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短編集12(過去作品)

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 文章にしてもそうである。同じプロットを違う人に見せて、その通りに作品を書き上げろといっても、まったく同じものはありえない。映像にすれば同じようなものができあがっても、文章で一語一句同じものが出来上がるわけはないのだ。もちろん、同じ人が同じ内容のものを時間が経ってから書き直しても同じである。いや、同じ人間だからこそ違うのかも知れない。
――自分の世界に入り込むことだ――
 絵画にしても、文筆にしても同じことであろう。芸術というのは自分の世界を作り上げ、自分の感性を精一杯に引き出すことでできあがるものだと感じている。
 きっと自分の世界に入り込むという考え方は、芸術家肌の人たちは感じ方に違いこそあれ、持っているはずである。だが、世界でたった一つのものを作っているという感覚はどれだけの人が抱いていることだろう。それはプロアマ問わず言えることで、そこには持って生まれた才能以外に、芸術を現すために必要な感性に結びつく何かがあるのではないかと感じている。
 だからこそ芸術家は、意識無意識かかわらず、自分の世界を作ろうとしているに違いない。

 土曜日は一日油絵に時間を使っていたのだが、深夜から早朝にかけて違う趣味をもつようになった。会社の同僚から最初誘われていったのだが、思ったより面白いと感じたのと、気分転換を兼ねてするようになった。魚釣りである。
 中学生の頃に父親が好きだったこともあって、何度か連れて行かれたことがあった。電車で三十分も行けば漁港があり、その近くには砂浜があったりと、結構楽しめるものだ。
 会社の同僚と最初に行ったところは海釣り公園のようなところで、ただ竿を垂らしておくだけだったのだが、それでもあまりの久しぶりに新鮮な気分だった。それに味を占めたのか、次からは一人で行くようになった。最初誘われたのが日曜日の早朝だったこともあって、いつも土曜日の深夜から繰り出すことにしている。
 油絵がもちろんメインの趣味であるが、共通するものがあるような気がする。油絵にしても釣りにしても一点に集中するということでは同じで、油絵で疲れているにもかかわらず、釣りで集中するのはまた違った感覚になる。気分転換というのはそういう意味で、逆に緊張感を維持するには持ってこいなのかも知れない。
 最近の漁場は一本長く通った防波堤の上が多い。ちょうど小さな灯台のようなライトのあるところの真横で、あまり人がおらず穴場だと思っていた。というより大物狙いの人には向くところではなく、ただ竿を垂らしているだけで満足できる者たちだけが楽しめるスポットである。
 いつも三、四人といったところだろうか。多くても十人になることはありえない。しかも全員自分たちのスペースをキープしていて、他の人とぶつからないような暗黙の了解が存在するのだ。
 漁港から出て行く漁船を見送りながら釣り糸を垂れているのもオツなものである。いまだにポンポン船の残った漁場は、生暖かい風が運んでくる潮の香りをさらに引き立たせているような気がする。綺麗な星空を眺めながら、海面に写った小刻みに震えたような明かりを見ていると、遠くからポンポン船の蒸気の音が聞こえてきそうになる。
 最近は釣り仲間もできた。同じ場所で釣っているわけではないが、お互いにタイミングが合うのか、休憩時間がなぜかかち合うのである。
「いやぁ、今日はどうもいけませんな」
 いつも気さくなその人は、もう四十歳近い人だろう。会社の課長クラスの人なのかも知れないと勝手に想像している。
 本名は知らないが、皆からは「ロクさん」と呼ばれているその人は、いつも私に話しかけてくるのだ。
「ロクさんもいけませんか。僕もなんですよ」
「じゃあ、少し休憩としゃれ込みますか」
 そう言って、いつも持ってきている清酒のビンとコップを持ってきて、コップを私に渡してくれる。
「まぁ、一杯」
「ありがとうございます」
「では、乾杯」
 一体何に乾杯なのか分からないが、その日はいつにも増して、酔いの回りが速いようだった。それはロクさんに限らず私にも言えることで、コップ一杯だけで、カーッと顔が熱くなってくるのを感じた。
 その日はいつもより少し生暖かさが強く、潮の香りもきついものがあった。本当の海を感じているのかも知れない。
「山下くんは、ここに釣りに来はじめてどれくらいになるかい?」
「そろそろ二ヶ月くらいですか。いつも土曜日の深夜しか来ませんからね。ロクさんはいつも来てるんですか?」
「いや、いつもというわけではないが、金曜の夜の時もあれば、土曜の夜の時もある。たまに二日連続ということもあるんだがね」
「そうですか、連続で来ても海はその日その日で違いますか?」
 いつも土曜日しか来ないので分からないが、私にはそれほどの違いを感じることはない。だが、周期のようなものがあるかも知れないと感じたのも事実で、確かめてみたいという気にもなっていた。
「そうだね。たぶん違うと思うよ。それを露骨に感じる時もある。きっと君も私の話を聞けば、同じことを感じるかも知れない」
「どういうことですか?」
「君はきっといつも同じ海だけを見ている気がしているだろう?」
「ええ」
 ロクさんは何が言いたいのだろう?
「ここの海は、他と違って徐実に違いが分かる時がある。それはこれなんだ」
 そういうとロクさんはすぐ後ろに立っている小さな灯台のようなライトを指差した。真っ赤なペンキで塗られた塔は昼間なら結構目立つかも知れない。
「この明かりは見る人によって、表情を変えるみたいなんだ」
「私には分かりません。いつも同じに感じます」
 表情とはどういうことだろう。明かりの表情とはその強弱以外には考えられない。
「そうだろうね。君はきっとこの明かりをいつも同じ心境で見ているからだろう」
「見ているというよりも目に入ってくると言うべきなのかも知れませんね。見ようと意識して見ていることは希ですから」
 それは本当だ。意識して見たことはないかも知れない。この入り江に入ってくる時に、遠くから塔を含めた全体像を意識することはあっても、塔だけを意識して見るということはない。あくまでも景色の中の一つの幻影のようなものである。
 しかし、もしこの塔がなかったらどうであろうか。きっとここを漁場にしようなどと考えなかったかも知れない。そういう意味でこの塔を含めた光景が、私の胸を打ったといっても過言ではないだろう。
「だからなのだよ。意識して見ている者にだけ分かるものなのかも知れない。私など、毎回の微妙な違いを確認に来ている時があるくらいだよ」
 確認? 確認したくなるようなことなのだろうか?
「やはり無意識では分からないのですか?」
「そうだね、私も無意識でここに来ることもあるが、日頃から気にしていることもあってすぐに違いを思い知らされるがね。そう、無意識であること自体がいつもと違うことだからね」
「ここの明かりが、その人のその時の心境を反映しているとでも?」
「そうだ。それもその人にとっての心境なので、見る人によってかなり違う。君は夜の信号を見たことがあるかい? 青信号が緑に見える時、真っ青に見える時とないかい?」
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次