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タイム・トラップ

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 いや、逆に同僚が慶子のことを意識していたので、江崎に対して嫉妬心から、老婆心な話をしたのかも知れない。ただすでに慶子とは、これ以上付き合っていたくないという思いを抱き始めた時だったので、江崎にとっては、どちらでも関係のないことだった。
 そんな時に限って、知りたくもないことが目に映ったりするものだ。会社からの帰り道、いつものように一人で駅に向かって歩いていると、道の反対側に慶子が佇んでいるのが見えた。
 普段なら、いちいち道の反対側まで気にすることはないのに、その日に限って目に入ったのだ。
――余計なことを――
 と感じたが、本当は普段から道の反対側を見ることがなかったので気が付かなかっただけで、実際には、慶子がいたのかも知れない。
 それでもその時初めて気が付いたというのは、何か予感めいたものがあったのか、最初から胸騒ぎのようなものがあったのではないかと思うのだった。
 その時の慶子は誰かを待っていた。自然と歩くスピードがゆっくりになり、ずっと目で慶子を追っている自分を意識していたが、だからといって、声を掛ける気にはならなかった。
 意識しているがゆえに、余計に自分から声を掛けないのだ。意識していようがいまいが、どちらにしても話しかけないことに変わりはないが、意識している方が、余計に声を掛けにくいものである。そこには気まずさというよりも、自分の中の葛藤がジレンマとなっていると言った方がいいだろう。
――もう終わりにしようと思っているんじゃないか――
 という思いが強かった。
 江崎は自分の中で気持ちを固めていたが、すでにその時には慶子の方でも気持ちは固まっていると思っていた。別れについての話をまだしていなかったが、慶子よりも江崎の方が決心が強いと思っている以上、
――自分の方から話しかけるものではない――
 と江崎は思っていたのだった。
 慶子はその時、落ち着きがなかった。ソワソワしていて、
「あんな慶子、見たことないぞ」
 と、自分の知らない慶子がそこにいるのを見て、江崎は複雑な気持ちになっていた。
 別れを決意してからというもの、慶子のことはなるべく考えないようにしていた。何しろただでさえ同じ部署なのだから、仕事の上では意識しないわけにはいかないからだ。しかし、仕事だけの関係であれば、そこまで意識する必要もなさそうだった。
――別れを意識した瞬間、慶子が自分とは違う世界の人間に思えたのかも知れないなー―
 ホッとした気分になっていたことも否めない。
――これが、この間まで付き合っていた相手に対して感じる思いなのか?
 と、冷めた目で見ることのできる自分が信じられないほどで、怖さすら感じさせる。
 慶子に対しては、
――大人の色香を感じさせる女性――
 というイメージが強かった。その分、可愛らしさは半減していた。大人の色香を感じさせる女性に可愛らしさが同居するなど、ありえないとまで思っていた。
 しかし、今の慶子は、可愛らしさを感じさせた。
――ドキドキしながら、誰かを待っている――
 その相手は男性で、きっと江崎とは似ても似つかない相手であろう。そうでなければ、今まで見せたこともない雰囲気を、ここまで表に出すはずもない。それに、今までは大人の色香は内に秘めるようにしていて、それが表に漏れるところに江崎は魅力を感じていたのに、その時の慶子は、自分から可愛らしさを表に醸し出していたのだ。それはまるで初恋をしている女子高生のようだった。
――慶子にこんな一面があったなんて――
 慶子と別れる決心が鈍ったわけではないが、もったいないように思えていたのは、そこにいる慶子は自分の知っている慶子とはまったくの別人のように思えたからだった。
――今の慶子は、僕の手の届かないところに行ってしまったんだ――
 本当に同じ人間なのかという思いが、江崎に複雑な感情を抱かせ、すぐにはその場から立ち去ることを自分で許さなかった。
 許せないわけではなく、許さないのだ。
 許せないという言葉よりも、より主観的な言葉に感じる。今、慶子を見て感じている自分が、紛れもなく本当の自分だという意識を持っている。
 慶子のいで立ちを見ると、江崎と会う時と、あまり変わらない姿だった。服装やイメージは同じなのに、雰囲気や態度はまったく違っている。
――まったくの別人だったらよかったのに――
 何を意識しているのか、自分でもよく分からなかった。
 さっきまでは、まだ西日がビルの窓ガラスに当たって、眩しさを感じていたのに、気が付けば、日は沈んでいて、夜のとばりが張り出していた。あっという間だったと思っていたが、実際には、結構時間が経っていたのだ。
 慶子が誰かを待っているのは明らかだったが、慶子の方が待ち合わせよりもかなり早く来たのか、それとも、待ち合わせの相手が遅れているのか、慶子の様子を見る限りでは分からない。
――慶子があんなに待たされても表情や態度を変えないなんて、想像もできない――
 もし、相手が江崎だったら、まず電話を入れて確認するか、それとも、来ないなら来ないで、ここまで待つこともせずに、さっさと立ち去っているだろう。
――本当に一体誰を待っているというのだろう?
 これだけ待たされているのに、ソワソワはしているが、決して苛立っているわけではない。
――必ず相手が現れる――
 という確固たる自信があるからだろうか。江崎も相手が必ず現れると分かっていれば、かなりの時間待つことも忍びないが、相手に連絡を取ることもなくソワソワしているだけだということは、約束の時間よりもかなり早く来て待っているということなのかも知れない。
 どちらにしても、今までの慶子からでは考えられない。江崎と待ち合わせをした時も、そんなに極端に早く来ることはなかった。もちろん、遅刻することはなかったが、早くても十分くらいのものだっただろう。どうかすれば江崎の方が早くついていて、
「早かったわね」
 というだけだった。
 別に遅れているわけではないので、謝る必要もないのだが、今の慶子だったら、どんなに自分が早く来たとしても、相手の方が早かったら、間違いなく、
「ごめんなさい」
 という一言が口から洩れているに違いない。
 江崎は、慶子が待っている男性がどんな人なのか、想像してみた。
 最初は、江崎とはまったく違うタイプの男性を思い浮かべていた。待っている態度がまったく違っているので、当然のことではあるが、今は少し違った考えになっていた。
――慶子はそんなに好みのタイプの男性は、幅が広いわけではないと思っていたんだけどな――
 という意識を以前から持っていたことを思い出した。
 もし、自分と別れることになったとしても、次に選ぶ相手は、やっぱり江崎のような男性なのではないかという思いである。
 ということは、待っている態度こそ違っているが、待っている相手は根本的に江崎とまったく違っているというわけではないだろう。
 しかし、江崎が想像する自分と同じ雰囲気の男性を待っている態度には、到底思うことができない。考えれば考えるほど、江崎の頭は堂々巡りを繰り返していた。
――そういえば、俺もソワソワしながら誰かを待った記憶があるんだけどな――
作品名:タイム・トラップ 作家名:森本晃次