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タイム・トラップ

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 順風満帆な時ほど、不安が募ってくる。それはいいことと悪いことが比例して、最後にはちょうどの線で妥協しようとする。いわゆる「反動」というものなのかも知れない。
「タイムマシンというのも、ある意味反動が作り出すものなんだよ」
 桜井はそう言っていた。
 桜井からタイムマシンという突飛な話を聞かされて、本当であれば、そんな怪しいものに乗って過去に戻るなど、今までの自分からは考えられないはずだった。もちろん、その思いは江崎だけではなく、誰にでもあるものに違いない。
 それなのに、いくら説き伏せられたと言っても、自分で納得もできないことをそう簡単に受け入れられるはずもない。確かに、
「過去に戻ってやり直すことができればいいな」
 という思いが強かったのも事実だが、それも、
「絶対にありえないことだ」
 と思うからこそ、願望として抱くものである。実現できることであれば、どうしても防衛本能が働いて、そんな危険なものに最初から耳を傾けるはずもないと思っていた。
 しかし、そんな江崎の心を打ったのは、タイムマシンがある意味反動が作り出したものだと言った桜井の言葉からだった。
 江崎は自分の中で絶えず何か意識しているものがあることを感じていたが、それが何なのかハッキリとはしなかった。
 ただ、限りなく近いところにいるのではないかという思いがあったのも事実で、何かのきっかけがあれば、突飛なことでもやってしまうだろうと思ってもいた。
 そのキーワードが、
「反動」
 だったのだ。
 そして、反動はゆがんでしまったものがあれば、正常に戻そうとする力であると思っている。したがって、反動を意識していれば、結果として現れたことが、真実なのだということになる。江崎は、真実を求めているのだろうか?
 江崎は、真実と事実について考えることが多かった。
「事実は、いろいろな過程を経て到達する、唯一無二の真実である」
 と思っていた。
 しかし、その思いがいつの間にか変わってきていることに気が付いたのは、四十代になった頃からだろうか?
 四十代というのは、江崎にとっては、グレーな時代だった。何かがあったというわけでもなく、気が付けば過ぎていた時代だった。一番変化のない、やり過ごした時代であることから、
「今までで一番早く過ぎた時代」
 でもあった。
 五十代になっても、それは変わりなかった。
「五十歳というのは、本当にただの通過点でしかなかった」
 それは、四十歳になった時にも感じたことだが、それは、五十歳になって通過点だと感じた時、初めて四十歳のことを思い出し、やっと感じたことだったのだ。
 だが、五十歳になってしばらくして、
「小説を書いてみよう」
 と思うようになると、桜井と出会うことになった。
「桜井との出会いは、本当に偶然だったのだろうか?」
 と思うようになると、さらに、
「なぜ、僕だったのだろう?」
 そこまで考えてくると、やはり偶然では片づけられないものがあるような気がした。
 そういう意味で、
「桜井とは初対面ではないような気がする」
 江崎が二十代に行って、そこにいる自分を見た時、今の自分が二十代の自分とは似ても似つかない存在になっていることで、この疑問への答えが見つかったような気がした。
「どこかの時代で、僕は『もう一人の桜井』と出会っていて、気づかなかっただけなのかも知れないな」
 と感じたが、それも少し違っているような気がした。
「桜井も分かっていて僕の前に現れたのであって、知らぬは自分ばかりなりだったのかも知れない」
 と思うようになっていたのだ。
 タイムマシンで二十代に戻ってきた時、桜井の存在は覚えていたが、自分が過去に戻るために桜井とどんな話をしたのかということは、二十代に戻ってきた時には忘れてしまっていた。桜井がわざとしたのかも知れないが、二十代に戻っていろいろ考えているうちに、桜井と話した時のことを、徐々に思い出していった。
 その中で、
「俺は、三十代に行く」
 と言っていたのを思い出した。
 二十代に戻った江崎は、それ以降、つまりは年を重ねていった以前の記憶が実に曖昧だった。
「二十代に戻ったことで、違う自分になったのだから、今まで持っていた記憶が曖昧になるのも当然のことなのかも知れないな」
 と考えるようになった。
 二十代に戻ってからここまで、どれほどの時間が掛かったのか分からない。一気に記憶が復活してきたような気がしたし、徐々にだったような気もする。一気に二十代に戻ったのだから、時間の感覚がマヒしてしまったのも仕方のないことだろう。
 記憶が戻ったとしても、時間の感覚が戻ってくるまでには、まだ少し時間が掛かりそうだ。一緒にこの時代に来たはずの桜井も、もうこの時代にはいない。彼のいう通りであるとすれば、彼はタイムマシンで十年後に行っているはずだ。
「もうこの時代にタイムマシンはないんだ」
 桜井が来てくれない限り、自分が元に戻ることはできない。だが、彼がこの時代の江崎のところに現れる可能性は限りなくゼロに近いだろう。そのことはパラレルワールドを信じている限り、疑いようのないことだ。
 江崎は、自分の信念を捨ててまで、違う考えを持とうとは思わない。桜井がそして、タイムマシンはもう自分の前に現れることはない。
「もし現れることがあるとすれば、それは十年後のことだ」
 と思っている
 ただ、その十年後がどのようになっているかが大きな問題だ。すなわち、十年経ってから、桜井に出会う可能性はまずないと思っていた。
「あの時が今生の別れになるなんて」
 と思うと寂しさがこみあげてきたが、それも人生の儚さから比べれば、実に小さなことで、ただの通過点にしか過ぎないような気がしていたのだ。
 二十代に戻った江崎は、まず鏡を見た。そこに写っているのは、何となく二十代の自分に似ているが、パッと見では、まさか自分だとは分からないだろう。
 鏡を見ている自分が、
「本人だ」
 という確信があるから自分に似ていると思うからで、そんな意識のない人が見れば、まさかと思うに違いない。
 ホッとした江崎は、鏡に写っている自分が二十代になっているのを見て、違和感があった。
「僕の二十代って、どんな表情をいつもしていたんだろう?」
 二十代というと、自分を顧みることはあるが、自分を見つめてみようとは思わなかった。意識としては、内面に向けられるよりも、外に向けられる方が圧倒的で、今から思えば、いろいろな表情を持っていたように思う。
 年齢を重ねていくごとに、表情が固まってきた。喜怒哀楽をあまり表に出さないようになっていったのだが、どこかのタイミングで、自分は表に自分の気持ちを出さないようになったに違いなかった。
 すぐには思い出せなかった。
――以前なら、すぐに思い出せたはずなのに――
 その思いは、自分が五十代だという意識があるからで、いつの間にか、過去のことを覚えるよりも忘れていくことの方が多くなっていったのを自覚していた、
 しかし、今思い出せないのは、そうではないようだ。時間を逆行し、過去に戻ったことで、顔も変わってしまい、まるで違う人間になったような気がしていたのだ。
作品名:タイム・トラップ 作家名:森本晃次