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アテルマ国の真実

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 という条文に違反することになる。そのため、結婚する男性は、アテルマ民族以外ではいけないと決めたのだった。
 もう一つ、更科の研究で分かったことがあった。
「混血の人間ほど、記憶が欠落する可能性が高い」
 というものだった。
 確かに六角国の陰謀で、アテルマ国が滅びないように、六角民族との混血をなくするため、純血主義を取ったアテルマ国だったが、実際にこの法律が裏だけで証明されていたものを、表でも証明できたのだ。その証明を行ったのが混血である更科だというのも、実に皮肉なことである。
 更科は、次第に事実に近づきつつあった。
 本来であれば、真実があって事実に近づいていくものではないかと思っていたが、今回の更科は、
「事実があって、真実に近づいていく」
 と思っている。
 欠落している記憶を思い出そうとしているからで、ただ思い出したことが本当のことなのか、自分でも分からない。
 どちらにしても、今更科が考えているキーワードは、
「辻褄合わせ」
 だった。
 真実を事実に合わせるのか、事実を真実に強引に合わせようというのか、更科は考えていた。どちらにしても、今の段階では更科の中での事実と真実は、少し離れたところにあるのだと思っている。
 六角国がアテルマ国から撤退したと言っても、完全撤退ではない。
 表向きは完全撤退になっているが、裏では国家単位というよりも、企業単位で国家レベルの取引が行われている。
 もちろん、双方に利益があるからだが、その手回しをしているのが、しおりが所属している会社だった。一般社員の知らないところでの闇取引、そこに関わっている人は、アテルマ国から国外退去させられた「混血」ばかりであった。表に出ているしおりたちに、企業のトップは、
「誰がそのことを知るか分からない」
 として、記憶の一部を欠落させようと企んだ。国外退去させられた人間も含めてのプロジェクトに、しおりはまだ気づいていない。
 しおりは、施設を訪れていた。シスターは相変わらず優しく迎えてくれた。ちなみにこの場所は、更科のよみがえった記憶の中と同じ場所だった。時代は若干違っているが、同じ施設で、更科が知っているようにシスターはいない施設であり、しおりがシスターと話をしているというのは、本当はおかしなことだった。
 だが、これも間違いではない。現にしおりはシスターと会話しているではないか。しおりの小さかった頃の記憶がよみがえってきて、会話は弾んでいる。
 どちらかが作られた世界になるのだろうが、そうなると、更科の方がその可能性が高い。本当に更科の記憶は虚空のものなのだろうか? やはりしおりとの間で記憶が交錯していることが影響しているのかも知れない。
 しおりがシスターと会話している時、同じように一人の男性が懐かしそうに施設を訪れていた。
「ここに来ると、一部の失った記憶を取り戻せる気がしたので、来てみました」
 と、その人は言った。
 シスターはその言葉を聞いて、
「思い出せましたか?」
「ええ、失ったと思っていた記憶を取り戻すのがこんなに簡単だったなんて、ビックリです」
 それを聞いたしおりは、
「どれくらいの間、記憶を失っていたんですか?」
「子供の頃のことなので、二十年くらいですかね。でも、本当に一部の記憶なので、今までの生活が困るようなことはありませんでした。却って『思い出さない方がいいのかも知れない』と思ったくらいで、実は今でもまだその思いは消えていません」
「じゃあ、どうしてここに?」
「元々、ここに来たのは、失った記憶を取り戻したいと思ったからではなかったのですが、この建物とシスターを見た時、自分がここに来た本当の理由は、失った記憶を思い出したいと思ったからではないかって思ったんです」
「そうだったんですね」
 しおりがそういうと、シスターは静かに話し始めた。
「私たちのことが見えるのは、自分の記憶を思い出したいという気持ちがないと見ることはできないんですよ。もっと言うと、記憶が欠落した人でないければ、ここの出身者の人でも、この建物を見ることはできないんです。まるで砂漠に浮かぶオアシスのような存在と言えばいいのかしら?」
「じゃあ、シスターの存在は、オアシスの中にある池の水のようなものだって思えばいいのかな?」
「ええ、それで結構だと思います。それに、あなたはさっき、『記憶を失った』と言いましたが、正確に言えば、『記憶が欠落した』ということなんですよ。潜在意識のどこかに失ったものを格納しているのだとすれば、失ったものは戻ってこないと思っている以上、記憶が格納されているという意識は生まれません。でも、欠落しているのだと思えば、欠落している前後を考えれば、欠落した部分を想像することはできますよね。そこまでできれば、潜在意識を覗くことさえできれば、欠落を繋ぐことはできます」
「そういえば、テレビなどで、記憶喪失の人に対して、記憶を取り戻させようとしたり、本人が無理に思い出そうとした時、必ず頭痛を伴っていますよね」
「ええ、それは、失った記憶に対して、失った理由が分からないことで、自分で本当にそのことを思い出していいものなのかどうか、自問自答しているからではないでしょうか? 私は精神科医ではないので、詳しくは分かりませんが、当たらずとも遠からじではないかと思います」
 シスターの話は、いちいち頷くに値するものだった。
「僕は、ここに来てからシスターを見た時、無意識に記憶は失ったのではなく、欠落していると思ったのかも知れませんね」
 少し、その場に沈黙が走った。誰もが何かを話そうとしているのだが、言葉が続かなかった。
 会話というものは歯車のようなものである。噛み合わなければ、そこで止まってしまい、もう一度スイッチを入れなければ、噛み合わない。
「掛け違ったボタンを掛け直すには、一度全部外して、最初から掛けなければいけない」
 まさにそんな状態であった。そして、
「再度ボタンを掛ける時は、下からやった方がうまく行くものだ」
 というのも、間違いではない。
 三人とも、会話の途中で、一瞬その場で固まってしまった。三人が三人とも、その場の記憶が欠落した。
 時間が少し遡ったようだ。
 最初にこの施設を訪れたのは、その男性だった。
「シスター、お久しぶりです」
「まあ、お元気でしたか? あなたがここから卒業してから、十数年経ちますよね」
「ええ、あの時は、母親を探したいと言ってここから出て行ったんですよね?」
「ええ、そうだったわね。お母さんは見つかりましたか?」
「いえ、母を探すのはすぐにやめました。ここを出て表に出てみると、母を探すということが自分にとって無駄に思えてきたんですよ」
 と男性がいうと、シスターはすべてを承知していたかのように頷くと、
「分かっていましたよ。ただ、皆ここからいつかは出て行くんですよ。必ず何かの目的を持ってね。あの時のあなたは、それが母親探しだったということですよね。でも、ここを出て行く目的を実行する人はほとんどいないんですよ。表の世界とここの世界の違いを目の当たりにすると、何のためにここを出ようと思ったのかを、忘れてしまうんですよ。それを自分では認めたくないんですよね」
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次