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アテルマ国の真実

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――なってしまったのなら仕方がないわ――
 と思うようになっていた。
 自分がなぜ国外に追放されるのか、最初言われた時、
「えっ、どうして?」
 と途方に暮れてしまった。
 しかし考えてみれば、しおりには、別に失うものは何もなかった。
 短大を卒業し、就職した。
 就職した会社も、
「どうしてもやりたい仕事」
 として就職した会社ではなかった。
 彼氏がいるわけでもない。親友と言えるほどの親しい親友がいるわけでもない。何といっても、しおりは家族がいない。
 物心がついた頃には、親はなく、施設の中にいた。
 いや、施設で育ったことで、施設での生活が当たり前の生活だと思っていた。そういう意味では、
「他人と同じでは嫌だ」
 という考えはしおりには通用しない。
「最初から他人と同じではないのだ」
 というべきであろう。
 しおりのような境遇の人間は、自分の境遇について理解できた時、
「自分は特別なんだ」
 という思いと、
「何とか頑張って、他の人に追いつきたい」
 と考える人の二通りがほとんどではないだろうか?
 後者の方が素直な人間に見えるが、果たしてそうだろうか? まるで誰かに洗脳されたかのような言い方に、もし、誰にも洗脳されたのではないとすれば、自分の中で洗脳が行われたことになる。つまりは、もう一人の自分が存在し、その自分に操られていると言えるのではないだろうか。
 しかし、その考え方が一般的には好まれる。ドラマや映画になったりするのも、こちらの方ではないだろうか。
 ということは、
「世間一般的に何か大きな力によって、洗脳されているのではないだろうか?」
 という考えも生まれてくる。
 もちろん、そんなことを考えている人はいないだろう。だが、無意識に洗脳されているということに気づいている人はいるかも知れない。あまりにも漠然とした話なので、誰も口にしないが、誰か一人が口にすると、社会問題になるほど、一気にその考えがクローズアップされることになるかも知れない。
 だが、逆に口にしてしまって、
「何をバカなことを言っているんだ」
 と、一人の誰かに相手にされなければ、それ以上、誰かに話すことはないだろう。
 無意識な洗脳は、それぞれの面を持っている
「諸刃の剣」
 だと言えるのではないだろうか。
 しおりは、誰かに追いつきたいという気持ちも、自分が他人とは違っているという気持ちもなかった。
 いや、正確にはどちらも持っているのだが、両極端な意識は、それぞれを打ち消す効力を持っていて、無意識に意識してしまうせいで、打ち消す思いをうちに向けて発射してしまったのではないだろうか。
 家族も信頼できる人もいない。目標があるわけでもない。
 そんなしおりは、国外退去される時に何を感じているのだろう。
 確かに追放されてからの方が今までの生活に比べれば恵まれるかも知れない。だが、意識していることがすべて無意識である以上、しおりには、
――自分から考えを表に出すことは永遠にないのではないか――
 と思わせたのだ。
――私の記憶は、アテルマ国にあるんだわ――
 しおりのことは更科が知ったのは、しおりが国外退去されてから三年後のことだった。国外退去された国で、しおりはアテルマ国で専攻していた国際経済学を生かし、就職した会社の貿易部へと配属になった。
 アテルマ国は、一旦国外退去になったからと言って、入国が厳しいわけではない。別に入国を制限する法律はない。逆に制限することは許されない。あくまでも他民族の男性と、アテルマ国の間に生まれた子供がそのまま滞在していることが問題なのであって、入国してきた女性が、元々アテルマ国にいて、国外退去されたことが発覚したからと言っても、差別を受けることはなかった。差別すると、差別した側が罰せられるのである。
 しおりはアテルマ国にいる頃、更科のことを知っていた。更科は、しおりのことを知らなかったのだが、しおりが知っていると言っても、それは自分を追放した機械を開発した人だということを知っているわけではない。アテルマ国にいる頃、公園を歩いていて、落としてしまったハンカチを拾ってくれたのが更科であった。
「すみません」
 そう言ってハンカチを拾ってくれた更科から受け取ったその時、握られた手に覚えがあったのを感じたのだ。
――遠い昔の記憶の中で忘れていた感触――
 思わず、お父さんを想像してしまったが、すぐに打ち消した。年齢的なものもその理由であったが、それ以上に、自分との決定的な違いを感じたからだ。
――この人は、他人と同じでは嫌だと思っている人なんだわ――
 自分が、
――他人と一緒では嫌だ――
 と思っていた時期から、
――別に関係ない――
 と思うようになるちょうどそんな時期だったので、余計に相手がどういう人なのかが分かるのかも知れない。
 ただ、しおりが相手の手を握っただけで、どんな人なのかということが分かったのは、その時だけだった。それ以降にもなく、それ以前にもないと思っていた。
 その時の衝撃は今までにないものだった。しかし、冷静になってみれば、同じように手を握って相手がどんな人だったのかということが分かった時があったと思えてきた。それがいつのことだったのか思い出せない。記憶が欠落している時期だったように思えてならなかった。
 しおりがアテルマ国を訪れるのは、この三年間に五度目だった。最初はどうしても感無量だった。国外退去を命じられた時、いくら入国制限がないからと言って、もう一度アテルマ国の土を踏もうとは思っていなかった。
 ただ、国外退去を言われたからと言って、別に憎しみを持って退去したわけではない。勝手に決められたのは嫌だったが、それでも一度アテルマ国を離れてしまうと、自分が最初からアテルマ国にはいなかったように思えてくるのだった。
――私が生まれてから、親の都合でアテルマ国に入国したのかしら?
 自分が混血だということを考えると、その方が理屈に合っている。物心ついた時には施設にいたわけだから、どこかで親はいなくなっていた。
 しおりは、自分の記憶の中に誰かが介入しているという意識を今も持ち続けている。その意識があることで、
――物心ついた時には親はいなかったと思っているが、物心ついた時というのは、記憶の欠落の時期に当たるのだろうか?
 と感じていた。
 施設にいた頃からの記憶があることから、
――記憶がある時期から、自分の物心がついたんだわ――
 と、他の人なら当たり前のことなのに、自分は子供の頃に記憶が欠落した時期があるということと、物心がついた時期ということを、無理にでも切り離して考えようとしているように思えた。
 子供の頃から時系列について思うところがあった。一時間、一日、一週間と、それぞれ決まった周期のものを、いつも同じ時間として自分が捉えているかどうか、無意識に感じようとしていた。
 自分が気になっていることは、どれほど時間を掛けても、結論が出るまで考えようという意識がしおりにはあった。それなのに、あまり意識していないことは、敢えて切り離して考えるようになっていたことを、最近になって気が付いた。
 それは、国外退去を言われたからだ。
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次