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タイム・トラップ

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 相手をおだてるようなことをしない頼子なので、江崎には複雑な気持ちだった。今までは自分の声が嫌いだと思い込んでいたので、決していい声などではない。したがって、まわりの人の言葉は、皮肉でしかないと思っていたのだ。
 頼子と付き合った時期は短かった。二か月くらいのものだっただろうか。
――本当に付き合っていたって言えるのだろうか?
 そう感じたのは、期間的なものではない。中身の問題だったのだ。
 頼子とは同じ大学だったので、会おうと思えばいつでも会えた。だが、相手に気を遣うことに関しては、江崎に負けず劣らずの頼子なので、お互いの時間を大切にすることを心掛けていた。それだけに、デートの終わりにお互い、次の約束を決めておくことはしなかった。
「プライベートな予定をいちいち相手に言っておく必要もない、会いたい時に、お互いに声をかければいいんだ」
 と江崎は言ったが、実際に、本当に会いたいと思った時がどれほどあったというのだろう。一度意識をしなくなると、
――別にいつも一緒にいる必要なんかないんだ――
 と思うようになった。
「いつも一緒じゃないと嫌なの」
 という女性もいるが、実際大学に入るまでの江崎は、そんな女性の方がかわいらしいと思っていた。
 しかし、頼子が自分のことを意識していることに気が付いた江崎は、
――僕のことを気にしてくれている人を、一番いとおしいと思う――
 と感じるようになった。
 頼子と付き合うようになって、
「お前変わったな」
 と、男性の友人から言われたことがあった。
「えっ、どういうことだい?」
「人間が丸くなったというか。人を受け入れる姿勢が見えるようになった」
「まるで今まで俺が堅物で、自我が強い人間だって言われているみたいだな」
 と言ったが、本心はそうではなかった。
 堅物というのも、自我が強いというのも、基本的に悪いことだとは、江崎は思っていない。堅物なのも、自我が強いというのも、自分に自信がありきで感じるものだと思っていたからだ。
「自分で自分を信用できない人が、他人に信用してほしいというのは、虫が良すぎるというか、思い上がりのような気がする」
 と、江崎は友人に嘯いていた。
 もっとも、その思いが強くなったのは、頼子と知り合ったからだというのは皮肉なことだろうか。自分を意識してくれている女性がいると知った時、
――この人のことを、もっともっと知りたくなった――
 と感じたのだ。
 江崎は頼子と付き合うようになってから、
「僕のどこが気になったんだい?」
 と話した時、
「私が最初に意識したわけではなく、あなたの視線が私の気持ちをくすぐったと言った方が正解なのかも知れないわね」
 と言われた。
 江崎の中ではそんな感覚はなかった。それをそのまま口にしてもよかったが、
「それは運命のようなものを感じたからなのかも知れないね」
 と、漠然とした表現でありながら、女心をくすぐるようなセリフであると思い、
――女性に対しては一石二鳥だ――
 と感じていた。
 しかし、その言葉を口にした時、何となくだが、頭を傾げたように見えた頼子は、その時、一体何を考えていたというのだろう。
 大学時代に付き合った女性の中で、頼子は自分にとって特殊なタイプの女性だった。
 大学時代に付き合った女性は、五人くらいだっただろうか。四年間で五人というのが多いのかというのは、江崎には分からない。中には友達も知らない相手もいて、江崎がそんなに大学時代に付き合った女性がいるなど、思ってもいないだろう。
 実際に、三人くらいが付き合った人数だと思っている友人が一番多いようだ。
「三人くらいがちょうどいい人数なんじゃないか?」
 と、就職して、同期入社の連中と、大学時代に付き合った女性の話をした時、江崎の答えだった。江崎としては、実際には五人いたと思っているが、大学を卒業してから思い返してみると、本当に付き合ったと言える相手は三人に絞られてしまう。
 その中に頼子はいなかった。大学を卒業してから、
――頼子とのことは忘れてしまいたい――
 という思いがあったが、忘れたいと思っていることほど、なかなか忘れられるものではない。
――就職してから大学時代のことを思い出すと、皮肉に思えることがこんなにたくさんあるなんて――
 と思うほどになっていた。
――頼子とは付き合ったと言えるのだろうか?
 本当は、付き合った人の中に入れたくはなかった。しかし、入れなければいけないと思ったのは、
――頼子が自分のことを意識してくれた唯一の女性――
 だったからだ。
 逆に言えば、頼子が江崎のことを意識していなければ、付き合うなど、絶対にありえないことだった。
 頼子は江崎にとって、決して好きなタイプの女性ではなかった。自我の強さは仕方がないとしても、嫉妬深く、そのくせ、男性への目移りが激しかった。
 考えてみれば、男性への目移りが激しいから、頼子は江崎のように、
――自分が女性から好かれることのない男性だ――
 と思っている相手を意識させるほどの視線を向けたのだ。
 さらに、自我の強さも、男性を見つめることで、自分の男性に対しての品定めに狂いはないという意識があったようだ。そのことに気が付いたのは、付き合い始めた後のことで、そのことに気づいたからこそ、頼子に対して、
――彼女は、決して自分のタイプの女性ではない――
 と感じるようになったのだ。
 頼子との別れの時のことも思い出していた。
 すでに冷めてしまっていた江崎には、頼子の未練がましい態度は、鼻につくものがあった。
――この女、プライドをどこにやったんだ?
 嫌いになって正解だと思ったほどで、最初から自分のことを気にしてくれたというだけで好きになったような気がしていた自分が悪かったのだ。男性と女性の性格の違いが、別れの時にリアルに影響してくると思っていたが、頼子との間には、生々しさを感じながらも、どこか他人事のように感じたことで、別れという意味では、尾を引くこともなく、円満だったように思えた。
 慶子を見ていると、そんな頼子に似たところがあった。慶子と付き合っていた時期は、慶子も自分も、結婚を意識しなかったわけではなかったが、江崎の中で、どうしても頼子のイメージが残っていたために、慶子とは結婚しなかった。
 ただ、慶子に対しては、初恋というイメージが頭には残った。確かに初恋は成就しないと言われるが、それとはまた違った感覚だ。初恋が結構適齢期よりも前だという前提があることで、成就しないと言えるのだろうが、お互いに分かりすぎてしまうと、そこから先が見えなくなってしまうことにもなるのだろう。
 慶子と結婚しなかった理由はもう一つあった。慶子には江崎以外にも気になっている男性がいたのだ。江崎が慶子の中に頼子を見ている時、慶子はもう一人の気になる男性を見ていた。そのことを知ったのは、同僚から教えられたからだった。
 その同僚は、江崎が慶子を意識しているとは思っていなかったのだろうか?
作品名:タイム・トラップ 作家名:森本晃次