アテルマ国の真実
「何か画策している」
と思われかねないと感じたからだった。
アテルマ国は、科学者たちが「潜っている」には都合のいい国だった。
アテルマ民族は、基本的に冷静で、自分たち民族にしか心を開いてはいなかった。
六角国が支配できたのもその民族性によるものだったのかも知れない、アテルマ民族にとって支配されているのは、他の国が自国を支配されている時に感じる感情よりも冷静に考えることができたのだ。
「別に支配しているのが自国の政府なのか六角国の高官なのかの違いだけで、どっちでもいい」
と思っている人も少なかった。
アテルマ民族の人たちは、それだけ愛国心というものを持っていない。
「そもそも愛国心って何なんだ? 地理的な国境内を自分の国として、そこを自分の国として愛すればいいというのか?」
アテルマ国は実際に建国前は、曖昧な国境を周辺諸国と形成していて、あまり国土や領土としての国という意識が疎い。そんな人たちに愛国心の何たるかなどを説いたとしても、釈迦に説法とでもいうのだろうか。
そんなアテルマ国にとって六角国の支配は、「侵略」ではなかった。建国してすぐの、国家運営を試行錯誤していた政府にとって、六角国の干渉は、本当はありがかたったに違いない。
「自分たちで考えなくても、六角国がいろいろ教えてくれる」
という思いがあったのも事実だが、実際には、
「六角国の支配を受けながらであれば、誰にも気づかれずに、自分たちの進むべき道を進むことができる」
という思いがアテルマ国首脳にはあった。
この思いはアテルマ国民のほとんど協調できることであって、その考えを知っている国民も少なくはなかった。それだけ冷静であれば、何も言わなくともまわりには伝わるということの証明であった。
鎖国政策というのは、六角国のみならずアテルマ国にとって、渡りに船であった。
「自分たちがあれこれ理由を考えるまでもなく、首長国である六角国がこちらの考えにいしたがって、鎖国してくれた」
と、アテルマ国首脳はほくそ笑んだに違いない。
もちろん、そんなことは顔に出すわけもなかった。
「どんな時でも冷静に」
これがアテルマ国のモットーであり、
「アテルマ民族は冷静沈着だ」
と言われるようになった。
だが、冷静沈着だと言われるのはもう一つ理由がある。それはアテルマ国首脳が判断したことに、ほとんど間違いがなかったからだ。
アテルマ国が大統領制を取ったのは、理由がある。
首相を中心とした議員内閣制で、大体は国家体制は決まっていたのだが、ちょうどその頃、議院内閣制を取っていた大国の一つが、大戦終了後に解体したのだ。
その国は戦勝国で、国土の被害以外のところでは、世界の国から比べても、被害が最小限にとどまることのできた数少ない国だった。
そんな国の国家体制の崩壊は、その後の世界情勢に暗い影を残し、
「世界秩序が出来上がるまで、十年は後ろにずれたかも知れない」
と言われた。
その国は、大戦が起こるまでは、議院内閣制と、王朝が両立している国だったのだが、大戦とともにクーデターが起こり、王朝はその国から消滅した。
「大戦に臨むには、王朝の存在が邪魔だった」
という理由で、世界からは、
「理不尽だ」
と批判も受けたが、それ以上は内政干渉になるので、議論も立ち消えになっていったが、本当の理由は違うところにあった。
「本当は王朝などという古い体制は、戦後処理の中で消してしまおう」
と画策されていた。
さすがに戦争中の先の見えない時に、戦後処理の問題に言及するのは、戦争で亡くなっている人がどんどん増えている状況で、不謹慎に感じられたのだった。
戦後、大統領制を取りたかったアテルマ国は、水面下で六角国に接触していた。そのことを知っている人はほとんどない。最重要国家機密だったのだ。
六角国は、自らの侵攻で、アテルマ国を属国にしたように思っているが、実際には水面下で土台作りがあったのだ。そのために六角国のアテルマ支配は驚くほどに早く展開した。侵攻して半年も経たないうちに大統領選挙が行われ、大統領が一年以内に就任する運びとなったのだ。
大統領が就任した頃には、国立の研究所が全国に数か所できていて、研究員の素材もそろってきていた。
「実にうまく事は運んでいる」
大統領は満足していた。
六角国の支配は、アテルマ国に無理を強いることはなかった。六角国とすれば資源が手に入ればそれでよかった。逆にアテルマ国の方で、
「六角国が資源以外の何かを欲していて、アテルマ国に侵攻した」
とあくまでも中心をボカシながら、そう思わせることが肝要だったのだ。
だが、アテルマ国のそんな考えの上を行く人間が六角国の中にもいた。
六角国自体はあくまでも、資源さえ得られればそれでよかったのだが、この男の発想としては、
――騙されたつもりで、こちらが利用させてもらおう――
というものだった。
それが、アテルマ民族を使った人体実験であった。
ただ、大っぴらに人体実験などできるはずもない。そのため、アテルマ国内に、大戦で難民になった人間の中から、元々アメリス民族の人を引っ張ってきて、実験台になる子供を産ませることを使命とした。
アメリス民族は、アテルマ民族の先祖である。アメリス民族であれば、アテルマの人に怪しまれることはない。アテルマ民族の女性を結婚させれば、アメリス民族とアテルマ民族の混血の子供が生まれる。
アテルマ国の基本は、
「アテルマ民族の単一民族国家」
を目指していた。
混血が生まれると、渋い顔をされかねない。もし人体実験がバレた時に、利用していたのが混血であれば、何とか言い訳ができるかも知れないという思いもあった。
ただ、人体実験の元は、生まれた時から自分たち専用に洗脳しなければいけない。実験台にされたことを悪いことだとは思わない考え方を育むことが、人体実験を成功させる秘訣でもあった。
更科は、自分が混血であることを知らなかったが、最近気づき始めた。そのおかげで、自分の失っている記憶が本当は仕組まれて消された記憶であることも分かってきた。ただ、あくまでも想像でしかない。誰にも言えることではなかったのだ。
更科は、自分が天才であることを信じて疑わなかった。更科が天才であることは、まわりも認めていて、口に出さないだけで、逆にプレッシャーにもなっていた。
もし自分が天才だということを自覚していなかれば、それほどのプレッシャーはなかったかも知れない。なまじ自覚があるために、まわりの視線が期待とも嫉妬とも取れる中途半端な視線であるため、更科はまわりの視線をプレッシャーでしかないと思うようになったのだ。
しかし、それも慣れてくると、精神的なプレッシャーとは別に、天才の名に恥じない結果を次々に残していくようになる。更科がそのうちに精神的な病に罹り入院すると、研究は完全に滞ってしまい、機能を果たさなくなった。その時になって更科の研究の一つが実用化され、一部の施設に配備された。
それは、血液検査をしなくとも、照射すると、その人が混血かどうなのかということが分かる機械だった。
その機械を開発している過程で更科は、