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アテルマ国の真実

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 国外退去を言われて、実際に他国にやってくると、自分のまわりに寄ってくる人の話を聞くと、皆子供の頃の記憶が欠落しているという。
「私はアテルマ国から退去させられたの」
 自分のまわりに寄ってくる人は、皆アテルマ国からの退去者であり、つまりは、混血の人だったのだ。
――類は友を呼ぶ――
 というが、まさしくその通り。しかも、皆退去させられたことを恨んでいる人は誰もいなかった。
「私たちのように退去させられた人って、本当にアテルマ国を恨んでいる人っていないかも知れないわ。だって、他の国で幸せに暮らせるんですもの」
 親も一緒に出国すれば、他国で親と普通に暮らせる。しかも、一定のお金をアテルマ国から貰えるし、さらに受け入れてくれた国の人はアテルマ民族を歓迎してくれる。安い賃金で雇用できるし、賃金以上に、アテルマ民族は頭がいい。受け入れる国があるからこそ国外退去させられるのだし、後のフォローもできていることから、人道的な意味以外での批判は、国連や他国から上がることはなかった。
 しおりが、
――自分は他の国では暮らしていけない――
 と思っていた時期は確かにあった。
 しかし、それがいつのことだったのか、しおり自身記憶にない。
――記憶にないことが多いのは、それだけ記憶が欠落しているからだわ――
 と思っていた。
 しおりのまわりに、記憶が欠落している人が多いというのは、
――アテルマ国では、誰もが自分のことを隠そうとして、表に出していなかったからだわ――
 と感じた。
 国外退去になった人はそれまで縛られてきた思いから解放された人たちだと思うことで、きっと同じように退去させられた人が誰なのかということが本能的に分かるのかも知れない。しおりに寄ってくる人が皆同じ境遇なのも、分かるというものだ。
――誰もアテルマ国を恨んでなんかいない。むしろ、国外退去を喜んでいるだわ――
 そういう意味では、
「あんな機械なんて」
 と思っていたが、
「開発した人にお礼を言わないといけないわね」
 と、相手が更科だということも知らずに、そう感じるのだった。
 しおりはアテルマ国に最初に帰ってきた時、懐かしさを感じることはなかった。
「初めて足を踏み入れた国」
 という意識が強く、アテルマ国民も皆「外国人」だったのだ。
 国外退去を言い渡されて一年も経っていなかったはずなのに、まったく記憶にない場所としてしか映らなかった。
 それから半年もしないうちに、再度訪れた。
 その時は懐かしさを感じたのだが、その懐かしさは、半年前に訪れた時への懐かしさではなく、
――以前、自分が住んでいた国――
 という意味での懐かしさだった。
 三度目に訪れた時には、両方があったのに、最初の二回は、おなしな感覚だった。
 その時、
――時系列なんて、記憶の一部でしかないんだわ――
 と感じた。
 それも、感じる時と感じない時がある。
 一度目に訪れた時は、時系列を一切感じなかった。しかし、二度目は打って変わって、時系列を意識してしまったことで、過去の記憶が思い出された。時系列という意味では、過去から未来に続くものが意識の中で組み立てられるものだが、一度欠落してしまった記憶は、未来から過去に遡る記憶を時系列として意識してしまい、最初に思い出した時点から、遡ろうとしても、時系列という意識が邪魔をして、そこから記憶を辿ることができなくなってしまったのかも知れない。そう思うと、
「記憶の欠落は、時系列を逆に記憶しているか、それとも、逆に思い出そうとしていることで、最初の一点から、動くことができなくなったのではないだろうか?」
 という思いが次第に湧いてくるのだった。
 しおりは、何度もアテルマ国を訪れるたびに、感覚がその都度違っていた。
 それはまるで欠落した記憶のパズルを、組み立てるかのこどくであり、ただ、時系列が自分の意識の中で定かでないため、欠落した記憶を断片的に思い出すことはできても、点を線にすることはできなかった。
 アテルマ国から国外退去させられた人のほとんどは、しおりのように親がいなかったり、仕事がうまく行っていなかったりする人で、アテルマ国に未練のある人は少なかった。そういう意味で、アテルマ国における混血児の運命は、それほど幸せなものではない。むしろ国外で暮らすことによって、それまで隠れていた才能が開花することもあるのだ。どうしても、アテルマ国内で混血の人は、アテルマ民族に対してのコンプレックスによって、自分を表に出さない性格の人が多くなる。
「一度秘められた才能は、コンプレックスを跳ねのけるだけの力がないと、おおよそ表に出すことはできない」
 という格言がアテルマ国にはあった。
 それがアテルマ国の警戒する混血児に言えるというのは、実に皮肉なことではないだろうか。
 アテルマ国で発揮できなかった才能を、他の国に行って発揮する人の多くは。混血児だった。アテルマ国では警戒視される混血だったが、他の国では、混血児はありがたがられる。天才肌が多いからだ。
 アテルマ国でも同じように混血児は頭がよく、実際に天才が多い。しかし、他の国との一番の大きな違いは、
――子供の頃の記憶が欠落してしまっている――
 ということだけだった。
 そこまでは、アテルマ国でも他民族との結婚がダメなのか分かっていた。しかし。なぜ記憶が欠落してしまうのかという理由が分からなければ、考え方が先に進むことはない。堂々巡りを繰り返し、それがさらに真田助教授や、更科の立場を窮地に追い込むのだ。
 ある程度まで簡単に分かってしまうと、そこから先がなかなか解決しない。特にゴールが見えてくるのを感じると、なかなかその先に行きつかない。まるで蜃気楼を追いかけているような感じだ。
 油断があるわけではない。どちらかというと、今まで見えていたはずのものが見えなくなったというべきであろうか。しかも、そのことを意識できていない。まるで記憶が欠落していくことに、気が付いていないかのようだ……。
 やはり記憶の欠落が、他民族との血の交わりに何かの影響があるようだ。
「記憶の欠落をまるで悪いことのように考えているが、果たして本当に悪いことだと言えるのだろうか?」
 更科は、そう思うようになっていた。
 そのことを真田助教授に話をしてみたが、
「何をバカなことを言っているんだ。そんなことあるはずがないじゃないか」
 と、けんもほろろで更科の意見を一蹴した。
 更科とすれば、今までにない起死回生を思わせる意見で、
「きっと真田助教授の目からもウロコが落ちてくれるだろう」
 と思っていた。
 意見を一蹴したのだから、もうそれ以上触れることはないと思っていたのに、
「そのことは、私も以前考えたことがあった。だが、同じように当時の教授から一蹴されたんだ。私はその時、その教授が何かを知っていると思ったよ。でも、時が流れて君があの時の私のような意見をした。そして私も同じように一蹴した。だが今の私は、何も知らないんだ。君に対して、どう表現していいか、実に困ったものだ」
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次