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タイム・トラップ

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 その男性が完全に横を向いて、慶子の目から顔を反らした時のその表情に、見覚えがあった。自分の知っている人間の中では、どこまで自分に接点があるのか、まだ未知数の人だったが、どうしても気になっていたのは、この男性を意識させるためだったのかと思うと、不思議な感覚になってきた。
「そうだ、松永さんだ」
 江崎は松永が年を重ねた顔をイメージできていた。それは見てきたような感覚であり、すぐに目の前の男性を見て、
「松永さんだ」
 と感じなかったことの方が、自分がどうかしていたとしか思えないほどであることに気づかなかった。
――この人は、自分の将来に大きな影響をもたらした人だ――
 と感じさせる相手だったが、さっきまで覚えていたはずなのに、急に意識が薄れてくるのも、松永という男性の見えてこない魔力のようなものではないかと思っていた。
 松永とは、最近出会ったはずなのに、ずっと以前から知り合いだったような気がしていた。それも、忘れていたわけではなく、最近出会ったと思う時期と、本当に出会ったと感じる時期の間には大きな空白がある。二人がその間に会っていなかったというわけではなく、むしろ、密接な関係だったように思えている。お互いにそれぞれの思いを持って過ごしたであろう空白の期間、江崎は別の世界にいたような気がしてくる。
 そして、その空白の期間、誰からも相手にされていなかったと感じていた時期があった。知らない世界を覗いてきたことで、空白の期間は夢を見ていた期間に思えた。だが、実際にはそんな機関が存在したとは思えない。順序立てて思い返してみると、空白の期間など存在しないのだ。
「そういえば、この間スナックで松永が話していた『俺はこの間まで五十歳だったんだ』という言葉、信憑性のないこととは思えないな」
 と感じた時、反射的に五十代になった自分を想像している自分がいる。
「僕も、五十代へ行っていって、松永が言う通り、戻ってきたということなのだろうか?」
 そう感じると、布団の中で目を覚ました自分を感じた。
 どこからどこまでが夢だったのか分からないが、意識がハッキリしてきて最初にしたことは、鏡で自分の顔を見ることだった。
「よかった」
 そこに写っているのは、三十代の普段から知っているはずの自分の顔だったのだ。

第二章 五十代

 二十代の思い出を感じながら目を覚ました江崎は、自分が三十代であることに、
「よかった」
 と、ホッと胸を撫で下ろした。
 それと同時に、
「ホッとしたということは、違う世代の自分が鏡に写っていることを想像していたからだろうが、一体、いつの自分を想像したというのだろう?」
 見ていた夢は二十代の夢だった。
 しかし、途中で夢が覚めてしまったが、もし、そのまま見続けていれば、五十代の自分を想像することになる。三十代の自分が五十代を想像するのは、当然架空の自分であり、逆に、
「何でもありだ」
 と考えさせることになるだろう。
 五十代が何でもありだと思いながら想像を巡らせていくと、意外とリアルな五十代を想像することができる。三十歳も後半になると、二十代を思い起こすよりも、五十代を想像する方が、近く感じられる。
「実際にあった過去は、間違いのないことだろうが、将来に思いを馳せる場合、それをどれほどリアルに感じることができるかということが、今の三十代後半には重要なことのように思えてくるんだ」
 こんな話をした記憶があるが、相手が誰だったのか、最近のことのはずなのに、覚えていない。話した内容は覚えていても、相手を覚えていないということは、それだけ酔って話をした証拠だろう。酔っぱらって話をする時は、ハッキリと覚えていることと、まったく忘れてしまっていることとが極端に別れる。今回の記憶はまさにそのパターンを踏襲していて、酔って話をしたことには間違いのないようだ。
 ただ、その時の相手も結構饒舌だったのを覚えている。
「かなり昔のことは覚えているけど、最近のことは覚えていないということが結構あるだろう?」
「ええ、そうですよね。同じことを感じている人も少なくないと思うんですよ」
「でも、それが未来の出来事にかかわっているなどということを感じている人はほとんどいないだろうね」
 と、その男が急におかしな話をし始めた。
 よく表情を見ると、説得力に溢れた表情をしていて、合わせた目を離すことができなくなっていた。
「それはどういう意味なんですか?」
「皆、記憶というのは過去のことだけだって思っているかも知れないけおd、俺は未来の記憶が宿っていて不思議はないと思うんだ」
「パラドックスに反する話ですよね」
「いやいや、これも一種のタイムパラドックスさ。パラドックスというのは、過去や未来の話で、辻褄の合わないようなことを、理論で説得させようというものだと思っているかも知れない。だから、絶対にありえないと思うことには蓋をしていると思うんだ。だけど、絶対にありえないと思うことこそ、ごく普通に考えると、他のパラドックスも説明がつくような解釈ができるかも知れない。僕はそう思っているんだ」
 タイムパラドックスというと、例えば過去に自分が行って、そこで何か過去を変えてしまうことをしてしまうと、未来が変わってしまって、戻る世界がなくなってしまっているのではないかと言われるような話である。
 そういう意味では、未来への興味よりも、まずは過去のパラドックスを解明しない限り、この問題は先に進まないのだと江崎は思っていた。
 こういう話をする相手がほとんどいなかったので、自分の意見を話す機会はなかったが、話をし始めると、結構止まらなくなり、
「夜を徹して話すこともあるのではないか?」
 と思うようになっていた。
 要するに、話をする相手がいるかどうかの問題だった。
 少しくらいなら乗ってくる人もまわりにはいるかも知れないが。どんどん話が盛り上がっていき、開けてはいけない「パンドラの匣」に触れてしまうような話も出てくるのではないかと思うと、怖い反面、興味津々なところもあったのだ。
 以前から、タイムパラドックスの話には興味があった。そのせいもあってか、
「過去には興味があるけれど、未来には、それほど興味はない」
 と思っていた。
 逆に未来のことを知るのは、それこそ、「パンドラの匣」を開けるようなものだ。つまりは浦島太郎でいうところの「玉手箱」になるからだった。
 ただ、浦島太郎に出てくる「玉手箱」は、一種の辻褄合わせだと思っている。
 浦島太郎が年を取らなければ、過去の人間が未来に一人生き残ることになる。それを許してはいけないという考えなのであろう。
 そう思っていると、未来というものが希望というよりも、恐ろしいもののように感じられてきた。それに比べて、過去は確実に存在したものであり、
「過去を見ずして、現在はない」
 という考えからも、タイムパラドックスの目は、おのずと過去に向いてしまうのだ。
作品名:タイム・トラップ 作家名:森本晃次