アテルマ国の真実
なまじ暖かい言葉をかけられると、うそ臭いと思うかも知れないくせに、あまりにもストレートだと、自分の殻を作ってしまっても仕方のないことだった。
だが、それ以上のことを言えないというのも、当然のことだった。存在しないものに対して何かを言ったとしても、それは絶対に想像の域を出ることはない。
「うそ臭い」
という意識もまんざら嘘ではないだろう。
妻が、
「あの時の私は、正直あなたと結婚することを急にイメージできなくなったの」
と言っていたことを思い出した。
真田教授も頭の中で更科の記憶がないということに対して、高速回転でいろいろな発想を思い浮かべたのかも知れないが、結局行き着いた先が、そこだったのだ。つまりは、最初に感じたことであり、最初に感じたことが正しいということを、考えを巡らせる中で証明したにすぎない。
妻が待ってほしいと言ったのも、最初から答えは分かっていたのに、その答えを証明するために時間が必要だったのだろう。そう思えば、一から考えを巡らせて、最後に完成させるというよりも、最初に感じたことを証明するために時間を必要とする方が、更科にとって、より現実的に感じるのだった。
――この考えが、ひょっとすると、自分の失った記憶を取り戻す手掛かりになるのかも知れない――
と感じた。
――ということは、記憶を失っているというのは錯覚であり、自分の考えの根幹になる部分を証明できるようになれば、思い出せない記憶がよみがえってくるのかも知れない――
と感じた。
しかし、何を証明すればいいのか分からないというところで引っかかってしまう。
――これは自分の一生をかけた命題なのではないか?
と思うようになっていた。
第三章 しおりの真実
更科の研究が実用化されることで、国外退去になる人が増えた。しかし、国外退去と言っても、殺人などの犯罪によるものとは違い、
「国家都合による法規」
としての、特例が設けられていた。
国交のある国であれば、どこに行ってもかまわない。そして、もし行く国が決まれなければ、受け入れ国はアテルマ国が責任を持って探し、無事に国外への転出が決まれば、アテルマ国から、十分とはいかないが、お金も支給される。
それでも、
「どうして、国外に移住しなければいけないのか?」
という意見は少なくなかった。
そのことについての反対デモが起こったり、集会が行われたりすることもしばしばだったが、国家や警察が取り締まることはできなかった。
憲法での基本的人権は認められており、他国民との結婚を禁止した憲法よりも優先することは条文化もされている。条文化は社会問題になったから付け加えられたものではなく、最初から入っていたものだ。
国民としては、
「納得できないものは、その理由を知る権利がある」
という主張なのだが、理由に関して説明できるだけの材料がないことで、途方に暮れていた。そういう意味でも、真田助教授を中心に進められている研究は、一番の最優先課題であったのだ。
更科は、自分の記憶を失っている部分に、その答えが隠されているのではないかと感じるようになっていた。根拠があるわけではないが、
「答えは最初からそこにあり、それを証明しようとしている今の自分が、失った記憶を呼び起こさせないようにしているんだ」
と感じるようになっていた。
デジャブというものに対して、
――気が付けば、考えていた――
というように、無意識の時に、デジャブについて考えていることが多い。逆に言ってみれば、
――無意識に考えている時というのは、そのほとんどはデジャブについて考えていたんだ――
ということになる。
デジャブというのは、
「今見ている光景は、以前にどこかで見たことがあるような気がする」
というもので、見たことがないはずのものを記憶していることが、急に表に出てきたような現象をいうのだという意識を持っていた。
更科は、子供の頃からその意識を強く持っていて、意識が強いだけに、
――これは、僕だけの意識なんだ――
として、他の人は誰も感じたことのない特別なことだと思っていた。
他の人誰にも話したことはなかった。
最初は、
――こんなことを言ったら、バカにされてしまう――
という意識があった。
しかし、これでは他の人たちが感じるのと同じような感覚だ。更科は子供の頃から、いや、子供の時の方が特に、
――他の人と同じでは嫌だ――
という感覚が強かったのは否めなかった。
他の人と同じでは嫌だという感覚は、デジャブと違って、自分以外の人、誰にでもあることだと思っていた。
だから、余計に人に知られたくない。なぜなら、他の人も同じことを感じているのに、誰も口にしようとしないではないか。
「口にした方が負け」
そんな感覚が更科にはあったのだ。
子供の頃の記憶が欠落しているのに、デジャブとして思い出すのは、子供の頃のほとんどだった。
その中には、失ってしまったはずの記憶だと思っていることもあり、
「あっ、デジャブだ」
と感じた時には、すでに忘れてしまっている。
そう思った時、
「デジャブというのは、過去の記憶を呼び起こすのではなく、無意識に理想世界や夢の世界に入り込んでいた自分を現実世界に引き戻す力なのではないだろうか?」
と感じた。
その思いを感じた時、更科は自分の目からウロコが落ちたのを感じた。
いろいろと精神的な超常現象と呼ばれるものが、デジャブ以外にもいくつかある。解明されているものもあれば、研究中のものもあり、それはまるで、
「アテルマ国における、他民族との結婚を制限する法律」
に対しての証明のようなものではないか。
――意外と、結論は目の前にあるのかも知れないな――
当たらずとも遠からじ、半分当たっていたのだ。
更科の研究で開発された機械を元に、他国へ追放された人の中に、一人の女性がいた。
彼女は、子供の頃の記憶を失っていたのだが、今の年齢は二十歳だった。更科よりも十歳ほど若かった。
彼女の名前をしおりというが、しおりが欠落している記憶は、小学生の高学年の頃だった。
自分の記憶が欠落していることに気が付いたのは、短大に入った頃だった。高校生の頃も、少し怪しいと思っていたが、なるべく考えないようにしていた。
――子供の頃の記憶が欠落しているからと言って、別に今困るということはないんだわ――
という思いが強かった。
いわゆるポジティブな考え方だともいえるが、
――どうせ記憶の欠落なんて自分だけなので、下手に気にして、他の人に悟られるのも嫌だ――
という思いもあったのだ。
だが、その時のしおりには、もう一つ感じるものがあった。
――私の記憶の中に、誰か他の人が介入している――
という思いだった。
その思いを感じるようになったのは、しおりが自分の心境の変化に気づいた時だった。
その心境の変化というのは、
――前までは、他の人と同じでは嫌だという意識があったのに、今では、他の人と一緒でも構わない――
と思うようになったことだった。
それを自然に受け入れられるなど、容認できるはずはないのにと思っているにも関わらず、