短編集11(過去作品)
冷たい記憶
冷たい記憶
「合理的」という言葉があるが、私にとっての「合理的な付き合い」とはどういうことなのだろう?
時々考えることがあるが、人によっていい意味だったり、悪い意味だったりさまざまである。
例えば、私が「合理的」という言葉を口にするのと、友達が口にするのとでは、当然違う。立場も違えば、趣味趣向も違うからで、人によっては冷たい言葉に感じることもあるだろう。
かくゆう私も中学時代くらいまでは「合理的」という言葉に敬意を持ちながら、心のどこかで冷たいものというイメージを持ってきた。どうしても友達の間では、合理的を肯定的に見ることが多いので、その反発もあったのかも知れない。
要するに「合理的」という言葉は漠然としていて、抽象的な言葉であり、いろいろな判断が持たれても仕方のないのだ。
――気がつけば、私も合理的な付き合い方をしていた――
などと最近になって思うようになった。それはいつ頃からのことなのかを考えてみると、中学時代だったのは実に面白いことだ。
もちろん、その頃に自覚があろうはずもない。しかし、まわりの人間とのコミュニケーションの取り方も分かってきて、相手の性格も把握できるようになると、最終的には自分が可愛くなるのである。
まわりがどうであれ、
――最終的には、自分――
なのである。
友達の中に、
「こいつは合理主義者だ」
と明らかに感じる人がいた。
自分たちのグループではないが、事あるごとに噂のネタになる。自分たちには分からない世界だけに、人に聞いてみたくなるのだ。
「友達の輪」こそ大切だと思っている我々には理解しがたいのだが、ただ彼の「合理的」な考え方が自分たちより強いだけで、他は変わらないということが分かったのは、卒業してから後のことだった。
「こんなことなら、もっと話をしておけばよかった」
と思ってもあとの祭りである。
きっと私たちにはない、斬新な考え方を持っていて、大いに啓発してくれたに違いないと思うのだ。
「合理的」というにはあまりにも漠然としているのかも知れない。
中学、高校と男子校だったこともあり、男に囲まれていると、ある意味で「合理的」な付き合い方になってくる。確かに悩み事や相談事など親身になって考えてあげるが、それは男同士の友情であって、付き合い方は基本的に「合理的」な付き合いである。もちろんお互いが納得の暗黙の了解のもとに成り立っているが、それだけに後腐れもない。
私のいう「合理的」な付き合いというのは、無駄のない付き合い方を意味する。それは暗黙の了解が前提にあり、口に出すと嫌らしさが残り、仲が良ければ良いほど、その傾向にあるのだ。
大学に入り、私も女性友達ができた。彼女というにはまだぎこちない関係だったが、彼女には少なくとも私の気持ちが分かる人を選びたいものだ。いや、少なくとも「合理的」ということだけに関して言えば同じ考えの人でないと私の彼女はつとまらない。当然、女性の中にも私同様の考え方を持っている人がいるはずだからである。
そういう意味でその女性友達は合格だったのだ。
彼女は名前をさおりといい、細身なスラッとしたタイプで、夏の時期などワンピースで、吹いてくる風に帽子を押さえている姿がよく似合う。浜辺などでサラッとした髪が風に靡いている姿が印象的である。
デートをしていて食事をした時など、男性が支払うものだという凝り固まった考えがあるわけではない。しかし、少なくとも自分で出したいという気持ちを持っているので、実際いつも私が出していた。
だがいくら大切な彼女とはいえ、自分で無理はしたくない。
金銭的に無理をしてまで彼女に体裁を繕いたくないと思っていて、自分で自分の首を絞めるなど「愚の骨頂」だと思っている。
幸い、私の行くところに一切の文句をつける女性ではなかった。
大学生であれば、本当ならおしゃれなレストランでランチタイムとしゃれ込みたいと思って当然かも知れない。実際、女性友達に誘われると行っているようで、そんな時はさっぱりした顔になっている。しかし、さおりはそのことを私に話そうとはしない。気を遣っているのだろう。それならそれで私も敢えて話題にもしないのだが、そんな自分がたまに冷たい人間のように思えてくる時もある。
彼女はどうやら私の考え方や行動パターンを把握しているようだった。
「あなたのすることは大体分かるわ。単純ですものね」
彼女というには、少し程遠いと思っているのは私の方だったのかも知れない。趣味趣向はもちろん、好きな女性のタイプまでどうやら分かっていて、街中を歩いていてもタイプの女性が歩いていると思わず振り向いてしまう私を見ながら、いつもニコニコ微笑んでいた。
そんな時、いつもバツが悪そうに彼女を見るが、その笑顔に照れ臭さを感じてしまう私は、たぶんさおりとはいい関係なのだと感じている。
私は冷静だった。
さおりに対して時々、
――冷たいのでは?
と思うこともあったが、それもお見通しらしかったところが心憎い。
しかしさおりも私から見て冷静だった。何年か付き合ってきたが、その間に喧嘩をしたなど一度もなかったことだ。
私がそのことを言うと、
「あなたが私の怒るようなことをしないのよ」
と、優しく言ってくれる。
「怒るようなことって?」
当然聞いてみるが、
「うふふ」
と、ごまかすようにはにかんだ笑みを浮かべるだけだった。
――きっとそれはさおりが分かっていればいいことなのだろう――
そう思うことで私はさおりを冷静に見ることができるのだ。
何と自分にとって都合のいい付き合いなのだろう。私に決して金銭的にも精神的にも無理をさせようとせず、元々無理の嫌いな私の性格を把握してくれている。そして嫌な顔一つもせずいつも一緒にいてくれるさおりは、私にとって天使なのだろう。
そういえば、高校時代からの友人にこんなことを言われた。
「おまえと付き合っていける女性は、本当に素晴らしい女性なんだろうな」
最初は意味が分からなかった。しかしさおりと知り合い、しばらくしてからそのことの意味がやっと分かってきたのだ。
最初に声を掛けたのは私からだった。
大学の講義室で、一人ポツンと座っていた。皆友達と一緒なのに、一人離れて座っているさおりをみんな気にしてはいたのだろうが、話しかけられる雰囲気ではなかったに違いない。
その時も確か白いワンピースだった。講義室を移動する時に後ろ姿を見ていたが、風に靡く長い髪を見つめていると、吸い寄せられるように近づいている感覚に襲われたが、よく見るとその距離が狭まることはなかった、それどころか、講義室に入ると、さおりはすでに奥の方に腰掛けていて、私が近くを通っても息一つ切らしていないことに、内心びっくりした。
私が自分自身さおりをずっと前から気にしていることに、その時やっと気がついたと言っても過言ではない。
決して彼女は美人というわけではない。
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次