なんとなく歪んだ未来
勉強はそこそこしたので、放送局へ就職できた。アナウンサーや番組制作のような派手な仕事ではないが、裏方として地味に仕事をしていたが、ある日レポーターが急病になり、代役で、岡崎が数分のカットをやってみると、案外うまく行ったことで、レポーターへ抜擢されることになった。
――僕は人と関わりたくないのに――
と思っていたが、やってみると面白かった。
台本はあったが、
「お前は適当にアドリブを入れてもいいぞ」
と言われた。
本当は、
「アドリブでも入れないと面白くない」
ということなのだが、岡崎にはそこまで頭が回らなかった。
ただ、アドリブをしてみると、結構さまになっていた。人気もそこそこ出てきたので、レポーターとしての生活が始まった。そんな時に出会ったのが、愛梨だったのだ。
それにしても、岡崎がレポートした相手の言ったことが、将来現実になるという状況がまわりに把握されるまでには、少し時間が掛かった。何しろ、結果が将来現れなければ実証できないからだ。だが、実証されればこれ以上の鉄板はない。誰が何と言おうとも、岡崎は、
「カリスマレポーター」
として、一世を風靡するようになり、時の人として話題になったのだ。
岡崎自身がレポートされることもあった。
「どうして、そんなに的中するんですか?」
と聞かれて、
「僕にも分かりません。考えてもみてください。僕が予見しているのであれば、まだ立証できるかも知れないんですが、僕がその時の気分でインタビューした人の話が本当のことになるんですよ。それを僕に分かるはずもないじゃないですか」
と答えた。
当たり前の回答なのだが、それではレポートとして面白いはずもない。
「あいつはカリスマとか言われているけど、運がいいだけさ。自分がインタビューされた時のあの回答、どう見たって素人だよな。あれじゃあ、どこがカリスマなんだか、分かったものじゃない」
と言われた。
「やっぱり、アドリブを入れないと面白くないというのは、そういうところなんだろうな。それにしても、局のお偉いさんも、どうしてあいつを使うのかね?」
そんな話も出ている。
人から陰口を叩かれるのは慣れている。むしろ、陰口を叩かれるくらいの方がいいと思っている。人と関わらないとはいえ、ウワサすらなければ、ただの空気と同じようなものだと思っていた。
つまりは、表に出ている自分は、本当の自分だとはまったく思っていないのだった。
丘崎は、愛梨が自分に影響を与えたと思いたくない。
――自分は誰からも影響を与えられることはないんだ――
と思って今まで生きてきたが、それが思い過ごしであったことを愛梨によって思い知らされた。
確かに誰の影響も受けずに生きてくるなど、不可能なことだ。特に子供の頃からの自分を思い起こせば、確かに誰かの影響を受けてきたのだろう。誰かを尊敬していたというわけではないが、気が付けば、その人の模倣をしていたように思えてくる人がいないわけではない。
――あんな感じの人になりたい――
などという思いがあったわけではない。むしろ、相手が自分に近づいたのではないかと思ったほどだ。
子供の頃に、どこかで明らかに自分が変わったということを意識していた。いつから変わったのかというのは自分でもハッキリとしなかったが、今では分かるような気がする。それは、
「憧れの対象が大人から、同世代の友達に変わった頃だ」
と言える時であろう。
子供から見て、最初に憧れるのは大人であろう。一番近い存在といえば両親に当たる。小学生の頃は父親の背中を見て育ったと言ってもいいほど、父親を意識していた。しかし、遠い存在であることは確かで、それだけに、近づきがたい存在でもあり、まともに顔も見ることができないほどだったのを覚えている。
そんな相手を尊敬し、憧れるのだから、その思いは虚空のものに近い。
岡崎の子供の頃は、父親から叱られたイメージしか残っていない。後から思えば、
――どうしてそんな相手を尊敬できたんだろう?
という思いに駆られるが、正直、父親以外の大人を、意識できなかった。
それだけ父親の存在が大きかったと言えるのだろうが、それ以外には大人との間に自分でも気づかない間に結界のようなものを作っていた。学校の先生に対しても、父親と同じことを言われても、説得力には欠けていた。
――しょせん、二番煎じだ――
という程度にしか感じておらず、そう思うと、父親以外の大人のセリフは、当たり前のことを当たり前に言うだけの、まるでロボットのような存在にしか感じていなかった。
ロボットというのは、当たり前のことを当たり前にしかしないという意味であり、精密機械という意味ではない。融通の利かないという意味だけで、
――血が通っていない冷めた相手の言うことなんか、誰が聞くものか――
と思っていた。
小学生でも高学年に入ってくると、それまでと少し感覚が変わってきた。
父親は相変わらず余計なことは言わない。それを威厳だと思っていたのだが、次第に家に帰ってくる時間も遅くなり、それを忙しいからだと思っていた。
しかし、父が帰ってくるのが遅くなり、そのうちに帰ってこない日もあったりするようになると、母親が次第にイライラし始める。
それまでの母親は、父親に逆らうこともなく、忠実に尽くしてきていた。余計なことを口にすることはなく、黙々と家庭のことをこなし、昼間はパートにも出かけ、後から思えば、本当にどこにでもいる主婦だった。
母親がイライラし始めると、一気に家での自分の居場所が狭まってしまったと感じるようになった岡崎は、自分の部屋に籠るようになった。
元々、母親と会話があったわけではない。パートが夕方まであり、週に二度ほど、夜も主婦友のお願いもあって、スナックでアルバイトをしていた。そのため、学校から帰ると、食事の準備だけされていて、一人寂しい夕食になっていたが、それでも、家の中で自分の居場所を確保でき、息苦しさなど感じたことがなかった。
それなのに、一旦母がイライラし始めると、今までのように母親がいなくても、家の中の自分の居場所にまで、いない母親が侵入してきているようで、息苦しさを感じるようになった。
リビングで食事をする気にもなれず、自分の部屋で食事をし、誰もいない間も、ほとんど自分の部屋から出ることがなくなった。
この時の心境は、後になっても思い出すことができる。しかし、それを言葉にして表現するのは難しく、説明しろと言われると、無理だと答えることしかできないだろう。
岡崎にとって、自分の部屋は、「逃げ場」でもあったのだ。
母親のイライラの原因がどこにあるのか分かるまでには、かなり時間が掛かった。まず、父がほとんど家に帰ってこなくなったからだ。
――そんなに仕事が忙しいんだ――
と、母の苛立ちと父親の帰ってこないことは、その理由がまったく違うところにあると思っていた。
いや、後から思えば、そう思いたかっただけだった。父が帰ってこなかった理由を、本当に仕事が忙しいからだと感じていたのは、もっと前までだったからである。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次