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短編集12(過去作品)

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 お互いの感性さえピッタリ噛み合っていればそれだけで会話は十分成立する。お互いを尊重しあって、尊敬しあって、それが思いやりにつながり、ひいては愛情をささげることになると思っていた。
 そう、私は淳子を愛し始めていたのだ。
 淳子も私の愛を純粋に受け入れてくれた。私が淳子に感じた一番の想いは「誠実」であった。彼女は私に対して隠し事をしない。時には話したくないことであっても、
「あなたにだけは聞いてほしいの」
 そういって話してくれた。
 それは私にとっても望むところで、隠し事を極端に嫌う私にとっては、願ったり叶ったりであった。もちろん私も隠し事などしないことを身上としていたので、淳子に対してはいつも真正面から向き合っていた。それが私たちの愛情表現の形でもあったのだ。
 しかし、どちらからだったろうか、別れを言い出したのだ。そんな時でも気持ちの一致はあるもので、心境としては複雑だったが、別れる時にトラブルはなかった。
「疲れちゃった」
 この言葉が別れの理由となった。
 お互い隠し事をしないという暗黙の了解が仇となったのだ。束縛することを極端に嫌っていた二人だっただけに、隠し事をしないという「戒律」は、予想以上にストレスを溜めるものだったに違いない。私は何となく感じていたが、同じことを淳子も感じていたのだった。
 付き合っていた期間は三年と少しだけだったであろうが、私にとっては十年に値するくらいの密度の濃いものだったような気がする。その間に自分のことをある程度理解することができただけでも、淳子との付き合いは素晴らしいものだった。
 淳子にとっての私もそうだったの違いない。お互いを尊重しあうことで成り立っていた恋愛関係だったが、確かに疲れも早かったであろう。しかし、相手を想う気持ちに変わりがなかったのは私も同じことで、別れるに際しても、
――嫌いになったから別れる――
 というものではない。
 ある意味、冷却期間をおくことで、また再び愛し合うようになるのではないかと思ったくらいである。友達付き合いはそれからも続いた。お互いに切磋琢磨する時の相談相手としては最高のパートナーだという尊敬の念は消えていないのだから……。
 だが私はそれからしばらくして淳子に会うことはおろか、喫茶「スワン」にも姿を見せなくなっていた。風の噂で、淳子も喫茶「スワン」のアルバイトをやめたと聞いた。ある時、喫茶「スワン」の店の近くを歩いたのだが、いつの間にかなくなっていることに気付いた。ライトアップされて目立っていた一帯が、暗闇に包まれていたからである。
 何となくホッとした気分になったのはなぜだろう?
 それからその一帯を気にすることはなくなってしまった。
 だが、時々気になることがあったのも事実で、それも決まって金曜日なのは、それだけ生活のパターンが崩れていない証拠だった……。
 それが私にとって不思議な世界への入り口であることを、その時は気付かなかった。

 淳子と別れたそれからの私は、油絵に集中していた。
――趣味を持つって素晴らしい――
 今さらながらに思い知らされたのは、ある程度作品が溜まってきて、コンクールに応募し始めてからである。なかなか入選までいかないまでも、自分としては満足のいく作品を作り上げ、それを応募する。それだけでも満足感が得られるというものだ。ただ、作品をこの世に生み出すだけではなく、少なくとも自分以外の人の目に触れさせようと考えること自体が私には嬉しかった。
 何度も応募していれば、そのうち何回かは佳作くらいには選ばれるものである。
 最初はそれほど応募の少ないコンクールを狙っていたりもして、それでも佳作にでも選ばれれば嬉しかった。
――これからも描き続けていいのだ――
 ということを認められたという自負が生まれるからである。
 最初の頃の私はそれだけでも嬉しかった。謙虚だったからに違いない。そこから少しずつ自信が湧いてきて、継続への力となるのだ。
 私にはそれが嬉しかった。努力は報われるという気持ちが実を結んだと思ったからだ。それから少しずつ製作に使う時間を増やしていき、土曜日を丸ごと製作に使うようになっていったのである。
 しかし、土曜日以外を製作の時間に使おうとは考えなかった。平日はもちろん、仕事に勤しんでいるので、そんな時間も気力もない。日曜日はというと、今度は月曜日からの仕事への英気を養うための時間にしたいという私なりの「こだわり」があったのだ。
 時間を日にちという形で区切ることにより、より有意義な時間の使い方ができると考えているのだ。本当にそれがいいことだと、言いきれないかも知れない。しかし、少なくともその時の私はそれだけ謙虚だったのだ。
 土曜日だけが特別な日として私の中で確立していった。そんな中で自分の心境に少しずつ変化が表れてきていることに気付いたのは、だいぶ経ってからだった。
 それからも何度か佳作として審査を受けることは何度もあった。しかしそれ以上はなかなかないのである。佳作と入選、この間にはきっと私の知らない大きな「差」が存在するのだろう。もちろん入選ともなれば賞金の額も違うし、主催者側の受け取り方も違うだろう。いくら佳作に選ばれても入選が叶わなければ、自分のこれからについて疑念が湧いてきても仕方がないというものである。
 今まで抱いてきた「謙虚さ」を自分で信じられなくなる。すでに佳作に何度も選ばれてきた時点で自信が深くなってきている。そこに「欲」というものが現われてきて、「謙虚さ」を割り切らせることが出来なくなってしまっている。
 ここでの「欲」が悪いものだとは私は思っていない。芸術家肌として自覚しているならば、当然持っていなければならないものだと思うし、「欲」がやる気に繋がることだってあるからだ。
 自分が分からなくなってきた時期があったのだろう。
 しかしそれまでの私は自分の中の個性を誇りにも感じていた。
――他の人にない自分の考え方こそが個性なのだ――
 ひょっとしたら、他の人は敬遠するかも知れない、私以外の人すべての人が敬遠することでも、私自身が自分に向いていると思えば、それこそが個性だと思っていたのだ。
 それは今でも思っているし、自分の芸術家肌としての真骨頂ではないだろうか。そこに実績がつながりさえすれば、立派な個性として他人に公表することだって厭わないのである。
 そこまで大袈裟な考え方を持っていたので、逆に自分が人と違うところを意識して探してみたりしたものだ。
――同じことをしていては成長はない――
 これは、自分の中のことにしてもそうだし、他の人との比較にしても同じだと思っていた。
 そもそも芸術というのは絵画を問わず、皆同じ考えではないだろうか?
 常々作品を描いていて感じていることがある。
――今、描いている自分の作品は、世界でたった一つのものである。たとえ自分であっても、もう一度同じ作品を描けと言われれば絶対に無理なのだ――
 という思いで描き続けている。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次