小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集11(過去作品)

INDEX|20ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 瑞穂と付き合うようになって、それが何であったか、少しずつ分かってきたような気がする。感情のぶつかり合いなくして、相手の気持ちを分かるなどないことだろう。たとえそれが喧嘩になったとしても、その後にお互いを欲する気持ちがあれば、それが本当の愛情なのかも知れないと……。
 瑞穂との間に「合理的な付き合い」はあまりなかった。
 多少の無理はしているかも知れない。今までは無駄なことは絶対にしないのが自分のポリシーのように思ってきたのだが、それも絵を描いているうちに少しずつ変わってきた気がする。
 さおりは私の趣味に関しては、一切口出しをしなかった。というよりも、まったく興味を示さなかったと言ってもいいくらいで、他人の世界には立ち入らないことがうまく付き合う秘訣だと思っていたようだ。だが、それは私にしても同じことで、決して彼女の趣味をあれこれ詮索することもなかった。さぞかしお互いに不完全燃焼に陥っていたのかも知れない。
 そう、瑞穂と喧嘩になった時である。
 普段であれば、喧嘩をして相手をののしるようなことを言っても、それはそれでルールがあった。相手の気にしていることには触れない。相手の過去については触れないなどと、暗黙の了解ができていたはずであった。
 しかし、その日は違っていた。
 どちらが最初にそのルールを破ったのかは、はっきりと覚えていない。何しろその後に聞かされたことへの印象が深くて、きっかけなど記憶から飛んでしまっていたのだ。
「あなたは本当にバカね。だから愛想を尽かされるのよ」
「愛想を尽かされる? 誰からのことだ?」
「胸に手を置いて考えてごらんなさい」
「分かるもんか」
「本当に分からないの?」
「一体、誰なんだ」
 はっきり言って分からなかった。たぶん女性関係だろうとは思ったが、私が瑞穂と付き合う前の女性と言えば、さおりのことだけだ。さおりのことを、よもや瑞穂が知っているなど考えられなかった。
「あなたが前に付き合っていた女性のことよ」
「さおりを知っているのか?」
「ええ、あなたが付き合っていたこともね」
 私にとって、まさに青天の霹靂である。
 その後、しばらくして私は冷静さを取り戻した。瑞穂は少し意外そうな顔をしたが、それ以上に私自身が信じられない。ス〜っと気持ちが引いていくのを感じた。すっきりしたような気持ちである。
 瑞穂はそんな私に目を丸くしていたが、落ち着きを取り戻しつつある私同様、涼しげな顔つきになっていくのを感じていた。もうここからは冷静になって話ができるはずである。
「ごめんなさい。少し熱くなりすぎて、ひどいことを言ってしまったわ」
 私が何かを言おうとしたのを遮るように、瑞穂が謝ってきた。声のトーンは明らかに低く、完全に冷静になっていた。
 言葉を呑んでしまった私は、その時何を言おうとしたか、忘れてしまった。すぐに思い出すかともの思ったが、その言葉を思い出すことはもうなかった。
「いや、いいんだ」
 私はそれだけ言うと、頭の中にさおりの思い出がよみがえってくるのを感じた。それとともに、なぜ瑞穂が知っているのか聞きたいのは山々だが、話す話さないの選択権は瑞穂に委ねることにした。
 瑞穂は私の気持ちを分かっているかも知れない。ゆっくりと話し始めた。
「あなたにとっては酷なことかも知れないけど、さおりはあなたの思っているような女性じゃないわ」
 淡々とした口調に、一切の棘はない。ソフトであるだけに、言葉を重たく感じるのは不思議なことだった。
「それはどういうことだい?」
 私の知っているさおりは、冷静沈着で計算高く、それでいて私には包み隠さず嘘のないところが、さおり最大の魅力だった。しかも潔癖症で、ちょっとしたマナーの悪さにも敏感に反応し、露骨に嫌がるタイプだった。いわゆる神経質なタイプだったに違いないが、それがさおりの長所でもあった。
「あなたはさおりのことを、潔癖な人だと思っているでしょう?」
「ああ」
 どうやら見透かされている。
 というか、私がそんな女性が好きだということは、今まで付き合ってきた瑞穂が一番よく知っていることだ。事あるごとに私の言動の中から察していたことだろう。
「でも、よく思い出してごらんなさい。あなたがさおりと別れた時のことを……」
 思い出してみるが、不思議なことにそれほどはっきりと覚えているわけではない。付き合っていた頃の思い出は鮮明に近いくらいに覚えているのに、別れる時の感情はそれほどはっきりしたものではない。
――付き合っていた頃の思い出があまりにも鮮明すぎるためかな?
 首を捻って考えてみるが、なぜかはっきりしないのだ。
 自然消滅ではなかったはずである。
 喧嘩になった記憶まではないのだが、明らかに意思表示があり、それに対して少しではあったが、話し合ったはずだ。何しろある程度の白黒がなければ納得しないのが、二人とも共通した性格だったはずだからである。
「どうやら、はっきり思い出せないようね。そういえばさおりもそんなことを言っていたわ」
「さおりも思い出せないの?」
「いや、彼女ははっきり覚えているわ。でもあなたが思い出せないかも知れないと私には話したの」
――どういうことなのだろう?
「あなたたちは、結局その時、すでに冷え切っていたのね。あなたはさおりに対し、少しずつ疑念を持ちながら、それを自分で打ち消そうと努力をしていた。あなたの性格だから、私にはそれもよく分かる。でも、それはかなりの葛藤だったに違いないわね。だから、その時の感情をあまり思い出したくないのかも知れないわ」
 さおりの行動や言動が信じられなくなっていたのは事実である。
 記憶喪失になった人の話を聞いたことがある。
 あまりにもショックなことを見てしまった瞬間に過去のことをすべて忘れてしまうというものだ。それは見たくないものを見てしまったという、自分の中で信じられないことを認めるかどうかの葛藤があるためだ。実際に見てしまったのだから、それ以上の事実はなく、認めないわけにはいかない。しかし、それを認めるために心の中で葛藤が起こるのだが、それは儀式のように、避けて通ることのできないものだ。
 その話を思い出したが、私の場合と記憶喪失に掛かった人とでは、決定的な違いがあるのだと思った。
 一つには、私がショックだった瞬間のそれ以前のことをしっかり覚えているということである。瞬間的な記憶喪失のようなものがあるとも聞いたことがあるが、それも同じように、飛んでいる瞬間が繋がらないだけで、時間的な辻褄がしっかり合っているのだろうか? 私にははなはだ疑問が残る。
 もう一つは、記憶喪失が瞬間に起こるものであって、私の場合のように疑念を持ちながらではないということである。確かにずっと疑念のようなものを抱いていたのは事実で、それが気持ちの中で大きくなっていってるのにも気がついていた。しかし、それがまさか自分の心の中に、一瞬の時間的な隙間を作ろうなど、想像もしなかった。今、ここで瑞穂から聞かされるまで気がつかなかったことから考えても、たぶん、何もなければこのまま思い出そうなとするなどということはなかったであろう。
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次