短編集11(過去作品)
歩くスピードにしても同じことで、いつも考え事をしながら歩いているにもかかわらず、ほとんど判で押したような時間に目的地に着くのだ。
その日も同じように駅前までやってきて、いつものように喫茶店への階段を上っていたが、一段一段に胸騒ぎが深くなっていく。まるで、昨日までに感じていた毎日のカウントダウンを一歩一歩で感じているかのごとくである。
さすがに足取りは重かった。いつもと同じペースとは明らかに違っていた。これこそこの間感じた「魔の十三階段」に匹敵するものだった。
その時考えていたのは、こんな思いを味わうのは、今日が本当に初めてであろうかということである。前に一度同じようなことを思ったことがあったはずだ。それも自分でそんな感覚を思い浮かべて想像していたはずだ。
中学時代に書いた自分の小説、確かにあの感覚だった。
今おぼろげであるが、はっきりと記憶がよみがえろうとしている。それが今感じている胸騒ぎの正体であり、これから起こるであろうことへの予感めいたものにつながっているのだ。
躊躇しながらであったが、十三段目から以降の階段を一気に上りつめた私は、そのまま脇目も振らずいつもの指定席へと歩を進め腰を下ろした。
もちろん、視線は他ならぬ窓の外を向いている。まわりに視線を移さなくても私には分かっていた。すでに座席は他の人が座ることのできないほど混んでいることをである。
そして私ははっきりと見た。コンコースから出て来てこちらを見つめる一人の男の顔がこの私であるのを……。
その表情に驚きなどの感情はなく、ただこちらを見つめているだけである。やはり視線は私の後ろ遥か遠くにあったのだ。
しかし、その瞬間私の脳裏にはもう一人の私がいた。
もう一人の私は駅コンコースから表に出て、喫茶店を見上げている。そこに誰がいるのかは分からなかった……。
そして、翌日から私の姿は世間から消えた。
たった一人、その時喫茶店から表を見ていた人以外の目からである……。
( 完 )
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次