なんとなく歪んだ未来
しかし、つかさにとって一番しなければいけないのは、第一にお父さんを探すこと。そしてお父さんを探したら、お母さんから生まれた自分のこと、そしてお父さんがしたお母さんがどうなったのかを正確に伝える必要がある。今の愛梨には、他の人にはない特別な力があるのだが、それは、父親が施した所業によるものなのか、それとも未来における母親に対して行われた実験のせいなのか、つかさには判断できなかった。母である愛梨は、自分が実験材料としてしばし研究されていたことを知らない。やはり愛梨の記憶は、作為的に消されたものだと思ってもいいだろう。
愛梨は、自分が何者なのか、正確には分かっていない。
娘が未来からタイムマシンを使ってやってきたということ。そして、娘が探しているのは父親であるということ。そして、その父親が何かをしなければ、愛梨はすでに死んでしまっていたということ。そして、愛梨が実験材料に使われて、その記憶を消去させられてしまったのではないかということ。
いろいろな事実があるようだが、つかさには状況は分かっていても、原因や理由については分からない。たぶん、このままであれば死んでしまう母のために、父が行ったことが何か影響しているのではないかと思うのだが、どこで何が狂ったのか分からなかった。
つかさは、自分が生活していく中で、一人の男性と恋に堕ちた。その男性は、苗字を岡崎と言った。
彼は、最初こそ、つかさと相思相愛だったのだが、ある日から、つかさを遠ざけるようになる。
「このままなら、近親相姦になってしまう」
未来の岡崎はそう言った。
「どういうことなの?」
とつかさが聞くと、
「過去に起こっていることが微妙に歪を生んでいて、僕の母親は、君のお母さんになってしまう可能性があるんだ。しかも、さらに一歩間違えると、僕は生まれてくるけど、君は生まれてこない可能性も出てくる。今でこそ僕たちは愛し合っていられるけど、つかさはこの世に生まれていなかったり、下手をすると、二人が生まれていても、決して出会うことなく、一生を終えることになるかも知れない。最初から何も知らないのであればそれでもいいのだけど、僕はつかさを知ってしまった。だから、それを意識したまま、出会うことのない人生に変わってしまうというのは耐えられない」
「でも、その時には、記憶はリセットされるんじゃないの?」
「そうかも知れない。でも、リセットされるという保障はどこにもないんだ。僕はつかさを愛したという事実を忘れたくない。だから、何とかしないといけないと思うんだ」
岡崎はそこまでいうと、
「これは、僕のお父さんから聞かされた話だったんだけど、お父さんもそれ以上のことは知らない。ただ、『お母さんはこの世界でも生きている。年を取らずに生きているんだ』って言ったんだ。僕には何となく分かった気がしたんだけど、君はそのことを知っているんだよね?」
という岡崎の話に、つかさは頭を垂れたまま、
「ええ、知っているわ。でも、私もつい最近聞かされたばかりで驚いているの。お母さんは、私を生んでからすぐに死んだって聞かされていたからね。家に仏壇だってあれば、納骨だってされているのよ」
とつかさは話した。
この時代になると、人口の増加が減ってきたかわりに、集合住宅は減ってきた。その影響もあってか、土地は足らなくなり、霊園や墓地に土地を使うことをやめ、お寺に納骨することによって、墓地に対してのお金や土地を使うことは減ってきていた。その傾向は、東京オリンピックの前からあったのだが、オリンピックが終わって、荒廃した競技場を見ることで、土地の利用に対して、国民一人一人が考えるようになった。納骨堂の利用者が増えたのも、その一環であった。
愛梨の死に対して、本当のことを知っているのは、父親と、愛梨の両親だけだった。もちろん、つかさがそんなことを知るはずもなかった。それなのにどうしてつかさが死ってしまったのか、そこには未来の岡崎という男の存在が大きかった。
「俺のお父さんは、お母さんと知り合った時、報道局にいたらしい。だけど、うだつが上がらなかった父だったんだけど、母にインタビューをしてからというもの。お父さんがインタビューをした相手のいうことが皆本当のことになったというんだ。お父さんとお母さんは付き合い始めたんだけど、お母さんにはもう一人気になる男性がいたらしいんだ」
岡崎がそこまでいうと、
「あなたのお父さんは、そのことをすぐに知ったの?」
「ああ、結構早い段階から分かっていたらしいんだけど、お母さんが言わないのなら……、ということで、何も言わなかったらしいんだ。それからお母さんは、何とか自分を騙しながら、お父さんを好きになろうとしたらしいんだけど、限界があったようなんだ。しかも、お母さんは不治の病に冒されていて、もうすぐ死ぬことを本人も知っていたっていうんだ」
「お母さんの病気のことは、聞かされていたわ」
「誰からだい?」
「お父さんからだったんだけど、しつこいくらいに聞かされていたわ。私はその時のお父さんの気持ちが分からなかったんだけど、よほど、お父さんがお母さんのことを好きだったんだということだけは伝わって気がしたの」
つかさは、父親の顔を思い出していた。
あの時の父親の顔は、遠くを見るような目で、お母さんを懐かしんでいるんだと思っていた。それ以上でもそれ以下でもない、そんな表情の父親が、つかさにとっての父親像であった。
つかさが高校生になった頃、大学の研究室で研究を続けている父は、ほとんど家に帰ってこなくなった。
「今は大切な研究をしているので、家に帰ることもなかなかないので、お前のことはおじいちゃん、おばあちゃんに任せているので、かわいがってもらいなさい」
と言われた。
祖父も祖母も、つかさのことを喜んで迎えてくれた。孫が慕ってくれるのは、いつの時代でも嬉しいことだ。つかさも父や母に甘えることができなくてずっと寂しい思いをしてきたので、祖父母に甘えられるのは嬉しかった。しばらくは祖父母の元から学校にも通わせてもらっていて、それが元々だったかのように、すっかり馴染んでしまっていた。
つかさに岡崎という彼氏ができたのは、ちょうどその頃だった。中学の頃から一緒だった岡崎とつかさだったが、お互いに意識することもなかったのに、知り合うきっかけになったのは、岡崎が声を掛けてきたからだった。
それは、最初から告白に近いものだった。
「俺は、つかさのことをずっと意識していたんだぞ」
と言われて、つかさはハッとした。
時々、誰かの視線を感じるようなことがあったが、それがどこからの視線なのか、つかさには分からなかった。
――まさか、あれが岡崎君だったなんて――
と、つかさは岡崎に声を掛けられた時、すぐに視線の主が分かった気がした。
「ずっと、私のことを気にしてくれていたのね」
と、つかさは、自分のことを意識する人間なんか、男女問わずいないと思っていただけに、気にしてくれていたということだけで嬉しくなって、気持ちは舞い上がってしまっていた。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次