なんとなく歪んだ未来
ここまで言われると、どうしていいのか迷ってしまう。当たって砕けろの玉砕覚悟で直球で行くか、それとも計画を立てて、計算ずくでの告白を行うか、究極の選択を迫られると、結局どちらもできずになってしまい、告白のタイミングを失ってしまった。
そうなると、お互いに絶妙のタイミングを逸してしまったという意識が、二人の関係をぎこちなくしてしまう。そのうちに、
――自分の中に、結局はうまくいかないんだという先入観があったのかも知れない――
と思い、再会してから感じることのなかった距離感が頭をもたげることで、先入観というものが選択しなければいけない場面で大きな影響を及ぼすという意識を植え付ける結果になってしまった。
高校時代に経験した苦い体験、二度目の初恋に失敗したという意識が強く、しかもそれが同じ相手だということに強いショックを受けた。
――このまま誰も好きになってはいけないのかも知れないな――
と感じたほどだったが、それは高校時代という自分の中で暗い時代背景だったことが影響していた。
孤独という言葉が頭をよぎる。それまで孤独という言葉は寂しいという言葉と同意語のように考えていたが、図らずも自分から選んでしまった孤独への道を考えると、そこに寂しさはなかった。
――寂しいなんて考えるのはおこがましい――
と思うからだ。
大学に入学すると、それまでの自分の思いは一変した。
大学に入学するために、いろいろなものを犠牲にして一心不乱に勉強したのも、直美との間の失恋を忘れようという思いがあったからなのかも知れない。
寂しさというのは、自分から求めるものを得られずに感じることである。求めるものを抑えてしまうと、寂しさなどという感覚はマヒしてしまうことだろう。高校時代のように、大学入学のために自分の求めているものを犠牲にしないといけない時期には、寂しさなどという感覚は、最初からマヒしていたと言ってもいい。
修は、女性に告白することができなくなっていた。好きになった女の子がいても、それは自分の思い過ごしだと感じることで、諦めようと思うようになっていた。しかし、愛梨は違っていた。
――いまさらながら、これが本当の初恋なのかも知れない――
と感じたほどだ。
愛梨と直美の違いは一口に言うと明るさと積極性だった。明るさは相手によって変えることができるが、積極性は最初から身に着けておかなければ、誰にでもできるというものではない。修はそんな愛梨の積極性に引っ張られることでそれまでの呪縛から逃れられるような気がした。愛梨に対して最初に感じた。
――変わった女の子だ――
という印象は、それだけ新鮮な気持ちになったことから生まれたものなのかも知れない。
直美と比較してはいけないのだろうが、直美のことを悪夢だと思って忘れようとすればするほど、頭の中に残ってしまっていることを意識してしまう。人を好きになってはいけないと思えば思うほど、意固地になりつつある自分に気が付くのである。
愛梨は修に対して積極的だった。他の男性に対しても積極的だったのだが、修は一番積極的なのは自分に対してだと思った。
他の男性は、そんな愛梨を気持ち悪く思っていたようだ。相手に積極的になられると、ついつい引いてしまうのも当然のことで、
「この女、何かあるんじゃないか?」
という邪推するのも当たり前だろう。
しかし、修にはそんな感情はなかった。
直美に対して悪いことをしたという思いが、頭の中に残っているからなのかも知れないが、
「せっかく積極的になってくれている人を自分から遠ざけるようなことはできない」
と考えたのは、もったいないという意識があったのも否めない。
まだ付き合ってもいないのに、デートの誘いをしてくる。断わる理由など修にあるはずもなく、喜んで受けると、愛梨は本当に嬉しそうな表情になり、
「ありがとう。やっぱり修君だわ」
と言って、キャッキャと喜びを身体全体で表現してくるのだ。
そんな愛梨を見ていると、なぜか直美の顔が思い浮かんでくる。
――どうして、直美の顔が?
忘れたわけではないのは分かっているが、目の前の愛梨の嬉しそうな表情から直美の顔が浮かんでくるのがなぜなのか、最初は分からなかった。
しかし、そのうちに、
――直美に今の愛梨がしているような嬉しそうな顔をしてほしいと、直美にずっと感じていたんだ――
と感じるようになった。
修が直美を好きになった理由がここにあった。普段は嬉しそうな顔をほとんどしないポーカーフェイスの直美に、心から嬉しそうな表情をさせてみたいという思いが、直美を忘れられない相手にしてしまったのかも知れない。
――自分が愛梨を好きになっていることに間違いはないのだが、直美を忘れられないというのは、その障害になったりはしないのだろうか?
修はそんなことを考えていたが、逆に考えると、
――直美の面影が頭の中になければ、愛梨を好きになるということはなかったのかも知れない――
とも感じた。
だが、直美を思い出していると、愛梨の中にスッポリと直美が納まってしまうような気がするが、逆に愛梨を思い浮かべていると、直美の中に愛梨はスッポリと入りこむことはできなかたt。
つまりは、直美にあるものは愛梨にすべて存在しているのだが、愛梨にあるものが直美にすべてあるというわけではない。今見えている愛梨に対して、これから先付き合っていく中で、もっと知らなかった部分を見ることができるように思えてならなかったのだ。
愛梨とデートをするようになると、愛梨は他の女の子との違いを感じさせるところが端々に見えていた。
同世代の女の子がほしがるようなものをほしいということはあまりない。洋服も化粧品も、グッズも、すべてが質素に感じ、しかし、そのコーディネートで質素さを感じさせることはなかった。
元々、あまりおしゃれには興味のない修には、相手が女の子であっても、質素な人の雰囲気は分かるようになっていた。
直美も質素で、どこかみすぼらしさのようなものさえ感じられたが、それは修だけではなく、他の男性にもすぐに分かることだろう。
愛梨の場合は、他の男性から見れば、おしゃれには見えているはずだ。ファッションセンスの良さを褒める声は時々聞かれたし、その声の信憑性は、会話の説得力によって証明されていた。やはり愛梨が男性から敬遠されるのは、その積極性に引かれてしまったことで、相手にされなくなってしまったからに違いなかった。
愛梨は質素だと言っても、身奇麗にしていた。だから、ファッションセンスを褒める声が聞こえるのだろうが、直美の場合は、明らかに質素さを表に出していた。
修は、直美のそんなところが好きだった。
自分のことを包み隠さず表に出そうという意識が働いているからで、その思いが他の男性を遠ざけた。
直美の場合は、自分から男性を遠ざけるつもりはないのに、自分の正直さを表に出してしまったために、引かれてしまったのだ。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次