なんとなく歪んだ未来
直美は、全然変わっていなかった。もちろん、修も全然変わっていなかったので、お互いにすぐに分かったのだが、再会した場所というのは、アルバイト先だった。中学時代まで一緒だったが、中学時代はすれ違っても、まったく意識することはなかった。話をすることはおろか、挨拶すらしなかったのだ。お互いに無視しているというわけではなく、自然な関係だったと思う。高校はそれぞれ別々の高校に進んだ。修は私立の高校に進み、直美は県立高校に進学した。別に知りたくはなかったが、中学時代の友達のウワサの中で彼女の話題が少しだけ出たので、その時にどこに進学したのかということだけは意識していたのだ。
もちろんそれは別の高校に進学したということだけを意識するためだけのことで、他意はなかったのだ。
「お久しぶり」
声を掛けてきたのは直美の方からだった。
「あ、お久しぶりです」
直美の態度に堂々としたものを感じ、見た目は小学生の頃と変わっていなかったが、性格的なものは変わってしまったのだと、すぐに理解できた。
小学生時代に、高圧的な態度を取っていたことを意識していた修は、身構えてしまった。
――一体何を言われるのだろう?
すでに圧力を感じている修は、まな板の鯉状態だった。
「修君は、彼女できた?」
「えっ?」
いきなり直球を浴びせられ、驚愕してしまった修は、すでに直美に呑まれていたと言ってもいい。それでも、小学生の頃に高圧で過ごした自分を必死に思い出し、何とか冷静さを保とうとしていた。
「いや、できないよ」
と正直に答えると、直美はニコっと笑って、
「そうなの? 実は私も好きな人はできるんだけど、すぐに諦めるのよ」
と答えた。
「どうしてなんだい?」
「どうしてなのかしらね。好きになったと思っても、相手と話しをすると、好きになったと思った時と隔たりが大きいからなのかも知れないわね。一貫性がないというか、頼りなさを感じるというのかしらね」
「そんなに頼りなく感じるの?」
「ええ、私が好きになる人というのは、いつも冷静でいる人で、私が視線を向けても、冷静なのよ。それなのに私が話しかけると急にしどろもどろになって、目を白黒させて狼狽しているのよ。思わず吹きだしちゃいそうになって、そのままシラケてしまうのよね」
直美の話を聞いて、思わず、
「それじゃあ、僕と一緒じゃないか」
と答えてしまった。
自分の性格を人に話したことなど今までにはなかった。それなのに直美と話しているとまるで誘導尋問されたかのようにいつの間にか話をしていた。それもまったくの自然にである。
――自然にだからこそ、誘導尋問なんじゃないか――
と、自分に言い聞かせると、思わずおかしくなった。少なくとも小学生時代の直美にはなかった性格であり、今まで知り合った誰にも感じたことのない不思議な感覚だった。
「そうなんだ、修君も同じなのね」
嬉々として目を煌びやかにさせる直美を見ると、修も嬉しくなった。
「そのようだね」
誘導尋問されて話してしまったことへの恥ずかしさを、すぐに嬉々とした態度で、相手に嬉しく思わせることは、直美のテクニックなのだろうか。
「私、小学生の頃の修君、好きだったのよ」
「えっ?」
またしても驚かされたその言葉に修は後ずさりしていた。
「修君は、いつも私の前にいて、助けてくれていたのよ。態度もいつも毅然としていて、私は本当に頼もしいと思っていたのよ」
そういう見方もあるのだと、その時初めて気づかされた。
「そうかな? 僕はいつも冷たい目で君を見つめていたんじゃないかって、後になって後悔していたんだよ」
自分から直美と離れてしまったくせに、後になって後悔したというのも、言い訳にしかすぎないのだが、直美はそれをどう感じたのだろう。
「私の初恋は修君だったの。もちろん、その頃は男性に対して、今のような意識を持っていたわけではないので、憧れのようなものだったと思うのよ。でも、それが私の中での好きな人としての原点になっているので、修君の印象が深かっただけに、見た目で判断していては、分からないって気が付いたのよね」
直美の言葉は、自分も感じていたことの一つだったと思う。しかし、あまりにも図々しいことであるために、否定してしまっていた。普段、そのことを思い出したり意識したりすることはないのだが、言われてみれば、まるでずっと考えていたことのように思えてくるのだった。
「僕は、今だからいうんだけど、いつもそばにどうして直美がいるのかよく分からなかったんだ。直美からも、何かをしてほしいという話もしてもらえるわけでもない。だからといって、僕がそばにいるという意識があったわけでもないので、何かをすることはできない。そのうちに息苦しくなってきたんだ。だから、直美を遠ざけるようにわざとしていたと自分では思っているんだ」
と、嫌われてもいいと覚悟を決めて話をすると、
「そうだったのね。私は修君が私を守ってくれているものだって思っていたの。まるっで白馬に乗った王子様が私の前に現れたような気がしていたのよ。だから、自分からは何も言えなかったし、修君から遠ざけるようにされても、何もできなかった」
「こうやって、お互いの気持ちを打ち明けてみると、いろいろ後悔するところも出てくるような気がするんだけど、でもこれも何かの運命なんじゃないかって思うんだ。直美が僕のことを意識してくれていたことを今聞かされるというのも、運命なんじゃないのかな?」
「私も修君と、再会してもここまで話ができるとは思わなかったのよ。まず再会することが一番で、話をするのはそれから先のことですからね」
「ここでの再会は、別に偶然でもいいと思うんだ。でも、もし直美が声を掛けてくれなければ、僕の方から話をすることはなかったと思うんだ。そういう意味では、再会自体偶然ではないと言えるのかも知れないね」
修はそう言うと、運命という言葉って、そんなに簡単に口にしていいものなのかどうかを考えてみた。
修はこの再会を、自分が直美を好きだったからだと思ってしまった。直美もまんざらでもないような態度を取っていたし、そう感じるのが自然だった。
修は思い切って告白することを考えた。誰かに告白するなど考えたこともなかった修は、とりあえず友達何人かに話を聞いてみることにした。
「それは直球がいいに決まっているよ。相手に脈があると感じたのなら、押し切るのが一番だ」
という意見や、
「ここは慎重にいかないと、成功するものも成功しないよ。綿密に会話のシミュレーションをしてみて、相手の出方を想像しておかないと、思っていたことと違うことを言われると、パニくってしまって、すべてが台無しになるよ」
という意見があった。
「でも、何とか会話を繋げばいいんじゃないか?」
と弁明してみたが、
「覚悟を決めての告白なんでしょう? 相手もそれを分かっているなら、パニくってしまうと、その時は何とかなっても、それ以降、二度と告白なんかできなくなってしまう。告白というのは一度で決めてしまわないとうまくいかないものなんだよ」
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次