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タイム・トラップ

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 もし目を放してしまうと、あっという間にその男が慶子の前に現れて、自分が顔を戻す前に、慶子は姿をくらましてしまうことは分かったからだ。
 慶子がその時に、自分が気づかない間に、目の前から消えてしまえば、そのまま慶子とは二度と会えないような気がしたからだった。
 すべてが江崎の勝手な想像で、これが夢の中ではないかという思いを抱いているとはいえ。ここまでリアルな感情はただの夢とは思えない。とにかく江崎は、自分の思ったままに行動するしかなかったのだ。
 江崎は自分の意識をしっかりさせておかないといけないという思いから、かなりの緊張感を持ったまま、自分の周囲に、ただならぬ雰囲気を張り巡らせていた。それなのに、誰も江崎の存在に気づく人もいない。さらには、人通りの多い場所で人待ちをしている慶子すら、まわりに気配を一切感じさせていなかった。
 そんなことは、江崎には分からなかった。
――なるべく気配を消さないといけない――
 という思いの元、その場に立ちすくんでいたが、まわりの人にはその姿を確認することはおろか、気配すら感じさせていないというのは、一体どういうことなのだろう?
 江崎は、自分の中で金縛りを感じた。
「いよいよ来たか?」
 自分へ浴びせられた視線に、その男の雰囲気を感じながらも、視線は慶子に注がれている。
――このままだと、こっちが参ってしまう――
 本当は慶子の前に、その男が早く現れてくれるのがいいのだろうが、それは最後の手段で、我慢できる間は少しでも我慢しなければいけないと思った。
 それがどれくらいの長い時間、続いたのだろう?
「なかなか君も我慢強いね。さすがだ」
 という声が聞こえてきた。
 その声に江崎は、ブルブル震えていたが、
「そんなことは分かっています」
 とばかりに、その男は不敵な笑みを浮かべたようにため息をつくと、
「だけど、本当は我慢強いんじゃなくて、もし、ここで振り返ったら、ずっと後悔することになるという思いから、こちらを向かないんだよね」
 と、嘯いた。
 それは、江崎の本音にも近かった。
「どうして分かるんだ?」
 などという疑問は江崎にはない。むしろ、
「やはり、思った通りだ」
 と感じたほどだった。
 江崎に語り掛けてきたその男性の声は、かなりの年配のようだった。そのことも、江崎には最初から分かっていた。
「やはり」
 という言葉は、自分が分かっていることに対して、期待を裏切らない展開に、納得しているという証拠だった。
「どうして、今頃って思っているんだろうね?」
 本当は、「今頃」という言葉はここでは当て嵌まらない。いや、物理的に不可能といってもいいだろう。
 ただ、それが具体的にどういう種類の「不可能」なのか、その時の江崎には、分かりかねるところであった。
「待ったかい?」
 さっきの声の意識から、自分の意識を目の前の慶子に移した時、すでに危惧していた男が、慶子の前に現れた。
「いいえ、大丈夫ですわ」
 一瞬ビックリしたような表情だったが、何に驚いたというのだろう?
 最初は、
――自分が想像していたのと違う人だと思ったのだろうか?
 と、感じたが、次の瞬間に、
――いや、自分が想像していたのと違う男性であったというのは間違いではない――
 と思ったとしても、
――それよりも、自分が知っている誰かの声だと思い、ビックリしたのではないか?
 と感じたことだ。
 もし、自分が慶子の立場なら、後者の方ではないかと思った。なぜかというと、さっき自分に語り掛けてきた男性の正体を、江崎は知っているからだった。
 しかし、心の中では、
――そんなバカな――
 と感じていた。
 もちろん、同じことを慶子も感じたに違いない。それは、慶子が江崎が感じたのと同じことを感じているという前提でのことである。
 だが、江崎は今の慶子の驚き方を見ると、自分の想像があながち突飛なものではないと思えたからだ。
――今の僕には、慶子の気持ちが手に取るように分かるようだ――
 そう感じたのは、以前にも、慶子が今待っている状況を、自分が感じたことがあったからだ。その時は、自分が慶子を待っていたのだが、あまりにも早く到着しすぎて、慶子は普通の時間にやってきたのに、心の中で、
――ひょっとしたら、慶子は来ないのではないか?
 という思いがよぎったことがあった。
 しかし、その時誰かに声を掛けられ、反射的に後ろを振り向いた。その声は初老の男性で、さっき感じたのと似たような声だった。
 その時は、その男性の正体が誰であるか、まったく分からなかった。
 いや、正確には想像しようとさえ思わなかった。想像しなければ、相手が誰であるのか分かるはずもない。
 ただ、もしもう一度同じようなシチュエーションに陥れば、その時こそ、
――その男性の正体が分かるのではないか?
 と思ったのだ。
 そして、同じようなシチュエーションに陥るという可能性は、最初はまったく感じなかったが、次第に感じるようになり、自分が慶子と近いうちに別れるのではないかと感じた時には、かなり濃厚になっていた。
 慶子と別れることになる予感を感じたのは、
――慶子に誰か他に好きな人がいるのではないか?
 という疑いを持つよりも先だった。
 したがって、漠然とした気持ちで、自分は慶子と別れることになるだろうと思っていた江崎だったが、その時には、待ち合わせの時に声を掛けてきたが、後ろを振り返るといなかったという不思議な男性の正体がおぼろげに感じられるように思えた。
 しかし、まさか慶子がその男性と出会う場面に遭遇し、その時に、自分が想像していた同じシチュエーションがこんな時に訪れようなどと、思いもしなかったのだ。
――いずれは訪れるであろうと思っていたことが、思いもよらぬ場面で起こるとは――
 と、そもそも、慶子が好きになった相手を自分のこの目で確かめることになろうとは思いもしなかった。そしてその場面に、以前感じた「同じシチュエーション」がかかわってくるというのも、不思議なことだ。
 だが、逆に、
――最初のあの時、すなわち自分が慶子を待っていて声を掛けられたあの時のことが、すべての引き金になっていたのではないか?
 という危惧も考えられた。
 だから、あの時、自分が振り返って誰もいなかったということが、自分にどういう運命をもたらすかなど、想像もできなかったが、予感めいたものが、ここまで自分の人生に大きな影響をもたらすかということにまで発展したということの方が、江崎には重要なことだった。
 想像もつかないことは仕方のないこととして、実際に自分の中に起こった、
――予感めいたこと――
 それこそ、予知能力という超自然的な能力であり、それを誰も信じなかったとしても、他ならぬ自分が信じずして、誰が信じるというのだろう?
 そんな予感を最初から持っていたのは間違いないが、どこまでそれを自分で信じようとしたかが問題だった。
 最初はあまり信憑性を感じなかったが、次第に不安が募ってくるのを感じた。た、それが慶子との間のことであるとは、思いもしなかった。
 いや、思いもしなかったというよりも、
――そうであってほしくない――
作品名:タイム・トラップ 作家名:森本晃次