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アテルマ国の真実

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――そこにいるのが自分ではないか?
 という錯覚に陥ってしまった。
 話の内容は聞こえなかったが、先生の表情を見ていると、きっと彼女もここにいて、その時の懐かしい話をしているのだろうと感じた。
 しばらくは、彼女はしおりに背を向けるようにして話をしていたので、その表情を垣間見ることができなかったが、ふとこちらを振り向いた。
 しおりはドキッとして顔をそむけたが、それは反射的なもので、無意識だった。そのせいか、彼女の顔を一瞬だけしか拝むことができなかったが、却って一瞬の方がハッキリと見分けることができる。
 しかし、その時の彼女の表情を見ることができなかった。顔は完全に真っ黒で、表情どころか顔のパーツすら分からなかった。しいて言えば、
「真っ黒なのっぺらぼう」
 というべきであろうか。
 それでも、一つだけパーツが分かった。
 ニヤリと笑っているのが明らかに分かるその部分は、真っ白な歯だった。顔の輪郭からはおおよそ想像できないほど横に開いたその歯の部分は、昔流行った、
「口裂け女」
 そのものであった。
「見たな?」
 というフレーズとともに、口元だけが異様に広がって不気味な表情を想像させるその形相は、アテルマ国だけではなく、どこの国にも同じような伝説を残す定番的なオカルト伝説であった。
 だが、しおりはその女性の
「口裂け女」
 を思わせ表情を見た後、すぐに普通の顔になった彼女の顔を見ることになる。
 その時の驚きは、その前に見た口裂け女の比ではなかった。
 いや、最初に口裂け女をイメージしたことでショックを半減できたが、最初にまともにその顔を見てしまっていれば、絶対に奇声を上げてしまっていたに違いなかった。
 彼女のその顔には見覚えがあった。
 さらに彼女はしおりが見ていることに気が付いたのか、表情を見せたと同時に、しおりの方に正対した。
 ハッキリ言えば、身体ごとずらしたわけではなく、顔だけがしおりの方を向いたのだ。
 完全に彼女はしおりに背中を向けていた。それなのに、首だけを動かして、正面を見るなどということは、人間業ではありえない。しおりはその姿に完全に委縮してしまい、金縛りに遭ってしまったかのように、完全に動くことができなくなってしまった。
 身体は震えが止まらない。しかし、自分が震えているという意識はなかった無意識に身体が勝手に震えているのだ。
――私は、どうにかなってしまったのかしら?
 一連の状態を考えると、よくその場にいて気絶してしまわないかと思うほど、ショックを感じていた。気絶しないのは、
――他人事のように思っているからなのかしら?
 と考えているからであって、ここから先も同じように他人事として見ていくことができなければ、気絶してしまうであろうことを感じていた。
 すると、今度は先生の声が聞こえてきた。その声と口の動きから、何といっているのかすぐに分かったが、分かったことで、またしてもショックを受けることになるとは思ってもみなかった。
「あなたは、ここで唯一の国外退去させられた人ですからね」
 耳を疑った。
 信じられないという思いと、
――先生がウソをついているのかも知れない――
 という思い、
「先生がウソをついているのであれば、どれほど救われるというものか」
 信じていた人が、ウソをついていてくれた方が救われるという思いもおかしなものである。
 先生の顔をじっと見ていると、本当にウソをついているのではないかと思えるほど、今まで自分の知っていたはずの先生とは、まるで別人のようだった。
――本当に、今の時間を見ているのだろうか?
 しおりはいろいろ頭の中で発想を繰り返した。
 目の前の出来事がすべてウソだと思うのと、違う時間の出来事を見ていると思うのと、どちらが信憑性があるかということである。違う時間を見ているのだとすれば、未来でしかありえない。なぜなら、少なくとも自分で意識している中では、目の前に繰り広げられている光景は覚えていないことだった。
――まさか欠落している記憶の中にあるのでは?
 記憶が欠落しているという意識を持っているのは、子供の頃の一部の記憶だけだが、本当は大人になってからも、同じように欠落している記憶があるのかも知れない。
 子供の頃の欠落という意識が強すぎるからなのか、それとも、
「記憶が欠落している」
 という意識が、自分の中の感覚をマヒさせているという考えも、決してありえないことではない。
 そこが、記憶の喪失との違いなのかも知れない。
 記憶を喪失しているという意識は、
「喪失したその時だけのことだ」
 という意識が強い。
 もちろん、記憶の欠落も同じだと思っていたが、
「欠落と喪失、何がどう違うのだろう?」
 と考えている間は、その答えが見つからなかったが、他の観点から見つめてみると、案外簡単にその答えは見つかるものなのかも知れない。
 しかし、そのことをいつかは気づくのも、記憶が欠落しているからなのかも知れない。
 喪失にしても欠落にしても、必ずどこかですべてを思い出す時が来るようだ。
 ただ、思い出したとしても、またすぐに忘れてしまうことが往々にしてある。しかも、今度忘れてしまうと、二度と思い出すことはないだろう。そういう意味では、記憶の喪失も欠落も、思い出すということは「諸刃の剣」のようなものではないだろうか。
 記憶を失って、思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われることがある。それは、
「思い出すために通らなければいけない道だ」
 と思われているようだが、本当は、
「思い出しても、また忘れてしまうと、今度は二度と思い出すことができなくなってしまう」
 ということを恐れているからではないだろうか。
 そのことを意識している人はあまりいないだろうが、一度意識してしまうと、
――以前から、分かっていたような気がする――
 というまるでデジャブのような感覚に陥ってしまうに違いない。
 しおりは、施設の先生と話をしている自分に注目していたが、途中で二人の会話に入り込んでくる一人の男性に気が付いた。その人は図々しくも会話に入り込んできたが、入り込まれた二人は別に嫌がっているわけではない。むしろ、入ってきてくれたことでホッとしているかのようだった。
 会話の中のしおりは、先生と話しながら、どこか深刻な表情をしていたが、その表情が不安から来ていることは分かっていた。何しろ自分なのだからである。
 しおりは、時々不安に苛まれることがあった。記憶の欠落を意識した時で、最初の頃は不安に陥っている自分に気が付かなかったが、それだけ最初は記憶の欠落を気にしていなかったからだ。
――そのうち思い出すわ――
 という程度のもので、ポジティブな気分になっている時は、
――思い出さないということは、それだけ些細なことに違いない――
 と考えていた。
 二人に話しかけている男性、それは更科だった。
――やっと会えた――
 と思ったが、実際に会っているのは自分ではなく、目の前にいる、
――自分に似た人――
 であり、本当の自分ではないのだ。そう思うと、目の前で展開されている状況がうそ臭く感じられ、どこまでが事実なのか分からなくなっていた。
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次