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短編集11(過去作品)

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「私がポエムを書き始めたのは、高校に入学した頃からだったかしら。その頃まで、ポエムや童話はおろか、国語の教科書の文章を読むことすら大嫌いだったのよ。特に国語の試験は嫌いだったわ。だって文章を読まないと回答ができないんですもの。せっかちな私には苦手な教科だったわ、国語って……」
 少し投げやりな言い方だが、気持ちはよく分かる。
「僕も嫌いだったなぁ。算数が好きだった」
「数学じゃなく?」
「うん、算数だよ。だって算数は想像力が豊かになる科目で、しかも即答できる」
「ええ、答えを導き出すための考え方が大切で、その方法がどんな方法であれ、理屈に合っていれば正解になるものね」
 さおりの考え方は、いちいち私の考え方を肯定してくれる。さおりの現実的な考え方が分かるのは、そういった同じ感性を持っているからであろう。同じような「合理的」な付き合い方は、さおりとでしかできないだろうと感じている。
 それだけに、付き合い方も自然だった。
 他の人と付き合っていれば、クリスマスなどにはプレゼントを用意していただろう。どちらかというと人に気を遣うことが好きではない私だったが、それとこれとは違うのだ。――相手の喜ぶ顔が見てみたい――
 これが最大の理由である。
 さおりと別れてからそのことに気がついたのだが、もしクリスマスにプレゼントを買っていたとしても決してさおりの喜ぶ顔は見れなかったであろう。
――そういえば、さおりの心底喜ぶ顔など見たことないな――
 これが彼女と別れた最大の理由だったのかも知れない。
 別れは突然やってきた。
「私たち別れた方がいいのかしら」
 いきなりさおりが言い出した。
「え? 別れるって一体どういうこと?」
 さすがにいきなり切り出された時、私も気が動転してしまった。何事もこれが自然な付き合いだと思っていて、他の人から、
「俺には、分からんなぁ。君たちのような考え方」
 と言われながらもピンと来なかった。
 最初はプレゼントのやり取りのことを言っているのかと思っていた。プレゼントは何がいいか相談された時、
「僕はしないよ」
 と言うと、びっくりしていたからである。
 しかし、後になって考えると、それだけで言われたのではないようだ。付き合っている二人を見て他の人からはとても不思議に見えるらしく、お互いに笑顔のない付き合いに見えて仕方がなかったのだろう。
「何が楽しいんだ?」
 と言わんばかりに、我々を見ていたことだろう。
 最初こそ気が動転してしまったが、話しているうちにスーッと気持ちが落ち着いてくるのを感じた。気持ちが冷めてきたのだろうか? いや、彼女から別れを切り出されることが最初から分かっていたからかも知れない。
 別に、別れを切り出したさおりを恨むこともなく、未練があるはずなのに、自然に未練がなくなっていった。
 すべてが思い出に変わっていった。
 しかし時として思い出は辛い時もある。自然に変わっていったはずの思い出なのに、夢の中などに出てくると、目覚めが気持ち悪く感じるのである。
――さっきまでそばにいて、私の腕の中で眠っていた――
 そんな夢を見ると、起きてからもしばらくは不思議な気持ちに襲われるのである。
 さおりと別れてから、さぞかし寂しい想いに襲われるのではないかと思っていた。
 しかし襲われたのは寂しいというより、心の中に空いた隙間の広さにびっくりしていたという方が的確な表現かも知れない。さほどの寂しさがない分、その隙間の広さは予想もしていなかったからだ。
 しかし、それからの私は、人の温かさに触れることができた。
 それは男女ともに隔たりはない。普通の友達がこれほど暖かいものだとは、さおりと付き合っている間、感じたことはなかった。
 これほどまでにさおりとの思い出が忘れられないとは思わなかった。
 それから約半年以上というもの、頭の中にさおりがいて、考えない時などないに等しいくらいだった。
 しかし、そんな私にも春はやってくるもので、さおりと別れてちょうど一年が過ぎようとしていた頃であろうか。新しい彼女ができた。
 矢壁瑞穂という彼女は、さおりと違い少しポッチャリ系である。
 友達も多く、男女関係なく楽しそうに話している姿が印象的だ。しかし、それでいて時折見せる寂しそうな表情が私には印象的で、彼女を気にし始めたのはそんな表情を垣間見たからだった。
 もし彼女の寂しそうな一面を見なければ、彼女を気にすることも、付き合うこともなかったであろう。私が女性を気にする時、それはその人が他人に見せない一面を私に見せた時なのかも知れない。
 きっかけは偶然だった。
 いつも行く喫茶店で一緒になったのだが、今まで時間が合わないだけで、瑞穂もそこの常連だったようだ。
「あれ? 珍しいところでお会いしましたね」
 おどけるように話かけた私に瑞穂は驚きもせず、
「ええ、私、ここの常連ですのよ」
「そうなんですか? 実は僕もなんです」
 それから、二人は意気投合した。
 不思議なのは、瑞穂が意外と私のことを知っていたこと、趣味趣向など私の好きなものをズバリと言い当てるので、最初はびっくりしたが、
「以前から意識してましたのよ」
 ここの喫茶店で何度目か一緒になった時に、瑞穂が話した。
「実はあなたがここの常連さんだということも知ってました。あなたの好みそうな場所ですよね」
 赤レンガ造りの喫茶店で、街中にあるせいか、あまり目立たない。しかも壁には薄っすらと蔦が絡まっていて、一見して喫茶店だとは感じないところだ。知らなければ通り過ぎているだろう。
 初めてここに入ったのは冬だった。
 店内にはコーヒーの香りが充満し、暖かさを醸し出している。さすがコーヒー専門店、表同様に店内も地味な造りの木目調なのだが、そのあたりのレトロ調な雰囲気がとても素敵に感じられる。さらに表から見て狭そうに見えるのだが、意外と広くてしかも明るい店内に、コーヒーの香りが沁みついているようだ。
 何が嬉しいといって、店内が静かなことだ。
 ほとんど皆常連ということなのだが、誰一人として騒ぐものもおらず、おのおの本を読んだり、店内に流れているクラシックを堪能しながらコーヒーをすすっているのは、それぞれに贅沢な時間を使いたいからに他ならない。もちろん最初に入った時の私も同じ思いだったのだ。
 瑞穂は一見若く見えるので、こんな大人の雰囲気の喫茶店に似合う女性にはとても見えなかった。意外とそのギャップが私には新鮮に思うのか、逆によく見れば落ち着いた顔立ちに見えるから不思議だった。
 紺のトレーナーに、チェックのスカートといった少し子供っぽい服装で、しかも小柄な彼女に大人の雰囲気が似合うとは思いもしなかったからだ。
 私が偶然見つけたこの店は、知り合いなど誰も来ない自分にとってのまるで「秘密基地」のような感じのところだ。もちろん誰にも教える気はなかったし、自分だけのものだという子供心のようなものが顔を出していたのだ。
 さすがに瑞穂の出現にはびっくりしたが、ただ偶然知り合いがいたというだけである。最初の頃はまったく意識がなかったが、彼女から
「意識していた」
 という言葉を聞かされて、意識しない方が変であろう。
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次