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アテルマ国の真実

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 更科は、学生時代からあまりまわりに対して興味を持つことはなかった。自分の研究や自分が気になっていること以外は、まったく興味を示さない。まわりから見て、
「更科さんは、熱血漢だわ」
 という人もいれば、
「いやいや、あんなに冷めた人はそうはいない」
 というここまで両極端な目で見られているなどということを、更科本人は気づいていない。
 しおりも、同じようなところがあった。
 元々施設で育った子供は、どこか冷静な目で見る子供が多いというのは一般的なアテルマ国の常識のようなものだったが、自分の興味を持ったことには、とことん研究しなければ気が済まないところがあった。
 夜を徹して気になったことを調べるということも珍しいことではなく、
「将来は学者になればいいのに」
 とさえ言われていた。もちろん、国外退去などさせられると誰もが思っていなかった時期のことだった。
 しおりは、国外退去させられると、そこまでの熱心さは失われた。普通の女の子になってしまったが、
「これが、私の幸せなんだわ」
 と、国外退去させられたことを、今では喜んでいる。しかし、そんな思いを表に出すことはないので、しおりという女性は、
「いつも冷静で、感情を表に出すことはない」
 と思われていた。
――私の真実って、どこにあるのかしら?
 しおりは時々考える。
 記憶の欠落を意識している間は、
――自分にとっての真実なんてありえない――
 と思っていた。
 しかし、記憶の欠落というものを自分以外の誰かから故意に仕組まれたものだなどと思っていなかったことから感じたことだ。
 今のしおりは、信憑性が低く、突飛すぎる発想に何度も頭の中で打ち消そうとしながらも、何とか自分の中で理屈が通るようにしたいという思いから、自分の真実を見つめることが、記憶の欠落の本当の理由を見つけることができるのだと思うようになった。
「大体、国外退去などということが当たり前のように行われる国に育ったこと自体、おかしなことなんだわ」
 と、理屈を自分の中からではなく、表から固めていこうと考えた。
 そこで気になったのが、更科のことである。
 更科は、アテルマ国の中枢を担う機関と密接に結びついているが、そのことを知っている人は、ごく一部の関係者だけだ。
 かといって、彼は研究室に監禁されて研究をしているわけではない。普通に休日もあれば、休日には普通に映画を見たり、スポーツ観戦に勤しんだりしていた。
 だが、一緒にいく人はいない。いつも一人で出かけていたが、本人が寂しいなどという感情がないことで、まわりから見ると、まったく意識の外の人のように見えているに違いない。
 しおりも、今住んでいる国では、いつも一人だった。
――誰かと一緒にいないと寂しい――
 などという感覚は皆無で、更科と同じだった。
 ハンカチを拾ってもらったあの時、手を繋いだ瞬間感じた思いは、まるで電流が走ったかのような衝撃だった。それが、
――自分と同じものを感じる――
 と、しおりに思わせたのだが、同じ思いを更科もしていたとは、しおりは気づいていなかった。ただ、自分と同じように記憶の欠落した人だということに気づいたのだが、今となっては、どうして気づいたのか、分からなかった。
――あの時は分かっていたような気がする――
 本当は漠然としてしか感じていなかったのに、分かっていたと思い込んでいる。それだけ電流が身体に残した痛みは大きかったのかも知れない。
 更科は、しおりが自分を発見するよりも先にしおりがこの国に来ていたことを知っていた。街を歩いているのを見かけたからで、その時、身体に電流のようなものが走ったのに気付いたからだ。
 最初、ハンカチを拾ってあげて手渡した時、しおりに電流が走ったが、その時更科は別に何ともなかった。ただ、
――この女性とは、また出会いそうな気がする――
 と、漠然と感じていた。
 知り合いでもなく、ただ街で出会った相手と再会できるような気になるなど、今までになかったことで、その女性の顔を忘れないようにしたいと思ったのだが、元々人の顔を覚えるのが苦手な上に、意識してしまうと、覚えられるものではない。すぐに顔は忘れてしまったが、再会できるという思いだけは強く持っていた。
――出会ったら、分かるかも知れないな――
 と感じていた。
 しおりの方は、逆に人の顔を覚えるのは苦手ではなかったが、今回アテルマ国にやってきて、実際に更科とすれ違ったのに、その人が更科だとは、気づかなかった。
 人の顔を覚えるのが苦手ではない人で、
「絶対に忘れたくない人の顔」
 と思いながら記憶すると、まるで写真のように、その表情だけを強烈なイメージとして記憶してしまう。だから、少しでも表情が違うと分からないということが往々にしてあるもので、それは、状況こそ違っているは、更科のように、まったく覚えられない人と、甲乙つけがたいものがある。
 しかも、顔ばかりを印象として覚えているので、全体像を漠然として見たのでは、分かりっこないのだ。
 更科の場合は、再会できるという思いだけを抱いていて、顔で覚えていないので、電流が走ったことで、ハンカチを落としたあの時に、意識は飛んでしまっていたのだ。
 ただ、更科は声を掛けることができなかった。すれ違った時にまったくこちらに気づかないしおりの後姿を追いかけるだけで、思わずその場に立ち尽くした。
――これを再会と言えるのだろうか?
 そう思った更科だったが、別に再会したからといって、何がどうなるわけでもないと思ったことで、その場はそのままスルーしたのだった。
 更科は、それから少しして、自分の記憶が欠落しているのが、何か作為によるものではないかと思うようになった。それは更科の中に、今まで感じたことのない記憶がよみがえってきたからだ。もし、他からの作為が働いていないとするならば、突然記憶がよみがえるなどないと思ったからだった。
 更科のよみがえった記憶は、子供の頃の記憶で、欠落している時期と一致していた。だが、思い出した記憶に出てきた光景は、確かに以前に見たことのあるもののように思えたが、それがアテルマ国ではない、他の国に思えてならなかった。
「僕は、他の国でも暮らしたことがあったのか?」
 明らかにアテルマ国とは違った雰囲気で、子供の頃の記憶だとすれば、二十年くらい前の光景のはずだ。しかし、思い出した光景は、今の時代の佇まいである。今の記憶を持ったまま、子供に戻ったかのようなおかしな感覚だったが、別に違和感はなかった。立ち並んでいる住宅地は新興住宅街で、ここ数年で急激に発達した街並みであるが、よく見てみると、住宅街が立ち並ぶ前の光景が思い浮かぶようだった。
 そこは、どこかの施設のようだ。幼稚園か保育園のように、たくさんの子供が無邪気に走り回っている。その向こうに見えるのは数人のシスターで、よく見ると、教会と隣接していた。
 そこが養護施設であることはすぐに分かったが、施設で遊んでいる子供を見つめていると、その中に子供の頃の自分がいることに気が付いた。
――僕は、一時期施設にいたのか?
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次