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なんとなく歪んだ未来

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 世間一般を何の疑問も感じずに成長してきた人には、決して分かることのないことだ。交わることのない平行線がそこに存在している。いくらニアミスであっても、決して交わることはないのだ。存在すら感じているはずはないに違いない。
 修は、引き篭もりでもなければ、不良でもない。学校には通っているが、授業も好きな科目以外は、ほとんど出席していない。
 だが、最近は嫌いな授業でも参加するようになった。
 一瞬、教室に修の姿を発見した嫌いな科目の先生はビックリした表情を浮かべたが、それもすぐにいつものくそつまらない顔に変わり、面白くもないまるでお経のような眠たい授業を繰り返した。
 教室にいるだけで、別に聞いているわけではない。ちょうどいい子守唄代わりになって睡眠時間に早変わりだった。別に授業の邪魔になるわけではないので、先生も黙っている。それよりも、真面目に聞いていない生徒の話し声の方がよほど邪魔になるのだろうが、それを責めることもなく、先生は自分のペースで授業を進めている。
 そんな授業が面白いはずもない。まともに先生の話を聞いている生徒は存在するのだろうか。修は学校というものの存在自体、次第にバカバカしく感じられるようになっていった。
 それでも、大学に入れば、今までにない新しい学問を勉強できるのではないかと思い、授業は聞かなくても、予備校には通っていて、大学受験を目指していた。授業態度の悪さのわりに成績はそんなに悪くないので、担任の先生も少し意外に思っているようだった。
「僕みたいな生徒が一番気が楽なのかも知れないな」
 と修は思った。
 人に迷惑を掛けているわけではない。不登校というわけでもなければ、誰にも迷惑をかけていない。学校では空気のような存在に違いない。
 学校の外に出ても、同じように空気のような存在だった。
――まるで路傍の石のようだな――
 と自分で感じていた。
 人から気にされることもなく、孤独を堪能できるという環境はありがたかった。
 しかし、若干退屈でもあった。そんな退屈な毎日に一石を投じたのが、愛梨の存在だった。
 直美との間ではうまくいかなかったが、愛梨との間では、何か言葉にしなくても通じ合えるものがあるような気がしていた。
「私も、他の人と同じでは嫌だと思っているのよ」
 と、修が自分が考えている孤独について話をした時に、愛梨の口から返ってきた答えだった。
「じゃあ、僕と同じだね」
 愛梨が、
「人は死んだらどうなるんでしょうね?」
 という質問をしてきたのを思い出していた。
 あの時は、ありきたりの答えしかできなかったことに腹立たしさを感じた。今も同じ質問をされると、同じ答えしかできないだろう。ただ、最近の最近の愛梨を見ていると、自分が長生きできないと思い込んでいることが伝わってくる。
「バカなことを考えるんじゃない」
 と言うべきなのだろうが、修が気になっているのはそこではなかった。
――愛梨が自分の口に出していうのだから、本当にそう感じているのだろう――
 この思いは、修には十分すぎるくらいにあった。
 愛梨が感じている「死」というものが、自分の感じている「死」というものと、どこがどう違うのか、考えてしまうところにあった。
 修は、死というものについて、自分から考えたことはないと思っていた。しかし、
――気が付けば、考えていた――
 というように、自分でも無意識のうちに死について考えているということが何度かあった。
 きっとその時々で共通する考えに至るまでのきっかけがあったに違いないと思うのだが、それがどういうことなのか、考えが及ばない。考えれば及ぶような思いであれば、死について考えていることがいつも同じなのだろうと思うのに、その考えが微妙に違っていることを自覚していた。
 ただ、関連性がないわけではない。最近になって、その関連性についておぼろげに分かってきた気がしてきた。
――いつも同じ立場に立って考えているんじゃなくって、進行形で考えているんだ――
 と感じていた。
 いつも同じ立場で考えているのであれば、前に考えていたことがどういうことだったのか、少し考えていけば思い出せてくるはずだった。しかし、前に考えていたことと、関連性という意味で思い出すことができない。新しいことを考えているように思っているのに、感じていることは、以前に考えたことに繋がっているという漠然とした思いがあったのだ。
 死ぬということを考えた時、修は二つのことを思い浮かべてみた。
 一つは、誰もが最初に考えることで、
「死ぬ時って、苦しかったり、痛かったりするんだろうか? なるべくなら、苦しまずに死にたい」
 と考えるだろう。
「痛い、苦しい」
 という思いは、死を考える上で、避けて通ることのできないものだ。
 どうせなら苦しまずに死にたいと思うのであれば、一瞬にして息が止まってしまうことを想像するだろう。病気で苦しみながらなど、想像しただけで恐ろしい。
 以前、おばあちゃんの臨終の際に立ち会ったことがあったが、老衰で静かに息を引き取った。見ていても苦しむことはなく、明らかな寿命による大往生だった。そんなおばあちゃんを見て、皆、
「おばあちゃんは大往生の末に天国に旅立った。悲しまずに送ってあげよう」
 と言って、無理に笑っていたのを思い出した。
 しかし、それは無理に笑っているのであって、顔は泣いていた。どうしてそんなに悲しいのか、まだ子供だった修には分からなかった。
 とは言っても、
「今同じ状況になっても、まわりの人が泣いてしまうのを見て、何が悲しいのか分からないだろうな」
 と思った。
――人の死って、そんなに悲しいことなんだろうか?
 と考えるようになっていったが、それは、痛い苦しいという思いは本人にしか分からないのに、どうしてそんなに悲しいのかが分からなかったからだ。
 しかし、人が死ぬということはそれだけではない。
「死んでしまった人には、二度と会うことができない」
 からである。
 おばあちゃんと一緒に住んでいた従兄弟のまだ幼稚園にも上がっていなかった男の子が、仏壇を前にして、
「おばあちゃん、いつ帰ってくるの?」
 と、母親に聞いている姿を見て、思わず悲しくなったが、人の死を前にして本当に悲しいと思ったのは、正直その時だけのことだった。
 涙は、本当に反射的に出てきた。
「目頭が熱くなる」
 と言う言葉を聞くことがあるが、まさしくその通りであった。
「おばあちゃん……」
 修も、もらい泣きに等しい状態で、仏壇に手を合わせていた。まわりからは、すすり泣く声が聞こえてきた。
――どうして、まわりはそんなに悲しいんだ?
 と思うと、修の頭は急激に冷めてきて、手を合わせるのを止めてしまった。
 それでもまわりからのすすり泣く声は途絶えることなく聞こえてくる。その時から、争議というのが、他の時と違って、明らかに違った雰囲気であることを自覚した。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次