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短編集10(過去作品)

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 背は低い方ではなく、百六十センチを超えているであろう身体に、ショートカットの髪型がよく似合っていた。
 私が彼女の存在に気付いた頃、風を感じることが頻繁になってきた。
 何をやっている時でもウキウキした気分になり、大学を卒業してからここ十年くらいというもの、感じたことがなかったかも知れない。
 大学時代から、私は女性に縁のない方だった。合コンがあるからと誘われ、ノコノコついていくことはあったが、それも人数合わせ。誘われるのはいつも最後で、友人たちが誘ってくれる言い分もワンパターンで、いくら鈍感な私でもすぐに人数合わせであると気付いた。
「あいつは大切な引き立て役だよ。我々にとって、なくてはならない存在だよな」
 そんな声が聞こえてきそうである。
 大学時代の私は、甘んじてそれを引き受けた。可能性が無限に近いと思っていた大学時代、中には引き立て役に徹する私を好きになってくれる女性の一人や二人、必ず現れると思っていた。青春ドラマじゃあるまいし、そんなうまく行くわけないのにである。
 絶えず何かを期待し、希望に満ち溢れていた学生時代であったが、不安がないわけではなかった。それを解消できたのは、同じような考え方を持った仲間とたくさん知り合えたことであり、そんな連中と夜を徹して語り合えたことだった。
 そんな中に風の話をしてくれたあの友人がいた。彼は友人の中でも似たような考え方を持っているやつで、どちらかというと、物事をいい方に考えることができるうらやましい性格の持ち主でもあった。
 お互い決して勉強の得意な方ではなかったが、いつも口癖は「人生終生勉強だ」だった。大学の勉強が嫌いというわけではない。同じ勉強でも彼のいうのは人生勉強である。特に学生時代、失敗してもそれを教訓にしてがんばればいいと思っているタイプで、失敗して落ち込んでいる友達の慰め役でもあった。
 不思議とそれまで絶望に喘いでいた人も、彼から諭され慰められると自然と元気が出るみたいで、その都度友人が増えていく。私も何度彼の「慰め」で癒されたことだろう。たいしたことないようなことでも思い悩むのが学生時代なのだ。
 そんな彼が聞いたという風の囁く声、私が聞いたのと同じなのか気になってしまう。
 かなり前のことで、大学時代の思い出が完全に過去の思い出として固まりつつある最近であっても、友人が話した「風」の話だけは、鮮明に思い出すことができる。
――素敵な女性が現れる――
 確かそんな内容だった気がする。今まで私に囁いた風にはっきりとした言葉はなかった。ただ人間の声のように聞こえるが、何と言っていたのかはっきりとしなかった。しかし今回は女性のいかにも「囁き」で、素敵な女性が現れるということを私に呟いたのだ。
 囁きから何日か経っている。
 今までであれば、すぐに忘れていたかも知れない。友人のいう、
「自分に都合のいい話」
 とはこのことに違いないと思ったのと、自分自身でこれほど何かに期待する出来事を感じたのがあまりにも久しぶりだったからかも知れない。
――人生諦め気分――
 高校時代までの私にぴったりの言葉だった。
 特に女性に関して、はっきりと言えることで、自分の人生の縮図くらいに感じていた。
 高校時代まではまじめ一本、特に男子校だったこともあって、女性と知り合う機会もなかった。女子高との交流などもあったが、仲良くやっているグループに入っていなければそれもおぼつかないことで、最初から諦めていた。
 しかしそんな毎日が却って女性への思いを強めていったのか、大学に入ってから、キャンパス内で女性と見るや露骨なまでに声をかけまくった時期があった。それからだったであろうか、引き立て役に甘んじてきたのは……。
 当然、まわりの男性連中からはひんしゅくの目で見られ、女性からも煙たがられた。そんな私の立場を救ってくれたのが、その風の話をしてくれた友人だったのだ。
――そういえば――
 今思い出すと、友人と出会う少し前くらいだっただろうか。風の囁きを感じるようになったのは……。
 自分でも何となくまわりの雰囲気になじめず、自分の立場が「やばい」方向に向かっていることを薄々感じていた。しかし最初に植えつけてしまったまわりに対してのイメージを拭い去る術が分かるはずもなく、どうしていいか途方に暮れていた。
 それでも自分のスタイルを変えきれない自分に優しく声を掛けてくれ、誰に対しても、陰日なたのない友人を見ているうちに、次第に他の人たちからも話しかけられるようになっていった。
 相変わらず彼女はできなかったが、普通に話せるようになったのは友人のおかげであり、今では「風の囁き」のおかげだと思っている。
 それから私に風は囁いてくれるのだが、相変わらず何を言いたいのか分からなかった。
 結局大学四年間で彼女はできず、そのまま社会人になってしまっていた。その頃には、女性に対して諦めの境地に達していたが、それも仕方のないことである。
 大学時代に好きだった女性がいた。
 さすがにひんしゅくな自分に気付き始めた頃に見かけた女性だったこともあり、自分から声を掛けることもなかった。本当に好きな女性が現れたら、迂闊に声など掛けられない性格であることに、その時初めて気がついた。
 話しかけることはなかったが、いつもそばにいたくて講義の時間などなるべく近くの席に座ることにしていた。彼女の友達と話したり笑ったりする声、まるで自分に語りかけてくれているような錯覚に陥ることさえあった。
 そんな自分が情けなくもあった。何をするというわけではないが、まるでストーカーのような行為には違いない。友達といる時はなるべく爽やかなイメージを保っている自分の裏の自分……、そう感じただけで自己嫌悪はさらに激しくなっていった。
 今でも目を瞑れば、はっきりと思い出すことができる。微笑んだ時に目を細め、かすかに浮かぶエクボがチャームポイントだった。
 通勤電車で見かける女性、どこかで見たことあるようなと思ったのは、学生時代好きだった女性だと気付くまでに、少し時間が掛かった。目を瞑れば今でも思い出すことができる女性なのに、なぜか一致するまでに時間が掛かったのだ。
 最初、あまりにも時間が経ちすぎているからかとも思った。
 しかしそれにしては、好きな女性の面影はくっきりと瞼の奥に焼きついている。
 やはりどこかに違うところがあるのだろう。
――そうだ彼女の声をまだ聞いたことがなかったからかな――
 電車の中でじっと立ったまま、窓の外の景色を追い続ける女性の姿は、まさしく大人の女性を思わせた。学生時代好きだった女性も、大人の魅力を十分に感じさせる人だったが、私が本当に好きになった理由は、そんな彼女の中に時折見せる幼さのようなあどけなさを感じることができたからだ。
――目を瞑ると、好きだった人の声が聞こえてくる――
 瞼の奥に面影を残したままだと、声は浮かんでこない。静かに目を閉じ、ただ声だけを思い浮かべると、彼女の少し舌足らずなあどけなさの残るトーンの高い声を思い出すことができるのだ。それだけ声と表情がアンバランスなのだが、それが私にとっての魅力だった。
作品名:短編集10(過去作品) 作家名:森本晃次