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なんとなく歪んだ未来

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 愛梨の場合も、自分から男性を遠ざけているところはない。しかし、引き寄せようという気持ちが強くなってしまったために、相手に引かれてしまう。どちらも似たようなところがあるのだが、引かれてしまってからの二人の態度は違っていた。
 直美の場合は、相手に引かれても、またもう一度近寄ってくるようであれば、拒むことはしない。しかし、愛梨の場合は、自分から一度でも遠ざかる素振りを見せた相手に対しては、絶対に許そうとはしなかった。
 愛梨に対して一度遠ざかろうとした男性は愛梨の元に戻ろうとする気持ちは強いのだが、直美に対して遠ざかってしまった男性は、二度と直美の元に戻ろうとする思いはないようだ。
「世の中というのは、うまくいかないものだな」
 二人を見ていて、そんなことを考えた修だったが、二人を見ていると、直美も愛梨も両方の女性を好きになった男性は、他にはいなかった。修だけだったのだ。
 修は、直美の元に戻ろうという気はなかった。もし、愛梨が自分の前に現れなかったとしても、一度逃した機会を、もう一度取り戻すことができないと感じたからだ。
――直美はどう思っているんだろう?
 最初こそ、直美も一度機会を逃した相手とは、二度とうまくいくはずはないと思っているのだと感じていたが、果たしてそうなのだろうか?
 愛梨と知り合って、愛梨を見つめているうちに、思い出してくる直美は、自分が好きだった直美とは別の女性のようだった。
「これからは友達として仲良くしていこう」
 と、せっかくの機会を逃してしまった修が直美にそう言った時、一瞬だったが、直美の表情が明らかに苦虫を噛み潰したような表情になった。
――しまった――
 修がそう思ったのは、直美の返事が分かってしまったからだ。
「せっかくだけど、あなたとこれ以上お友達でいることはできないわ」
 告白できなかったことよりも、この言葉を言われた方が、修にとってはショックが大きかった。
「どうしてなんだい? 今までと同じように付き合っていけばいいことなんじゃないかい?」
 と言ったが、
「修君は、本当にそう思っているの? 私には絶対にできないわ」
 修の中では、
――このまま友達付き合いをしていけば、もう一度お互いに好き合って、付き合いたくなることだってあるんじゃないか――
 と思っていた。
 しかし、直美は続けた。
「修君は、将棋をする?」
 いきなりおかしな質問だ。
「ああ、少しだけ齧る程度なんだけどね」
「じゃあ、将棋の布陣で、一番隙のない布陣というのは、どんな態勢なのか分かる?」
 と聞かれて、
「さあ、どんなのだろう?」
 と答えると、
――やはり――
 という顔を浮かべた直美が、
「最初に並べた布陣なのよ。一手指すごとに、そこに隙ができるの。つまりは、動けば動くほど、隙ができてくるということなの」
「それは、時間とも置き換えることができるね」
「ええ、そう思ってもらってもいいと思う。つまり、一度逸してしまったチャンスは、百パーセントの形で戻ってくるということはありえないの。だから、友達でいたとしても、あなたにとって、それはゴールの見えない果てしない闇の中だと言ってもいいのかも知れないわ」
 直美の言い分にも一理あった。
「でも、だからと言って、これからお互いに違った面を見ることができて、新しいお付き合いに繋がるかも知れないんだよ」
 かなり苦しい言い訳に思えたが、話さないわけにはいかなかった。
「本当にそう思っているの? もしそうなら、私はあなたへの思いを少し変えなければいけないわ」
 口調は穏やかだったが、言葉の一言一言に修は何も反論できなくなった自分がいることに気が付いた。
 そんな別れ方になってしまった二人だった。
 最初こそ、
――ここまで言われなくてもいいのに――
 と感じた修だったが、時間が経つにつれて、気持ちの氷が解けてくるのを感じた。
 それは、氷が暖められて溶けるのではなく、切れ目ができてそこから崩れていく氷山のような思いだった。
 修の頭の中には、それまで直美の怖い顔しか浮かんでこなかったが、氷が解けてくるのを感じると、自分が好きだった直美の顔が浮かんでくるのを感じたのだ。
――もう一度、直美のことを好きになってしまうかも知れない――
 と感じるほどだったが、それはありえないことは自分が一番分かっていた。
――直美は今何を考えているんだろう?
 自分が直美の顔を思い浮かべている間、頭の中で直美が考えていることを見てみたいと思うようになっていた。
――僕のことを思い浮かべてくれていたらいいのに――
 そんなはずありえるわけもないのに、そう思えてしまう。愛梨と出会ってしまった修が愛梨と一緒にいる時でも直美の顔が浮かんでくる状況で、修は直美が何を考えているのか想像、いや妄想してしまいそうで少し怖かった。
 直美と話をしていると、次第に二人の間には超えることのできない結界があることに気がついた。
 元々、実直な性格で、好きな人ができれば、その人一筋だと思っていた修だったが、直美と一緒にいると、誰か彼女の後ろに他の女性を思い浮かべているような気がしてきたのだ。
 それが誰なのか分からない。ただ、実直な性格というのは、誰か一人が決まってしまうと、その人しか見えないというもので、他に誰かを見ているのだとすれば、それは、まだ自分の中で直美が、
――一人に決まった――
 というわけではないのだ。
 直美と別れるということになって、
「友達でいよう」
 などと言えること自体、最初から直美を唯一の相手だと思っていなかった証拠なのだろう。
 本当に好きになった相手と別れるのだから、そばにその存在を感じてしまうと、辛さしか残らないはずだ。時間が解決してくれるとしても、時間の経過を待つまで、自分が耐えられるのかどうか、不安に思うはずだ。それなのに、友達などという選択肢が平気で頭の中に浮かんでくる辺り、直美に不信感を持たれても当然というものだ。
「それにしても、どうして友達などと考えたのだろう?」
 うまくいけばよりを戻せるとでも思ったのだろうか? そんな虫のいい話があるはずもない。自分は振られたのだ。ちゃんと自覚していなければ、時間が経つにつれて辛い思いをしたり、後悔が押し寄せてくることだってある。そんな簡単なことも分からなくなっていたのだろうか?
 一度うまくいかなくなれば、噛み合わなくなってしまった歯車を組み合わせることはほぼ無理に近い。特に人間関係、しかも、相手が異性となれば、絶望的だろう。
 もう少しで、泥沼に入り込んでしまうところだった修だったが、何とか直美を忘れることができるような気がしてきた。それは、自分の悲惨な状況に自分の感情が慣れてきたからなのだろうか、目の前の光景が、機能までとまったく違って感じるようになっていた。
――何かの夢を見た気がした――
 夢の内容を覚えているわけではない。ただ漠然と、機能までの自分とは違っていた。
 最初は、その違いがどこから来るのか分からなかった。しかし、次第に思うのは、新しい出会いを期待している自分がいるということだった。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次