって見えることはない。顔がポッチャリのわりには、腕や腰のラインは痩せている方だろう。かといって胸の張りやヒップなどはしっかりと目立っていて、「そそる身体」であることに間違いない。
まみを見ていて、何度抱きしめたくなったであろうか?
横から見える胸の張りに視線が釘付けになったりするのも、身体からあふれ出しているフェロモンを含んだ甘酸っぱい匂いを嗅いでいるからかも知れない。
――そういえば、喫茶「アルテミス」にいた由美ちゃんと雰囲気が似ているんだ――
何度かまみに会うようになって気がついた。
私は人の顔を覚えるのがとても苦手な方で、しかも昔の知り合いの顔もすぐに忘れてしまう方である。たとえ気になっていた人であっても同じことで、まみのことを、
――誰かに似ている――
と思いながらも、それが誰なのかハッキリしなかった。
しかしそれが由美だということをハッキリと思い出すと、由美の顔が次第に私の中で出来上がっていくのが分かってきた。幾分、贔屓目で見てしまうため、まみに似てきてしまうかも知れないが、それでもしっかりと特徴は掴んでいるはずである。
次第に私はまみの後ろに見え隠れする由美を探していたのかも知れない。
由美は白系統の服がよく似合った。
赤い服を着てくることもあったが、それでもすべてが真っ赤ということはなく、どこかに白色が混ざっている。赤が白を引き立てる色になってしまっているのだ。
薄暗いスナックと、明るい喫茶店の違いというのもあるだろう。そこにアルコールの有無や、BGMは客の雰囲気というプラスアルファーが働き、その違いがさらに増幅していったのであった。
私の中での喫茶店とスナックの違いというのは、最初ほど開きはないかも知れない。最初にスナックに入った時は、さすがに今まで知らなかった世界、店全体が安らぎという名の下に、妖艶さが全体にかもし出されていた。そう、自分の居場所を求めるまでに少し時間が掛かったであろう。しかし慣れてくればそんなことはない。自分の居場所を見つけてしまうと、そこから見る店内という世界は一変してしまう。その自分の居場所が指定席であり、みんなが指定席を持っている理由も自ずと分かってくる。
「それにしても、みんな自分の指定席が、他の人と重ならないというところがすごいですね」
「私も気付いてましたけど、田端さんも気付いておられたのですね?」
「ええ、最近よくマスターとそんな話をするんですよ」
そういってマスターの方を見つめる。それほど大きな話声ではないのでマスターに会話の内容が聞こえるはずはないのだが、グラスを拭く手を休めることなくこちらを見つめながらニコリを笑うその仕草は、
「ええ、そうですね」
と言わんばかりのアイコンタクトを感じた。
それにしても、まみが気付いていたとは思わなかった。私が知らないだけで、意外と皆そのことに気付いているのかも知れない。
まみとは時々話すが、最近は見かけないような気がしてきた。
「そういえば、最近まみちゃん見ませんね」
マスターにそう話すと、
「そうですね、最近そこの席はずっと空席ですね」
「よく来られるんですか? 彼女は」
「そうでもないですよ。でも不思議と田端さんと一緒になることが多いですね。彼女が一人でポツンと座っているところをあまり見かけた記憶がありませんからね」
どうやら相性というものがあるらしく、私とまみの相性はよかったのかも知れない。それだけに、彼女を最近見かけることのないのは余計に寂しい限りである。
そういえば、ここの常連客とはここだけの付き合いであった。そういう意味では、みんなここでの薄暗いところの顔しか知らない。中には表で見ても顔の分からない人もいるだろう。
まみにしてもそうである。
一度、表で会おうと誘いをかけたことがあった。
「今度ここに来る時、一緒に来ない?」
「それはどこかで待ち合わせて一緒に来ようというお誘い?」
「そうだよ、たまには他で会ってここに同伴するのもいいんじゃない?」
彼女はそれに答えず、じっと下を向いていた。そして思いが固まって顔を上げ、こちらを向いた顔を見た時、
――何とも嫌そうな顔をしているんだろう?
困惑とも違う。苦虫をかみ殺したような表情にも似ているが、それだけでもないような感じである。私はそれ以上彼女を口説く言葉を持ち合わせていなかった……。
さらにマスターは言葉を続ける。
「相性という意味では、最近手前に座っていた二人も、あまり見かけることがありませんね」
そういってマスターの指差す先を見ると、カウンターの一番手前の席であり、そこは時々男女が話しているのを見かけていた席である。
私が来る時にはよく見かけていた気がするのは、その途中に他の客があまりいなかったからかも知れない。端の方に座る二人が、カウンターの長さよりもさらに遠く感じるほど小さく見えた記憶が残っているのだ。
二人は肩を寄せ合うように静かに呑んでいた。たまにヒソヒソ話をしているようにも見受けられたが、普段は静かに呑んでいた。男の方はパリッとしたスーツに身を包んだ、脂ぎった顔がエネルギッシュに見える働き盛りの四十代に見える。女性の方はそれから比べるとかなり若く、やはりビジネススーツのよく似合う二十代前半のOL風だった。
――あまりジロジロ見てはいけない――
見ないようにしようとしても気になるもので、まみと話をしている最中でも、なるべく見ないようにしながら気がつけば見ていることを、まみに気付かれていたのではないだろうか?
そういうまみも気にしていたようである。
「どういう二人なのかしらね」
「さぁ?」
たったこれだけの会話だったが、お互いにそれ以上触れることはなかった。それだけ話しただけで、お互いに気にしていることが分かったからだ。
よく見かけたわりにはその二人の顔をなかなか思い出せない。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次