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アテルマ国の真実

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――事実と真実は違う――
 と、思っているしおりは、目の前のできごとは、
――真実かも知れないが、事実ではない――
 と思った。真実というのは、自分の中で思い描いている発想を含むもので、事実よりも少し幅の広いものだと思っている。
――真実を事実にしようとする思いが、努力なんだ――
 と感じていた。
 そういう意味では、欲望も真実の一つである。そして、真実というのは、人それぞれ違ったものであり、人の数だけ真実は存在する。
――真実というのは、事実よりも個性に近い――
 と言えるのではないだろうか。
 ただ、この考えはあまりにも危険であった。しおりはその考えを当たり前のように思うようになったのは、国外退去させられた時で、それもきっかけがなければ気づかなかった。
 そのきっかけが何だったのか覚えていないが、きっと自分と同じように国外退去させられた人はこのことに気づかないに違いない。よほどのきっかけがあれば別だが、しおりが今、
――こんなことは当たり前のことじゃないかしら――
 と思っていることの方が不思議なくらいだ。
「そういえば、国外退去の時、空港で皆注射を受けたわ。あれから意識が朦朧としたんだけど、あの注射は何だったのかしら?」
 国外へ旅行する人は、予防注射を打つのは分かっていたので、その時はあまり意識していなかったけど、その頃から、記憶が欠落しているという意識が強くなったような気がする。
「ひょっとすると、記憶が欠落しているという意識を持ったのは、その注射を打った時だったのかも知れないわ」
 アテルマ国にいる時から、記憶が欠落しているという意識があったけど、実は違ったのかも知れない。
――ただ、注射で記憶が欠落したという意識を植え付ける必要がどこにあるというのだろうか?
 それを思うと、
――記憶の欠落は、あの時の注射の副作用なのかも知れない――
 と感じた。
 そういえば、時々我に返った時、自分の意識がその前の瞬間まで朦朧としていたように思うことがある。考えてみれば、
――前にも同じような感覚に陥ったことがあった――
 と感じたのだが、それが空港で打たれた注射の後のことだったのだ。
 そのことを意識している人は誰もいないかも知れない。もしいれば、噂になってもよさそうだ。噂にならないということは、作為的に意識を緩和させられている。あの注射にどれだけの効用があったのか分からないが、ただの予防注射でなかったことは間違いないだろう。
 しおりは、そう思った瞬間、我に返った。今回も意識の朦朧は感じられたが、目の前にいたはずの先生、更科、そしてもう一人の自分は消えていた。しかも場所は自分が入所していた施設に違いないが、建物はなくなっていて、住宅街になっていた。
 施設のまわりにあった公園もなくなっていて、しおりの中にある記憶だけが頼りだった。
「早くこの場所から離れなければ」
 そう思ったのは、目の前の変わり果てた光景が目に焼き付いてしまい、自分の知っている施設の光景が消えてしまうのを嫌ったのだ。
――この感覚……
 記憶の欠落という感覚に似ていた。
 記憶の欠落は外的な影響によって起こったものではなく、自分の覚えていたいことを忘れたくないという意識から、自分の中で作り出した「意識」であった。それを「潜在意識」と呼ぶということは、しおりも知っていたが、
「潜在意識というのは、自分で意識できるものではない」
 という思いがあったことで、潜在意識に対しての思いをかなり修正しなければいけないとしおりは感じていた。
――でも、それなら、あの時の注射は、また違った意味を持っているのかしら?
 欠落した記憶を一度思い出したとして、もしそれを再度忘れてしまうと、今度は二度と思い出すことができないという思いを抱いたことを思い出した。
 しおりは、自分の中でところどころ、核心をついていることは分かっているのだが、肝心の点を線にすることはできていない。
 そんなしおりのような女性がいるのを知ってか知らずか、更科は自分の研究に専念していた。
 しかし、最近はどこか良心の呵責に苛まれているのではないかと思うようになっていた。それも、定期的に襲ってくるもので、しおりが仕事でアテルマ国に来ている時に感じていることなど、知る由もなかった。
 もちろん、しおりのことなど覚えているわけではない。元々研究室に籠りっきりで、あまり俗世間の人と話をすることもない更科は、
――これでいいんだ――
 と思っていた。
 思っていたといっても、意識して感じているわけではなく、ただ漠然と無意識に感じているだけだった。あらたまって感じることはないということである。
 空港での国外退去者に対しての注射を開発したのも、更科だった。
 更科は、研究の途中で、この実験を自分に接種した。もちろん、危険のないことは十分分かっていたし、それだけの自信がなければ、自分に接種するなど考えられない。それは他人に対しても同じことだが、研究の途中の時点で、実験は絶対に不可欠だった。もし、もし、実験をしなければ、そこから先は進まないと言ってもいいだろう。
 更科は、副作用に対して想像もしていなかった。つまりは、
「自分の記憶が欠落している」
 と感じたのは、この時の接種が原因だった。
 開発した自分でも意識できていないのだから、他の人に分かるはずなどない。いや、開発者自身だからこそ分からないのかも知れない。
「まさか」
 という意識が万に一つも自分の中にないからだった。
 それは自信というものとは違う。開発過程なのだから、自信も何もないものだ。それだからこそ、余計に記憶の欠落について、必要以上に意識してしまう時があるのだ。
「これは誰にも言えない」
 元々、人と話すことの少ない更科だったが、この思いは特別だった。自分の研究の過程で起こったことだなどと思いもしない。人に言えないのは、
「馬鹿にされたくない」
 などという次元の問題ではないのだ。
 更科は、実は他の国に行ったことはない。いずれ助教授になったり教授になれば学会に行けると思うのだが、今はただの研究員。海外にいく必要もない。
 ただ、一つ思っていることは、
「これだけの研究に成功しているのだから、そろそろ助教授の話が出ても不思議はないのに」
 ということだった。
 まるで、自分を出世させたくないということを感じると、そこに、
「海外に行かれると困る」
 という意図が隠されていることに、まだその時点では気が付いていなかった。
 もし、このまま国外に行かれては困るという発想が国家首脳にあるのであれば、更科の命は危険に晒されていると言っても過言ではないだろう。
 更科はそこまでの発想はなかった。ただ、
――いつも何かを不安に感じている――
 と思っていた。
 もちろん、何かを不安に感じることがあるのは自分だけではないことを更科は知っている。だから、何かを不安に感じるのは、仕方のないことだと思っていたのだ。そこで考えを完結させてしまっては、それ以上の発想など出てくるはずもない。
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次