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タイム・トラップ

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 と、江崎は記憶の奥をひっくり返していた。
 今までに付き合っている女性を待ったことはあったが、ここまでソワソワしたという記憶はなかった。それなのに、ソワソワしながら待っている慶子を見た時、思わず、自分と重ねて見てしまった自分を感じていた、
――夢で、誰かを待っていたのだろうか?
 とも思ったが、夢にしては、リアルな感覚が残っている。
――まさか、頼子を待っていた時じゃないだろうな?
 と頭をかすめたが、すぐに打ち消した。頼子は待ち合わせに遅れることはなかった。いつも江崎よりも先に来ていた。そこは彼女のいいところだと思っていたのだ。
 だが、江崎は頼子か慶子のどちらかを待っていた時に同じ思いを感じた気がした。そして、さらに思い返してみると、自分が誰かを待っていたその時、自分の知っている人が誰かを待っている姿を見て、自分もその人を待つ時に、
「あんな風にワクワクした気持ちで待てればいいのにな」
 と感じたのを思い出していた。
――やっぱり堂々巡りを繰り返しているような気がする――
 と感じた。
 しかも、あの時に自分が、かなり落ち着いた精神状態だったことを思い出した。
 今までの自分にはないような余裕が感じられた時であり、それだけに、人を待つことも、人に待たされることも、別に苦痛には思わなかった。
「待ち人は必ず来るんだ」
 という意識と自信が、自分を強気にさせて、苦痛を感じさせないのだった。
 それまでの江崎は、女性を待ち合わせると、
「どうせ、来ないんだろうな」
 と、思い込んでいた。
 特に大学時代に合コンで知り合った女性と待ち合わせをしたら、まず来てくれることはなかった。
「あんなに合コンの時、会話が盛り上がったのにな」
 と思い、なぜ来てくれないのか、理由が分からなかった。そのうちに、
「どうせ待ち合わせたって、来てくれない」
 と思うようになったのだが、その理由が、あまりにも自分が強引すぎたからだ。
 合コンで会話が盛り上がっても、実際はその時だけのことである。待ち合わせをしても、その時は相手も気持ちが盛り上がっているので、軽い気持ちで待ち合わせに応じるのだが、実際に合コンが終わってしまうと、あまりにも性急だったことに、相手は興ざめしてしまっていたのだ。
「勝手に自分だけが気持ちを盛り上げていただけなんだ」
 そうは思っても、性格的なものはいかんともしがたく、合コンで会話が盛り上がって次に会う約束を取り付けるまでは、同じパターンを繰り返すしかなかったのだ。
 そのくせに、付き合った人とは自然消滅を繰り返すというのは、いささか不可思議だが、知り合うことと、付き合うことでは、江崎の中で次元が違っているものなのかも知れない。だからこそ、知り合う時はうまく行っても、付き合うまでは行かないのかも知れない。そう思うと、
――僕は二重人格なのかも知れないな――
 と、感じるようになっていた。
 そんなことを考えていると、またしても不思議な感覚に見舞われた。
――ずっと未来に起こることを、予見していたような気がする――
 という思いだった。
 慶子が誰かを待っているのを見て、自分も誰かを待っていながらソワソワしたのを思い出していたが、それがどうも、未来のことのように思えてきたのだ。
 なぜなら、もう一度同じことを感じた時があったのを意識したからだ。それが今から十年もしないある日のことのように思えるのだが、その日、何があったのか、ハッキリとは分からない。
 意識しているのは、慶子を見ていると、まだ自分が二十歳代の半ば頃のはずなのに、三十歳を超えた頃に思えてきたからだ。
――その頃の僕は、一体何をしているのだろう?
 ある日を自分で意識しながら、それが一体いつなのか、未来のことなので分からない。ただ、その日になると、
――きっと、二十代の今のことも、そして、それから先の未来のことも、意識せざるおえなくなるに違いない――
 と感じることが分かっている気がしたのだ。
――そういえば、昔から未来のことを夢の中で見たこととして強引に片づけていたような気がする――
 と感じていた。
 それは、今回の慶子のことだけに限らなかった。本当の未来のことのように思えるのだが、夢として片づけることで、自分がおかしくなったのではないということを、証明したかったのだ。
 ただ、この考えが自分だけのものなのか、他の人も同じような思いを抱くことがあるのか、確かめてみたい気はしたが、どうしても、馬鹿にされるのが嫌で、確認できないでいたのだ。
 江崎は結局、慶子とは結婚しなかった。結婚を考えなかったわけではないが、頼子のことを慶子と付き合っている間に思い出してしまう。
 それが直接の結婚できなかった理由ではないだろう。もし、それを理由にするとするなら、ネガティブで逃げの姿勢を示していることになる。そんな自分を江崎は認めたくなかったのだ。
「どうして結婚しないんですか?」
 年齢を重ねていくうちに、そんなことを言われる回数も増えてくる。気が付けば、五十歳を超えていて、あっという間に時が過ぎたことを実感する年齢に差し掛かっていた。
 ある日、目を覚ました江崎は、鏡を見て、五十代の自分に一瞬ビックリしていた。
「夢だったのか」
 鏡の中の自分に、そう問いかけてみたが、鏡の中の自分は何も答えない。問いかけているはずの自分の姿すら、ハッキリと写っていないのだ。
 その日に見た夢は、二十代の夢だった。
 慶子が誰かを待っている。その様子を柱の陰から見つめているという、かなりベタなシチュエーションだった。
「誰を待っているのだろう?」
 と、相手が誰なのか、分かるはずもないというイメージをまわりに与えていたが、本人にはそれがどんな人なのか分かっている気がした。
――会ったことはないはずだが、相手がどんな男性なのか分かる気がする――
 別に、誰かが江崎を意識しているわけではないのに、まわりに気を遣ってしまっている。それは、江崎の中で、
「見られている」
 という意識が過剰にあったからだ。
 だが、その意識に間違いはない。江崎は誰かに意識されているという思いを、十分すぎるくらいに感じている。しかも、それが誰なのか分かる気がした。なぜなら、江崎にしか分からないその人の気配は、江崎の中で、
「他人のようには思えない」
 という思いがあったからだ。
 しかも、その人というのは、慶子の待ち人である。その男性が慶子の前に現れた瞬間、その男から意識されているという思いが消えるのは分かっていた。
「早く現れてくれて、楽になりたい」
 という思いと、
「慶子の前に、僕の想像しているような男性に現れてほしくない」
 という思いが交錯していた。
 特に、自分が想像する相手というのは、
「他の誰であっても、慶子がその人に会うとしても、嫉妬はするだろう。しかし、嫉妬以外の何かを感じるのは、その男以外にありえないことだ」
 と思える相手だった。
 慶子の前に現れる前に、自分が見られているという意識を感じた江崎は。まわりを見渡したいのはやまやまだったが、それをしないのは、
「僕は慶子から目を放したくない」
 という思いからだった。
作品名:タイム・トラップ 作家名:森本晃次