小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集11(過去作品)

INDEX|7ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 今から思い出してもその時の私は確かに後ろからの視線を感じていた。だがそれは一瞬のことであり、本能的に振り向くのだが、そこには誰もいない。
 やっぱり……。
 一瞬感じるだけの視線であったが、それは痛いほどのもので、痛ければ痛いほど後ろを振り向いた時に誰もいないことにホッとしてしまうのだ。
 ホッとため息をついて、再度窓の外を向くが、そこにはさっきまで見つめていた視線の主はすでにいずこかへと立ち去ったあとなのだ。
 そんな思いを抱きながら、次の日もまた次の日も喫茶店の窓から人の流れを見つめる生活を続けていた。
 常連でもっているというような店ではないので、今まであまり気にしていなかったが、ある日フッと店内を見渡した。
 最初の頃は店内を見渡すこともあったが、今はほとんどいつもの席へと一直線に向かい、後は窓の外を見ているだけだった。それほど混んでいないので、指定席と化したいつもの席の近くに座る人はまずいない。
 しかしその日は人が増えてきたことに初めて気がついた。何となくまわりの空気が濃厚に感じたからである。今までは少ないとはいえ、客がいてもまったくといっていいほど感じなかったまわりの空気を感じ始めたのである。
 どこかで見たことあるような……。
 そんな思いが頭にあった。しかし最近、しかもごく普通に思い出せそうな気がするにもかかわらず、思い出すことができない。
 ドキッ
 どの人も視線はこちらを向いている。これでは嫌でも意識するというものである。が、本当に私を見つめているのだろうか?
 いや、どうも違うようだ。
「えっ?」
 そこまで考えてくると、私を見つめる視線の正体が分かってきた。そう、窓の外から日替わりに私を見つめていたあの視線である。だが、本当に同じ顔なのかと言われれば、最後まで疑問符が消えない。
 一度気になった人を次の日から見なくなる。気になっていることだった。それが今やいつの間にかこの店内にみんな入っている。目を疑いたくなった。
 思わず大きく目を瞑り、しばらくして目を開けた。
 確かに店内には客がいっぱいである。しかしそれぞれの顔に見覚えはなく、先ほどの不気味な感覚が残っているだけである。シーンとした店内で見つめられていると、自然と汗が出てきた。その汗もしっかりと気持ち悪さをともなって残っている。
 今はというと、クラシックのBGMの中、歓談の話し声やナイフ、フォークが皿に当たる乾いた音が響いているといった普通の朝の喫茶店の雰囲気である。
 そういえば私は“物持ちがいい”と言われていたな。
 何とはなしに思い出した。
 窓の外からいつも同じような視線を向ける彼らが、日替わりで次の日から見なくなってしまうことを、心の中が潜在意識として持っていたのだろう。それが無意識にして店内の人で、一瞬とはいえ彼らの表情を私に思い出させたのかも知れない。
 だが、確かに人は増えているのだ。そのことの疑問は、どうしたって解決されることではない。
 そういえば……。
 私の記憶は中学時代にさかのぼる。
 文芸部員として、何回か機関紙に発表した作品の中に今感じていることがあったことを思い出しつつあった。
 いつも作品が完成して次の作品に取りかかると、必ず完成した作品のことが頭から消えていた。次の作品に集中しているからに他ならないが、そのわりに次の作品にも前作が影響を与えていることに違いはなかった。
 そして作品を思い出すということは、その時自分が何をどう考えていたかを思い出すことでもあって、それが作品誕生にかかわることでなくても同様のことである。
 例えば学校生活のこと、友達のこと、恋愛感情、などであるが、やはりその時は自分を振り返る時期だったような気がする。その時だった “物持ちがいい”という自分の性格を考えるようになったのは……。
 まわりからも言われていたが、自分でも意識するようになった。しかもそれを短所の一つとしてである。
 大切に取っておいたものがいっぱいになってしまったら、どうするんだったろう?
 文芸部時代に書いた作品を思い出そうとしている。しかしその時の気持ちに戻るのは困難を極め、今さらながら“時”を感じてしまう。
 いや“時”というよりも環境に左右されながら変っていった自分の性格がそうさせるのかも知れない。
 どちらにしても頭に引っかかっていることには違いない。
 それにしても、そろそろ店内が飽和状態になりつつある。最初に気付いた日から気になっていたが、どうやら毎日一人ずつの割合で増えている。相変わらず窓から覗いて気になった人がこちらに入ってきているような気がして仕方がない。
 私には妙な胸騒ぎがあった。
 次第に膨れ上がってくる店内の客。空席が少なくなるにつれ、胸騒ぎがだんだんと大きくなっていく。
 それはまるで昔本で読んだ“魔の十三階段”を上っていくのと同じように思えた。一段一段がここでの一日を刻んでいるようで、十三段目に何が待っているか、つくようでつかない想像に胸が騒ぐのだ。
 店内にいる人たちの表情に最近変化が見られるようになった。
 最初の頃こそ私を見ているようで、視線は別のところにあったのだが、最近でははっきりと私を見つめている。しかもその表情には笑みが浮かび、ゾッとするような不気味なものから、今では却って親近感すら浮んで見えるのだ。
 まるで瞳の奥に人がいて、その人が私に向かっておいでおいでをしているような錯覚に陥っていた。見えるわけがないのだが、瞳の奥にその人たちのもう一人の自分が見え隠れしているのが私にはなぜか分かった。
 私も同じなのだろうか?
 そう考えれば、彼らが最初私を見ているようで視線が違うところを見ていたのが、納得いく気がしてきた。
 私の中の、もう一人の私……。
 たぶん、もう一人の私は、彼らにとって親近感の深いものであるに違いない。それも彼らの瞳の奥のもう一人の彼らにである。
 それが私を胸騒ぎに追い込む、もう一つの理由でもある。
 カウントダウンが始まった。
 私の中で始まったそのカウントダウンは、瞳の奥の私を次第に表に追い出すものとなった。道を歩いていても、仕事をしていても、フッと思った時、客観的に私を見つめている自分に気付くのだ。以前も時々あったのだが、今ではそれが日常茶飯事になってしまっている。
 私は翌日そのことを思い知らされることとなった。
 普段であれば、胸騒ぎを起こすのは喫茶店に入り、いつもの指定席に座ってからなのだが、その日に限っては違っていた。
 朝起きてから何となくムズムズしたものがあり、まだはっきりと目が覚める前から胸騒ぎがあったのだ。
 その胸騒ぎがどこから来るもので、どんなものなのかを想像するには至らなかった。だが、意識がしっかりしてくるにしたがって、一種の覚悟めいたものを迫られているような胸騒ぎに思えて仕方ない。
 それでもいつもと同じように朝の支度をして家を出る。同じ行動が身体に沁みついていて、今さら違うパターンなど考えられない。無意識に同じことをしていれば、時間を感じることなく行動でき、気が付けばいつも同じ時間に同じ行動をしている。それは朝寂しさを紛らわすためにつけているテレビの時刻を見れば一目瞭然である。
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次