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アテルマ国の真実

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 まるで言い訳をしているようにも聞こえたが、もし、ここでその話を聞いていなければ、きっと更科は間違った道に入り込んでしまったことだろう。
 真田助教授が何も知らないのは事実であろう。しかし、今のままでは更科が間違った方向を向いてしまうということは分かっている。何も知らないのに、方角だけが分かるというのも不思議なものだが、今更科が求めている答えも、方角だけを見つめていくように頭を切り替えれば、ひょっとすると意外と近いところに結論は存在するのかも知れない。
――灯台下暗しというわけか――
 結論を見つけるよりも、方角や距離を考えてみると、
「目の前に見えているものが、当たり前すぎて、そこにあっても意識しないという、まるで『路傍の石』のようなものではないか」
 と考える。
 しおりは、今回のアテルマ国への訪問で、更科に会えるような気がしていた。
 それは、しおり自身が更科の存在を、『路傍の石』のように感じることができたからだ。
――そこにいても別におかしくない存在。自分にどれほど近づいても、自然な雰囲気を醸し出しているそんな存在――
 それが、更科という男性の存在感だったのだ。
 空気のような存在に思えるが、空気のように軽くはない。しかし、水には浮かんでいそうな感じがする。それは水が変化した氷のようではないか。
 つまりは、
――元々同じものだった――
 という感覚。
 分かれてもいずれは一緒になる存在。
――アテルマ国と自分にも同じことが言えるのでは?
 という突飛な発想を思い浮かべていた。
 しおりは、下手に意識してしまうと、自分がしようとしていることができなくなるような気がした。元々住んでいた国外退去によって住むことになった国では、自分が意識していることが面白いように的中し、
――ここが私の本来の居場所なんだ――
 と思わせるほど、国外退去させられて正解だった。
 実は同じ思いを抱いているのはしおりだけではない、同じように国外退去させられた人のほとんどは、退去した先で、本来の自分の力をいかんなく発揮していた。
 しかも、その人たちもしおりと同じように、子供の頃の記憶を喪失していた。誰もそのことを人に話そうとはしなかった。記憶を失っているほとんどの人はそのことを人に話すと、せっかくの力が失せてしまうように思っていたからだ。
 他の国に行ったからといって簡単に手に入れた力。それは、何かの外的な力が働いていると思っても無理のないことだ。そうであれば、その力を削ぐようなことはしないようにしようと思うのは当然のことで、自分が他の人と違っているところをわざわざ表に出すようなことはしないのが当たり前だった。
 他の人と同じでは嫌だとはそんなに感じていないしおりにとって、その感覚は分からない。だから別に他の人に記憶が欠落していることを知られても、何ら問題ないと思っていた。
 ただ、他の人との違いはハッキリとしていた。他の人は、
「記憶を喪失している」
 と思っているが、しおりは、
「記憶が欠落している」
 と思っている。
 表現だけの問題ではなく、思っていることにかなりの差があることはしおりだけが分かっていることだった。
 いや、厳密にいえば、しおりだけではない。ただ、その人は国外退去させられたわけではないので、立場は違っている。その人とは更科のことであり、彼も、
「自分の記憶は喪失したのではなく、欠落しているのだ」
 と思っている。
 その違いは。
「欠落している方が、喪失しているよりも、思い出すには困難なのかも知れないが、もしタイミングがあるとすれば、欠落している方が、思い出す確率は高いのかも知れない」
 と、感じていた。
 しおりは、自分の欠落した記憶は、紙一重のところで思い出せそうな気がしていた。
 それは喪失と欠落の違いを意識しているのと同じで、喪失していると思っていると、
「いつかは思い出すだろう」
 という漠然とした感覚になる。しかし、欠落であれば、思い出す瞬間とその少し前に、予感めいたものがあるような気がしている。
「喪失が他人事なら、欠落は自分にとっての意識の中にあるものだ」
 と感じていた。
 その思いは、同じ欠落と思っている更科よりも強いものだった。
 実際に国外に退去させられて、そこで自分の才能が開花し、その思いが証明されたと思っているのだ。
「順風満帆」
 と言っていいのではないだろうか。
 しかし、
「好事魔多し」
 という言葉もある。うまく行きすぎてしまうと、ついつい余計なことを考えてしまい、せっかくの好機を逃してしまったり、目の前の大切なことを見失ってしまいかねない。
 しかし、逆に考えることによって、自分の立ち位置を確認できるという意味ではいいこともあるだろう。しおりと更科は立場が違ってはいるが、お互いに別の方向から同じところを見つめようとしているのだった。
 だからこそ、しおりには、
「普通にしていれば、きっと出会える」
 と思っているのだった。
 しおりは今まで何度もアテルマ国を訪れていたが、以前住んでいたところに足を踏み入れたことは一度もなかった。別に嫌な思い出があるので行かないというわけではない。
「もし、前住んでいたところに永遠に欠落している記憶がよみがえることはないかも知れない」
 という思いがあったからだ。
 欠落している記憶を思い出す確率が、以前にも増して高くなってきたと思っているところに持ってきて、せっかくの思いを消し去ってしまうようなことにでもなれば、一度は前に進んだ分、後退してしまうことは、しおりの中では屈辱に近かった。
 あまり今まで自分の中で屈辱を感じたことなどなかったのに、なぜいまさら屈辱を感じなければいけないのかと思うと、今まで住んでいたところに対してのイメージが、苛立ち以外の何物でもなくなってしまう。懐かしさなどというものは、退去させられたあの時に、失せてしまっていたのだ。
 ただ、子供の頃に入っていた施設だけは懐かしさがあった。アテルマ国に来た時は、いつも施設を見に行っていたのだが、いつも影から見守っているだけだった。無邪気に遊んでいる子供たちを見ていると、いつの間にか自分も子供に戻ってしまったような気がしてきて、その場から立ち去ることができなくなってしまう。自分がここまで思い入れが激しいなど、しおりは思ってもみなかった。
 本当は施設の誰かに気づいてほしいという思いを抱いていたが、見つかってしまうと、欠落した記憶を取り戻せる気がした。
 しかし、こんな取り戻し方をしてしまうと、今度はそれ以外の今まで積み上げてきた記憶がすべて失われてしまうそうに思え、恐怖に身体が震えを抑えることができなくなってしまう。
――誰にも気づかれないように、そっと見つめているしかないんだわ――
 そう思うと、欠落した記憶を取り戻して本当にいいのか、しおりは、その思いを抱いたまま、その場から離れられなくなりそうだった。
「おや?」
 施設を覗いていると、どこかで見たことのある人が訪れてきた。その人は女性で、ちょうどしおりと同じ時期に、アテルマ国から国外退去させられた人だった。
 彼女は、施設の先生と親しそうに話しをしている。その様子を見ているとしおりは、
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次