短編集12(過去作品)
「いや、ハッキリとは分からないが」
何となくは分かっているが、とりあえず聞いてみた。
「野良犬、野良ネコがいたとするだろう?」
「ああ」
「例えば、誰かの家に餌を貰いに行ってたとする。もし、そこの住人が引っ越したら、犬とネコでは行動パターンが違うんだ」
友達の言いたいことが大体分かってきた。
「犬だったら、人につくと言われているから、もうその家に今まで餌をくれていた人がいなくなったらいかないだろう。そして、今まで餌をくれていた人を探すことになるだろうね。逆にネコだったら、家につくと言われているから、たとえ住人が変わったとしても、今まで通りにその場所に餌を貰いにいくことになるだろう。まぁ、犬にしてもネコにしてもいろいろいるだろうから、皆が皆同じとは限らないだろうけどね」
「ネコの方が少し薄情だな」
「一概にはそうとは言えないかも知れないぞ、犬のような行動をしていたら、損をすることになりかねないしな」
「そうだな、のたれ死になんてことになったらシャレにならないからな」
話を聞きながら一体自分がどちらなのか考えていた。
「要するに、一長一短なところがあるわけだな。性格を判断するにはちょうどいい例えになるかも知れないね」
「そうだね。でもどちらかと言えば、自分は犬型かも知れないな」
「人につくということかい?」
「そうだね。いや、そうありたいと思っているからかも知れない」
「それはあるんだよ。俺だって犬型だと思いたいこともある。だけど、考えれば考えるほどネコ型なんだよ」
「ネコって自由な感じがするよね。餌を貰いにきているのを見るだけなら、ネコは実に可愛いものだ」
「ああ、実はここにもよくネコが餌を貰いにくる。最初にあげてしまうと後は毎日のようにやってくるんだ。ちょっとした飼い主気分だよ。だけどな、考えてみれば前の住人も同じように餌を上げていたんじゃないかって気がするんだよ。そう考えると何となく複雑な気分になるよね」
「そうだなぁ。もし俺が野良の立場だったら、飼い主が変わったからといっていかなくなってのたれ死にってことにだけはなりたくないな」
「そうだろう。結構わがままなんだよね。人間って」
「そうだろうか? わがままなんだろうか? それこそ人間の本能じゃないのかな?」
「そういう意味では人間型っていうのもあるかも知れないな」
そういってお互いに笑っていた。確かに人間型があってもいいかも知れないが、ここでの話に出てきたどちらかということであれば、やはりネコ型かも知れない。
しかし、最初に浮かんだのは犬型だった。餌の話を持ち出されればネコ型と言ってしまうが、どちらかというとずっと犬型と思っていたふしがある。
実は犬かネコかという話はこれが初めてではない。それまでに、一度他の機会で、
「犬は人につき、ネコは家につく」
ということを聞かされていたことがあった。
その時に漠然と考えたのが、
――自分が犬型だ――
ということだった。
犬型でいたいという思いが強かったのだろう。そこには、
――人を信じていたい。人は信じるものなのだ――
という思いがあったのは事実で、それはまだ高校時代の純粋な頃だった。学校教育の中で受けてきた受身の教育が、そんな気持ちにさせたのかも知れない。
しかし最初から、
「俺はネコ型だ」
と言い切れるその友達もすごいものだ。それでいてその友達は結構私をはじめとした友達相手にはいつも気を遣っていて、その人望は厚いものだ。きっと自分をハッキリ認識していることから滲み出るものがあるに違いない。
では私は一体どうなのだろう。そんなことをそれまでに考えたことなどなかった。あくまで、
――犬型でありたい――
と思うのは、人を信じたいと思うことの裏返しであり、信じることでのデメリットや危険性をあまり考えてのことではなかった。そのためかその時の友達との話は、それからずっと私の中で忘れることはなかったのである。
しかし、考えれば考えるほど自分がネコ型であるような気がしてならない。それは人間を犬型とネコ型のどちらかにわけるとするならば、きっと私が犬型ではないということを分かっているからかも知れない。
――いや、やはり私はネコ型なのだろう――
ハッキリとしない根拠のようなものが頭を巡る。それはそのうちに自分で認識することが確実だということを含めての根拠だと思っている。
あれは中学の頃だっただろうか?
私はバス通学をしていたのだが、その中で気になる女の子がいるのに、最初は気付かなかった。元々異性に対して感情を抱くのが遅かった私は、バスの中でもあまりキョロキョロする方ではなかった。いつも本を読んでいたりする暗めの少年だったのだ。
同級生から性についての話はいろいろ聞かされていた。私のような真面目で少し暗めの少年をからかうのが一番楽しい年頃である。まだイジメなどが社会問題になる前だったので、その程度の悪ふざけが横行していたのだ。しかし私はあまり興味を示さなかった。自分でもよく分からないが、身体の成長も奥手だったことから、本能的なことも奥手だったのだろうと、我ながら感じていた。
元々彼女の方からの視線だった。私が気付かなかっただけで、いつから視線があったのか見当もつかない。彼女はセーラー服だった。うちの学校はブレザーなので、新鮮に見え、彼女が他の学校の女の子であると思っただけでもゾクゾクするものを感じるのだった。それがどこから来るものか、自分でも分からなかったのだ。
しかし、セーラー服を見ているだけで、何となくムズムズしてくることに違和感はなかった。それまでに感じたことではないことは分かっていたが、それでも身体の芯からこみ上げてくるものが本能からであることは分かっていた。
――本能に逆らう気はない――
というのが私の考えであった。
本能に逆らうということは、自分の中の生理現象に逆らうということであり、それがストレスとなって体調を崩してしまうことがあると思っていたからだ。なるべくストレスを溜めたくないと思っている私は、自分の考えの中で逆算をしていったのかも知れない。そして出た結論が、
――本能に逆らう気はない――
ということなのだ。
しかしなぜだろう。私はその女の子に話しかけた記憶がないのだ。
いつも私を見つめている。しかも同じ角度で同じ視線で、である。
私にとっての初恋だったに違いない。
――初恋とは甘く切なく、そして実らないもの――
という感覚がある。
確かに実らなかった。彼女に対しての記憶はたった一つだけなのだから。
――もし、あの時に彼女との初恋が実っていたら――
と考えたこともあった。
油絵はしていなかったかも知れない。
釣りに興味を持たなかったかも知れない。
そして、自分が犬型か、ネコ型か、などと考えなかったかも知れない。
いろいろな思いを巡らせることができる。そのほとんどが間違いではないような気がする。真実がそこに存在するとするならば、そのすべてを一つ一つゆっくり考えても、結論が出るまでには至らないような気がしてくる。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次