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なんとなく歪んだ未来

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「私はこの時代にやってきたのは、お母さんをこの時代に戻すためだったの。不治の病に冒されたお母さんは、お父さんの研究で冷凍保存されることになったの。その時、お母さんのお腹の中には私がいて、冷凍保存されたまま私の出生は未来まで持ち越されたのよ。でも生まれた時から成長は早くて、気が付けば実年齢になってしまっていたの。未来になると、お母さんの病気は不治の病ではなくなったので、過去に戻って、お母さんの冷凍保存を止めることを私は選択したの。でも、私はその時まだ生まれていない。生まれていない時代に戻ることは開発されたタイムマシンでは不可能だったの。だから、私にはできない」
「じゃあ、どうして、君は今ここに存在できているんだい? 君の話では、まだ生まれることはできなかったんだろう?」
「お父さんはお母さんのお腹の中に子供がいるのは知らなかったの」
「えっ、お父さんに話していなかったのかい?」
「ええ、自分はこれから死を迎えるのに、子供を宿したということを、告げることに戸惑いがあったのね。そのことはお母さんの日記に克明に書かれているわ。でも、お父さんはお母さんに分からないように、冷凍保存を計画していた。お互いに秘密にしたまま計画だけが進行して、私を宿したまま、お母さんは冷凍保存されたのね」
「じゃあ、君のお母さんは目を覚ました時、一気に年を取ったというのかい?」
「いいえ、お母さんは年を取っていないの。冷凍保存をダイレクトで浴びた人は、目が覚めても、年を取ることはない。何しろ、ずっと眠っていたので、まるでタイムスリップしたような感じなんでしょうね。そんな状態で、一気に年を取るということはないらしいのね」
「じゃあ、君だけが年を取って、今の年齢になった?」
「ええ、だから、お母さんと私は、見た目、そんなに年齢差はないの。まるで同級生のような感じというべきかしら?」
「でも、どうして、君はお母さんをこの時代に戻そうとするの?」
「お母さんが元に戻れば、私も普通に生まれてくるのよ。それが一番いい結末だと思っていたの……」
 と言うと、悲しそうな顔になった。
「ん? つかさは最初の意気込みとは違ってきたのかい?」
「ええ、本当にこれでいいのか、悩むようになったの」
「どうして?」
「眠りから覚めて、不治の病を治したお母さんは、私を産むと、自分は不老不死を夢見ているというような話をし始めたの。元々自分は大学生の頃に死んでしまうと思い込み、覚悟までできていたのに、お父さんが冷凍保存して延命したために、時代を飛び越えて、未来に出てきたのよね」
「だから?」
 岡崎は、つかさが何を言いたいのか分からなかった。
「お母さんにとっては、『ないはずの未来』だったのよ。普通に考えれば、ないはずの未来が開ければ嬉しいし、これからも生きていけることに喜びを感じるはずなんでしょうけど、お母さんは違った。口には出さないけど、お父さんに対し『余計なことをした』と思ったのよ」
「どういうこと?」
「お母さんは、この後の人生を、お父さんには頭が上がらないことになるのよね。しかも自分だけが知らない時間が存在しているということは、お母さんにとってはかなりの苦痛だったの。お父さんにはその気持ちは分かるはずないけどね。なぜなら、自分が命を救ってあげたという思いが強いため、どうしても、新しく開けた世界に順応することはできないの。その気持ちを分かるのは、いくらお腹の中にいたと言っても、一緒に冷凍保存された私だけなのよ」
――確かにそうかも知れない――
 と、岡崎は思った。
 もし、自分がつかさや愛梨の立場だったらどうなっていただろう?
 岡崎はその時まだ、愛梨のことを何も知らなかった。つかさは愛梨に岡崎を会わせようとはしない。どうしてなのだろう>
「僕には、つかさの気持ちが分かる気もするんだけど、どうして、せっかくこの時代にお母さんを連れてきたのに、冷凍保存から、開放してあげようとしないの?」
「もし、冷凍保存から開放してしまうと、私はそのまま生まれてくることになる。あなたと同じ時代を生きることになるんでしょうけど、私は、同じ時代を生きていたとすれば、あなたに出会うことはないような気がするの。私がこういう境遇だから、あなたに会ってあなたと仲良くなったの。きっと、普通に生まれていれば、同じ時代を生きていくうえで、二人が会うことは許されない気がするの」
「どうしてだい?」
「もし、出会ったとしても、それは悲惨な末路が待ち構えているように思うの。お父さんが不倫をして生まれた子供が私なのよ。あなたに対して許されないことなんだわ」
「じゃあ、どうして、今はこうして出会えているんだい?」
「それは、きっと『何となく歪んだ未来』ができてしまったからなんじゃないかな? もともとの冷凍保存という考えが間違っていたのかも知れないわ。でも、私にはお父さんの気持ちが痛いほど分かるの。責めることはできないわ」
「お父さんも、僕のお母さんも、そして、君のお母さんも、それぞれに歪んだ未来があって、僕にもつかさにもあるんだろうね」
「でも、歪んだ未来が悪いとは思わない。未来なんて分からないからいいのよ。分かってしまうと、何が正しいのか自覚できなくなってしまう。だから、『何となく歪んだ未来』というのが、本当の姿なのかも知れないわね」
「つかさがお母さんを冷凍保存する前に戻したいという気持ちはよく分かった。でも、それを躊躇っているのはどうしてなんだい?」
 岡崎の一番聞きたい話はそこだった。
「あなたには分からないの? 私はあなたに会えないのが一番辛いのよ!」
 つかさは、自分の気持ちを搾り出すように言った。
 その声は魂の叫びでもあり、女としての気持ちの苦しさを味わっている自分を傍目から見ていて、どうしてこんなに苦しいのか、分かるはずの思いが分からない自分に憤りを感じていたのだ。
「でもね、つかさ。君の話を聞いていると、僕たちは一緒にはなれないような気がするんだ。それは血の繋がりなんてものに左右されるものではないんだろうけど、こうやって会えたことが奇跡であり、それ以上でもそれ以下でもないと思うんだ」
「じゃあ、私は今のこの時代から先に進みたくはないわ」
「どうするんだい?」
「私がお母さんの代わりに冷凍保存されるわ」
「そんなことをすると、君が目覚めた時には、同い年の君が未来にいることになるんだよ」
「いいの、きっとそうなると、どちらかは、別の時代に行かなければいけなくなるの。それって私にもう一度この時代にやってきて、岡崎さんと出会うということを暗示しているんじゃないかって思わない?」
 つかさが、この短い間に、そこまで頭が働くというのには、さすがの岡崎もビックリした。
――さすが、科学者の父の血を引いているだけのことはある――
 と、感じた。
 そうなると、岡崎も自分の頭もつかさに負けず劣らずの発想があるのではないかと思えてきた。
 そこまで考えていると、自分とつかさは、この時代で一緒にいてはいけない気がしてきた。
「僕とつかさが一緒にいられる時代はここじゃない。もう少し未来にいくと、きっと出会えるような気がするんだ」
 と言うと、つかさは考え込んでしまった。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次