なんとなく歪んだ未来
それは悲しいことであるにも関わらず、どこか胸が躍るような感覚だった。まるでお祭りに来たかのような感覚に、不謹慎だとは思いながら、悲しさよりもまわりの雰囲気の異様さを感じるようになったのだった。悲しさというものが一体どこから来ているのか、真剣に考えたのはその時が最初で最後、次第に悲しさに対して冷めた目で見るようになってしまっていた。
高校生くらいの頃、時々おばあちゃんの葬儀のときを思い出すことがあった。悲しいという思い出ではなく、自分が、
「おばあちゃん、いつ帰ってくるの?」
と言った時、まわりのすすり泣くような雰囲気を思い出したからだ。
それは悲しいなどという思いではなく、自分がどうしてそんな言葉を発したのかということと、発した言葉に対してのまわりのリアクションがあまりにも大げさに感じられて、却って白々しく感じられた。それがどこか恥ずかしい思いを誘い、悲しさというものに対して自分の感覚が麻痺してくるのを感じたからである。
おばあちゃんの死を境に、修は明らかに変わった。あれだけ悲しんでいたまわりの人たちは、葬式が終われば、もうおばあちゃんのことで悲しんでいなかった。それがどうしてなのか修には分からず、
「皆が同時に流す涙ほど信じられないものはない」
と思うようになっていた。
人と同じでは嫌な性格になったのはその頃からのことだった。そしてその頃から、人の死というものが分からなくなってしまった。人が悲しむのはどうしてなのか? まるで茶番でしかないようにしか見えなかったからである。
「私がどうして長く生きられないと思ったのか、あなたにだけは話しておきたいの」
と言って、愛梨は神妙になった。
「今までに、自分の命が長くないと思っているということを、他の誰かに話したことあったのかい?」
と修が聞くと、
「いいえ、話をしたことなんかないわ。だって、『縁起でもないこと言うんじゃない』って罵倒されるのがオチでしょう? そうなったら、私の方から何も言えなくなってしまうわ」
修は、
――あの時、その言葉を口にしなくてよかった――
と思った。
もう少しで出てきそうな言葉を何とか我慢できたのは、今から思えば不思議で仕方がなかった。やはり、あの時の愛梨の雰囲気は、独特のものがあったに違いなかった。
その雰囲気をいまさら思い出すことはできなかったが、今の愛梨とは違っていることだけは分かった。もし今の雰囲気の愛梨にあの時の告白をされれば、きっと、縁起でもないと言って罵倒していたに違いないからだ。
「でもどうして愛梨は僕に話をしてくれるつもりになったんだい? もし僕が罵倒していたら、どうするつもりだったのかな?」
と聞いてみた。
「今となっては、分からないところもあるんだけど、修君になら罵倒されても、話を止めてしまうことはないと思ったのかも知れないわね。修君なら、真剣に聞いてくれると思ったし、死というものに対して、他の人と違う考えを持っているような気がしたからなんじゃないかって思うの」
「確かに僕は、死に対して、他の人とは違う考えを持っていると思うけど、それは冷めた目で見ているという意味で違っていると思っているんだ。だから、他の人には打ち明けられないような話を打ち明けてもらえるようなそんな性格ではないと思うんだけど、違うだろうか?」
それを聞いて、愛梨は少し考え込んでいた。
すると、急に意を決したかのように、
「やっぱり修君は私の思っていた通りの人なのかも知れないわね。あなたは自分に正直で、自分のことに関しては、嫌われたとしても、人を欺きたくないと思っている人なんじゃないかって思うの」
「愛梨の言うとおりなのかも知れないけど、そんな格好のいいものではないと思うんだ。誰にだって同じ気持ちではないからね」
と口にして、
「あっ」
と思った。
それは、自分の感情の中に、愛梨だけは特別なものを感じているということを言っているのだと宣言しているようなものだからだ。
「本当に正直なのね」
と言われて、
「ありがとうと言っておこう」
と答えたのは、恥ずかしさからだったというのが一番の本音だった。
愛梨はそれを聞いて、少し黙り込んでいたが、修が何も言わないのを感じると、いよいよ本題に入ってきた。
「私は、誰かが死にそうになっているのを感じることができるような気がするの」
少しオカルト掛かった話になってきた。
「どういうことなんだい?」
「昔から人が死ぬときは、カラスが寄ってくるっていうでしょう? 私には、そのカラスが寄ってくるタイミングが分かるのよ」
「でも、最近はカラスなんて、ほとんど見ることはなくなってきたよ」
「ええ、私もほとんど見ることはないの。そして実際にカラスが寄ってくるという予感があっても、カラスを見ることはできないの。カラスが近づいてきたことで人の死を感じることのできる人って少なくはないと思うんだけど、実際にそのカラスの姿が見えないのであれば、人の死を予感することなんて出来る人はほとんどいないことになるわよね」
「そうだね」
「でも、私は実際にカラスがいようがいまいが、近寄ってきているのを本能で感じることができるの。そして、それを感じた時、私のまわりで誰かが死ぬことになるの。ただ、それはカラスが近づいてこなければ分からないことなので、人の死の直近でなければ分かることではないはずなのよ」
「確かにそうだね。今の話だったら、僕にも信じられる気がする」
カラスが死神の使いだという話は、子供の頃に聞かされた気がした。しかもその話をしてくれたのがおばあちゃんだった。そしておばあちゃんが死んだその時、修はおばあちゃんの話を思い出して、自分がどこかでカラスを見たのではないかと記憶を呼び戻してみたが、カラスの記憶はどこにもなかった。ただそれよりも、記憶のどこかが欠落しているような気がしていたのだが、そのこととカラスの記憶を結び付けられるほど大人になっていなかったので、その時は意識していなかった。
しかし、今回改めてカラスと死の因果関係について考えさせられるような話を聞いた。そのことで、ずっと忘れていた記憶がよみがえってくるのを修は感じていた。それが、カラスの記憶を思い出そうとした時、記憶の中で欠落している部分があったということを同じ時に考えていたという意識であった。
――ああ、やっぱりあの時に感じたことは、無関係ではなかったんだ――
あれから一度でも思い出しさえすれば、この時に愛梨から聞いた「死の予感」の話も、もう少し理解してあげられたのではないかと思うと、跡になってから後悔の念が押し寄せてくることを、その時は知る由もなかった。しかし、その思いがあったからこそ、修は自分が生きていく上での道を確立できたのだということを知ることになる。
「愛梨は、カラスの存在を直近にしか感じられないのに、自分のことは先のことまで分かるということなのかい?」
「ハッキリと分かっているわけではないの。だから、長く生きられない気がするという言葉にしかならないの。決して死ぬという言葉を使っているわけではないでしょう?」
「確かにそうだ」
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次