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短編集11(過去作品)

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 思った通り夕方にくらべ早朝の店内は人も少なく、ゆったりとしている。何気なくまわりを見渡したが、普通であれば最初に一番広く感じるものなのかも知れないが、最初来た時に感じた広さよりも数段広く感じる。
 ほどよく効いた暖房がコーヒーの香りを漂わせ、表の喧騒とした雰囲気をしばし忘れさせてくれるような感じだった。
 コーヒーを飲みながらゆったりとした気分で表を見ていると、これから仕事に行かなければならないという使命感なるものが吹っ飛んでしまいがちだが、それでも朝の貴重な時間を有意義に過ごせることへの喜びが、さらなる一日の活力として漲ってくるのである。
 ちょっとした物音でも響いてしまいそうな店内に、食器とフォーク、ナイフの当たる音が響いている。まんざらキライではないこの音を感じながら表を見ているが、視線はずっとコンコースの入り口に集中していた。
「あれ? どこかで見たことあるような……」
 コンコースから表へ出てくる人の波の中に一人の女性を発見し、気がつけばしっかりと見つめている。
「ああ、最近よく会う人だ」
 それに気付くまでに少し時間が掛かったのはなぜだろう?
 確かに私は最近その女性が気になっていた。女性として気になるのはもちろんのことだが、別に私に対して視線を向けているわけでもないのに目が追うのである。
 じっと見られていることに気が付かないのか、彼女はこちらを振り向こうとはしない。私も彼女のことを目で追っていることに気付くのはいつもすれ違ってから少し経ってからのことであって、我に返ると恥ずかしさとテレから、自然と頬に熱さを感じる。
 それは毎日のことである。
 それもすれ違った時よりも後になればなるほど気になってきて、
「明日こそはしっかり彼女を確認しよう」
 と思うのだ。
 すれ違った後、彼女のことを思い出そうとすると、不思議と彼女の顔を覚えていないのは、あまりにも一瞬でほとんど横顔しか確認できないからからかも知れない。
 それでもすれ違った後に“しまった”と思う気持ちは本物で、意識の裏と表を感情が行ったり来たりしているようだ。
「間違いなく、あの人だ」
 その日は違っていた。コンコースから出てきた彼女は明らかにこちらを意識している。最初から顔の角度は上向きで、視線は間違いなくこちらを捉えている。びっくりしてこちらが一瞬視線を逸らしたくらいだ。
 いつも気にしていたことを感じたのはその日ずっと彼女を見ていたからであって、もし見なかったらずっと意識しなかったかも知れない。そう、まるで夢を見ていたかのように。
 だが、彼女はそんなことでは臆さない。表情は穏やかではあるが、痛いくらいに感じるその視線と奇妙な睨み合いが続いた。おそらくその時の私の視線も針を貫くようであり、さぞかし尋常ではなかったであろう。
 私と彼女の間に張り詰めた空間は、まるで真空のようだった。ちょっとでも油断すれば吸い込まれてしまうブラックホールを想像してしまったのは、文芸部にいてSFに造詣が深かったからに違いない。
 大げさな表現だが、一瞬そんな気持ちになってしまったのは事実である。
「あれ?」
 彼女の視線はこちらに近づけば近づくほどはっきりしてくるのだが、私に寄せられているものではないような気もしてきた。確かに私と目線があっているのだが、彼女の表情には少しずつ変化がある。
 少し引きつってはいるが、相変わらずかなしばりにあったかのように見つめている私の表情に変化があるとは思えない。そんな私に対し、時々見せる表情は明らかに親しみを込めた顔だった。
 しかしその表情に安堵感のようなものはなく、相変わらず緊張が走った顔なのは、見ていて不思議である。
 もしそれがその日だけのことであったら、すぐに忘れていただろう。いくら初日のセンセーショナルな印象だったとはいえ、私の頭に深く刻まれる結果となったのは、それが一日で終わらなかったからだ。
 次の日もまた次の日も、私は同じような思いをすることとなり、そのたびに最初の日に感じた思いを深くしていったのだ。
 二日目の私はすでに常連客になった気分で店の階段を上がっていく。何度となく上った階段、そんな思いを頭の中に抱きながら。
 席に着くのも、迷うことなく前日と同じ席。そこから見渡す店内はまったく初日と同じ風景で、さぞかし常連でもっている店というイメージを植え付けられた。
 新聞や雑誌を読んでいる人のほとんどは、昨日と同じメンバーである。みんなそれぞれのことを意識していないように見えるのが不思議なくらいである。
 私は昨日同様、コンコースの出入り口に視線を移した。昨日の彼女がいるかも知れないと思ったからである。
 いつも同じ時間帯に出勤する私に対して、いつも同じ場所ですれ違っている彼女の出勤時間が一定していることは明らかだ。
 だいたいが、行動パターンをあまり変えたくない私にとって、特に朝のようなバタバタした時間にその兆候は現れる。
 確かにバタバタしていると時間の感覚がなくなり、あっという間に過ぎてしまったというのが後からの感想であるが、実際にその中に入ってみると細かく刻んだ時間帯を、しっかり計算しながら使っていることに気付く。そんな時に刻んだ時間が意外に長く感じたりするものなのかも知れない。
 その日も同じようにコンコースを見ていたが、集中しているわけではなく漠然と表を眺めているに過ぎなかった。
 彼女が現れる時間、そこに集中すればいい。
 と、そのくらいに考えていたのだ。
 刻々と近づきつつある彼女の出社時間にドキドキしながら表を見ていたが、予定の時間になっても彼女が現れる気配がなかった。
 休みかな?
 そんな思いが頭を掠めたが、それも一瞬だった。
 次に思ったのは、
 もう現れないのでは?
 という思いであって、そこには何の根拠もないが、さっきまで感じていた胸の動悸は何かの虫の知らせのような気がしてきた。
 なぜだろう?
 昨日まではっきりと覚えていた彼女の顔が、私の意識の中から消えつつあるのを感じている。ただ昨日まではっきり顔を覚えていたという意識はあるのに、心の中のメガネが彼女に関してだけ効いていないようだ。
 そんなことを思いながらコンコースを眺めていた。
 そこに繰り返される映像は、まるで昨日を見ているようだった。しかし、人の数は明らかに違うようで、いつも同じ人と会っているはずなのにとても不思議である。
「ん?」
 昨日の再現であろうか?
 こちらを見ている人がいる。しかしその人は昨日の人と違うが、女性である。
 同じようにコンコースから出てくると少し頭を上げ、視線をこちらに向けている。
 昨日と違うところは、私がその女性に見覚えがないことだった。
 明らかに私の方を見ているのだが、これも不思議なことに昨日と同じで、目線があっているわけではない。私を通して違う人を見ている気がして仕方がないのだ。
 しかもその表情……。みるみるうちに驚愕へと変化しているように見えてくる。その視線の気持ち悪さから目が離せず、薄っすらと背中に汗を感じてしまった。
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次