なんとなく歪んだ未来
ただ、自分以外の人が、恥ずかしくもなくビデオに出ているのだと思うと、興奮する。
――お金のためだけなんだろうか?
いろいろな妄想が頭に浮かんでくる。
きっと、自分が人と関わらないので知らないだけで、人と関わっていればそれは別に特別なことではないと思うかも知れないと感じると、おかしな気分になった。
だからといって、他の人のように他人に関わろうとは思わない。却って、分からない方が神秘的な気がして興奮を誘うというものだ。
岡崎は、そんな自分を変態だと思っていた。オタクだったり、変質者の類と変わらない自分を想像してみたが、想像できるものではなかった。人と関わらないこと自体、自分の中では変態だと思っていたのかも知れない。
高校時代は、受験勉強の合間に、一人ビデオを見て、自分を慰めていた。そんな毎日だったが、虚しいとは思っていなかった。
自分以外の人は、皆群れを作ってつるんでいる。会話の内容を聞いていると、実につまらないものだ。アニメやゲームの話題か、女の話題で、好きな女性を物色しているように聞こえた。それこそ、自分に対して感じた変態とどこが違うというのだ。
――どうせ、自分だけの気持ちの中で、相手の女性を蹂躙しているに違いないんだ――
と思い込んでいたからだ。
やつらの表情を見ている限りでは、大きく外れているようには思えなかった。誰もが抱く妄想は、一人であっても、皆と一緒であっても、大差ないということだろう。
「岡崎って、変態なんだってな」
というウワサガ、クラス中に広まって、次第に学年へと広まってくる。
「あいつはいつも一人で、何を考えているのか分からない」
という思いから派生したもののようだ。
しかし、その言葉に間違いはない。もし間違っていたとしても、必死になって訂正をする気はなかった。下手に必死になれば、相手を面白がらせるだけだということが分かっているからだった。
ただ、そんな中で一人だけ、岡崎のことを機にしている女性がいた。
彼女もいつも一人でいる女性で、岡崎は彼女のことを意識すらしていなかった。
一言で言えば、
「路傍の石」
気にするはずもない相手であり、見えていても、見えていないかのように感じるという不思議な存在だったことは間違いない。
彼女の視線は、他の人が見ても分かるのに、分かっていないのは、視線を浴びせられた本人だけだった。
「あいつら、変態同士でお似合いだな」
と、密かに噂になっていたが、岡崎の耳には届いていない。
渦中の女性の方は分かっていたようだ。
彼女は、岡崎と違って、耳は聡い方だった。
人のウワサには敏感で、岡崎のことを気にするようになったのも、皆が岡崎のことを変態だとウワサし始めたからだった。
――岡崎さんって、どんな人なのかしら?
そう思ったのが最初だった。
彼女の視線を思い出していると、そこには、
――以前にも感じたことがある――
と思えるようなものだった。
それがいつのことだったのか、分かるはずもない。その思いは一瞬だけだったからだ。その時はすぐに忘れてしまったが、時々、思い出すことがあった。本当は女性の視線に気づいている自分を、もう一人の自分が否定していることで、視線に気づいていないのに、以前にも感じたことがあるという思いを抱くのだった。
プロセスが抜けているので、自分に理解できるはずもない。ただ、その頃から岡崎は、自分の中に、
――もう一人の自分がいるのではないか?
という思いを抱くようになり、自分の意思ではない意思が、働いているように思えていたのだった。
高校を卒業するまでに、彼女のことを意識することはなかった。結局、彼女は就職し、岡崎は大学に進学した。二人は離れ離れになってしまったが、大学に入っても、何か以前に感じたことを感じるという感覚は相変わらず残っていたのだ。
大学に入ると、数人の友達ができた。
彼らも高校時代、誰とも関わることなく孤独を貫いてきた連中だった。大学の講義でたまたま隣り合わせになり、どちらからともなく話しかけたことから、気持ちが通じ合える相手だということに気づいたのだ。
「類は友を呼ぶというけど、本当なんだな」
岡崎がそういうと、相手も嬉々として、
「そうそう、大学に入ってすぐに君のような友達に出会えるとは思ってもいなかったよ」
と言ってくれた。
そんな友達が、夏休みまでに、五人ほどできた。岡崎にとっては、まるで奇跡のように感じられたが、他の皆もきっと奇跡だと思っているに違いなかった。
そんな時、夏休みが終わって少ししてから、友達のうちの一人が、
「俺、好きな人ができたんだ」
と言って、皆に相談してきた。
皆は口を揃えて、
「それはよかったじゃないか、おめでとう」
と言った。
岡崎もその時は、偽りなしにそう感じ、心から、
「おめでとう」
と言っていたが、その気持ちはすぐに消えていた。
友達が好きになったという女性を見た時、岡崎は自分もその人のことを好きになったと感じた。
もちろん、最初に好きになった友達にそんなことを言えるわけもない。岡崎の中に、
――最初に言い出したものには適うわけはないんだ――
という気持ちがあった。
それは、岡崎がずっと自分の中で決めていたルールのようなもので、それを否定すれば、今までの自分を否定すると思った。だから、否定することはできない。
しかし、好きになってしまったものもいまさら収めるわけにもいかない。
「僕はどうすればいいんだ」
と、言い聞かせてみたが、結論が出るわけもない。
――やっぱり、僕が人と関わるなんて、間違いだったんだ――
と感じた。
好きになった彼女に、誰も付き合っている人がいないのであれば、それでいい。もし誰かと付き合ったとしても、それが自分に何ら関係のない人であれば、諦めると同時に忘れることだってできるだろう。
しかし、相手が自分の知っている人であり、深く関わっている人であると分かると、どうすればいいのか分からない。こうなれば、深い関わりを解消するのが一番である。
「何、元に戻るだけさ」
と自分に言い聞かせる。
そう思うと、他の友達とも疎遠になった。
「どうしたんだ? あいつ」
事情を知らない連中は、そうは言ったが、元々気持ちが分かる連中だ。放っておくのが一番だとよく分かっている。
岡崎も放って置かれるのがよかった。下手に絡まれると、億劫なだけだ。秋風が吹く頃には、一人になっていた岡崎だった。
初めて好きになったその女性は、男性から人気があった。しかし、誰とも付き合っているというウワサを聞くことはない。ただ、逆に決まった人がいないだけで、適当に男をとっかえひっかえして遊んでいるだけだというウワサも流れてきた。
――そんな女だったんだ――
という思いと、
――しょせんはただのウワサ――
という思いが交錯していたが、交錯すればするほど、次第に彼女に対しての思いは冷めてくるのだった。
それからというもの、やはりずっと一人だった。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次