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アテルマ国の真実

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 真田助教授にも分かっていたことだが、学会での冷めた目がここまでひどいものだとは、思ってもみなかった。
――確かに、自分も何も知らずに、学会に列席していれば、同じように冷めた目で見ていたかも知れないな――
 そう思った。
 しかし、それが老教授の中で計算済みのことであり、むしろ、冷めた目で見られることの方がありがたいと思っていたことまでは、その時の真田には分からなかった。
 老教授は、生物学の遺伝子研究では第一人者だったが、実際には優秀な数学者であるということは意外と世間では知られていない。
 もちろん、学会では有名な話なのだが、このあたりが今度の研究発表における学会と世間の評価の違いに繋がっていたのだ。
 教授には数人の助手がいたが、助手連中の飲み会で、教授の学会発表について、意見交換が行われた。
「彼に限って、そんないい加減な発表をするなど、分からない」
 と一人が言えば、
「いや、それよりも、そんな我々がいい加減だと思っていることが、世間にあれだけ注目され、興味を持たれるというところが問題なんだ」
「あの人は、引退前にすでにボケてしまったのだろうか?」
「そんなことはないだろうが、我々には少なくとも、あの人が何を考えてこのことを発表したのか分からない」
「でも、教授の研究は確か、政府高官からの依頼でもあったはずだ。だから、教授が学会で発表することは政府の容認がなければできないはずなんだ」
「えっ、ということは、教授の発表は政府公認ということですか?」
「そういうことになる。いや、考え方によっては、政府が発表させたのかも知れない。教授も本当は乗り気じゃなかったのかも知れないぞ」
 そこまで来ると、答えは近づいていたのだが、そこまで来ると、今度はそこにいた人々皆に、霧が立ち込めてきたかのように、それ以上先が見えなくなった。これ以上話を続けていくことは困難と判断した一人が、
「今日はここまでにするか」
 というと、何とも言えない雰囲気に包まれていた場に和やかさが戻った。そのまま放っておくと、きっとその場が凍り付いていたかも知れなかったのだ。
 実は彼らが話していたその一か月後、国民には寝耳に水の衝撃的な法案が、国会を通過した。この法案内容は、一切公開されておらず、国民はおろか、マスコミ、さらには研究家たちの間でも、衝撃が走った。その衝撃は国民が受けたものとは違って、かなりリアルなものだった。特にマスコミは、
「国民の混乱を煽るような報道は自粛しなければいけない」
 と、いつものような特ダネ意識はまったくなかった。それだけ、今回の発表は、シリアスなものだったのだ。
 他国の人と結婚してはいけないという法律ができた時も大きな問題だったが、今回は、その中でも、
「女性だけにこの法律の効果を認める」
 という条文を付け加えるというのであった。
 男性の側の結婚に問題はないと言われているのだから、雰囲気的には、法律が緩和されたように感じ、ホッとする人もいたかも知れないが、学者だけはそうも言っていられなかった。
 最初の法律ができた時は、あくまでも政治政策的な意味合いから、他国の異性との結婚を禁じていたのだが、女性だけを限定ということになると、これは政治政策的な問題というよりも、生理学的な観点からの問題にかかわってくることになる。それだけ、問題が深いということだ。
 発表が遅れたのも、秘密裏に行われたのも、すべて、政府の間でも意見が揉めていたからなのかも知れない。
 要するに、まだまだ研究が進んでいるわけではなく、ただ、このまま放っておくわけにはいかないということで、緊急的な法改正のようだ。何か理由があるわけではないが、女性が他国の異性と結婚し、生まれた子供に何かがあるということなのだろう。
 そのことまでは分かっているが、その理由や、対応対策がまったく見えていない。見えていれば最初から発表したはずである。国民を説得するのは政府の役目だからである。
 しかし、今回は国民を説得するだけの理由が見つからない。そのために、一切を水面下で行い、既成事実を作ることで、何とか危機を最小限にしてしまおうという苦肉の策に違いない。
 政府もそのためには、
「解散もやむなし」
 と考えているのかも知れない。逆にこの後を引き継ぐであろう政府は、完全に貧乏くじを引いたのと同じだからである。
 案の定、政府は法案を強引に遠し、そのまま解散した。総辞職ではなく解散したということは、国民総選挙で国民に是非を乞い、そして、政権交代も仕方のないことだと思ったのかも知れない。
 やはり、今回の総選挙ではそれまで十年と少しではあったが、
「今の政府は安定しているので、五十年は与党が入れ替わるようなことはない」
 として、政権交代はありえないと思われていた。
 今までの野党第一党だった政党は、それまでの野党時代のような鋭さはなかった。
 すべての政策が、どんどんたまって行ってしまい、後手に回ってしまったことで、政府は混乱した。しかし、前の政党がやり残した、
「女性は他国の男性と結婚してはいけない」
 という法律に正面から向き合い、研究プロジェクトも積極的に立ち上げ、必死になっているのが、国民にも分かった。それだけに、どんなに頼りない政党であっても、
「もう少し様子を見てみよう」
 と、新しい政府の支持率は下がることはなかった。
 それでも上がることもあるわけではなく、与党から野党に下った政党も、元々の自分たちが悪かった政治が表に出てきてしまい、討論番組でも、面と向かって政府を批判することができなかった。
「これじゃあ、面白くない」
 討論番組が面白くないというイメージが焼きつくと、国民は政治に無関心になった。
 しかし、これは政府の作戦だった。前の政党の罰を被ること条件に、攻撃しないようにさせたのだ。それは政府の存続を考えたからではなく、これからの政策に国民の目を向けさせないようにする作戦だった。
 実はこの計画は、すでに以前からできていた。総選挙にしたのも、その証だったのだ。
 政府が、大学の研究所にひたすら入り浸っている。マスコミもすでに政治ネタでは売れないことを分かっていたので、政府に向くこともない。それぞれの出版社は、政治部を花形としてきたが、芸能部を花形にし、政治部は留守番程度の社員を置くことで、水を濁していた。実に動きやすい環境である。
 芸能ネタも、おかしな法律ができたおかげで、特ダネを求めやすくなった。
「女性芸能人、外国俳優と交際か?」
 などというゴシップネタは、犯罪にかかわることなので、面白おかしくとまでは書けないが、その分、
「どこまでが事実なのだろう?」
 という興味を読者だけではなく、国民の大半に抱かせた。ますます政治に対しての目はマスコミから離れていった。
 政権が変わっても、大統領が変わるわけではない。前の副大統領、つまりは元首相の息子である真田助教授は、複雑な立場に立っていた。自分が研究していたことが、結果的に自分の父親の立場を危うくし、そして今、自分の進退も問題になっている。一度は辞表を提出してが、撤回された。大学側から、
「今後の研究には君の頭脳が必要なんだ」
作品名:アテルマ国の真実 作家名:森本晃次