なんとなく歪んだ未来
「私たちが滅んでいなければ行きついたはずの未来だったのよ」
「えっ、それはおかしいんじゃない? さっきの説明と思い切り矛盾しているように聞こえるんだけど?」
「ええ、そうなの。過去が滅亡したのに、未来が残っているなんていうのは、パラドックスを否定しているのよね」
「うんうん」
「でもね、だからこそ、他の次元に行くことができるようになったの。なぜなら私が人間ではないからで、いわゆるあなたが言った擬似人間とでも言えばいいのかしら?」
「よく分からない」
「私たちの身体は、電磁波でできているのよ。その電磁波を使って、あなたたち人間に、テレパシーを送って、私たちの姿を認識させているのね。だから、見る人によって自分の姿を変えて見せることができるのよ」
「そんなことができるんだ」
「あなたたち人間だって、元々電磁波でできているのよ。もっと言えば、世の中にあると思われているものすべてが電磁波によるものなの。あなたたちは電磁波と言う言葉を一絡げで見ているから理解できないのかも知れないけど、動物一つ一つ、いや、生存しているもの一つ一つで電磁波が違っているの。だから、性別や身体の形、そして匂いや感覚も意識したとおりに五感を通して感じることができるのよね」
「確かにそうだ」
「でも、そのことに皆が慣れきってしまっていて、当たり前のように感じているから、電磁波と言われてもピンと来ないのよね。与えられるばかりの電磁波だという意識は、誰にもあるにも関わらず、それが表に出てこないのは、人間の驕りのようなものなんじゃないかって私は思うわ」
「君は、最初から擬似人間として生まれてきたのかい?」
「それが分からないの。ここだけは自分たちだけでは分かる範囲のものではなく、理解できないようになっているらしいの。そうじゃないと、今みたいに時空を彷徨っていることに納得できないからだって私は理解しているわ」
「それでいいのかい?」
「ええ、私はそれでいいと思っている。だから死ぬことも生きることも、生まれ変わることにも必要以上の意識を持たないようにしているの」
「ひょっとすると、君たちは今の自分の使命を全うすることができると、元々いた世界に戻って、もう一度やり直せるかも知れないと思っているんじゃないのかな?」
「私もそう思ったことはありました。でも、前にいた世界にまた戻りたいとは思わないんですよ」
「どうしてですか?」
「正直、鬱陶しいと感じるんですよ。今の皆さんのように人間だった頃というと、家族があって、まわりの人と助け合って生きていく。それが鬱陶しいんです。一匹狼だと思っていると気も楽だし、自分があわりを助けているんだという自負が生きがいのようでもあり、そこに人を介することが後々自分の中で余計な感情を生むような気がするからですね」
「じゃあ、僕に対してはどうなんです? ただのこの次元での協力者というだけですか?」
「そうですね。私は他の次元にもあなたのような協力者を持っています。あなたのように聡明な方もおられますし、まったく余計なことを考えない、猪突猛進のような人もいます。でも私にとって、皆さんは純粋な人ばかりに思えるんですよ。だから、逆に私が感情を持ってしまうと、せっかく純粋に私に協力してくれている関係が崩れてしまう。もし、それでも私に感情を抱いてくれる人がいると私はこう言うんですよ。『ここで感情に走ってしまうと、私は二度とこの世界に入り込むことができなくなります』ってね」
「皆さんは、それにちゃんと従っていますか?」
「ええ、したがってくれます。したがってくれないと困るし、さっきも言ったように、この世界に戻ってくることができないというのは事実なんですからね。だからあなたも、私に必要以上に興味を持たないでくださいね」
「そうなんですか? 僕には他の世界で、あなたの言うことに全面的にしたがっている人ばかりではないように思えるんですよ。中にはあなたに対して恋心を抱いていて、苦しんでいる人もいるような気がするし、あなたが、生まれ変わるために死んでしまって、二度と会えないのではないかと、本気で心配しているように思えるんです」
「私がその世界で協力者に選んだのは、肉親が死んでも悲しいと思わないような人ばかりなんですよ。岡崎さん、あなたもそうじゃないんですか?」
岡崎にとって、胸を刺されたような気がした。まさしくその通りだったからである。
「どうしてそこまで……」
「私には、これでも使命があるんです。そのためには次の次元で選ぶ協力者には、かなりの時間を掛けて調査します。言っておきますが、私たちは次元の狭間では時間を自由に操れるんです。だから、かなりの時間を費やしても、それは、次の次元に入り込む時に時間を遡ればいいだけのこと。だから、時間が経っていないのと同じことなんですよ」
「でも、それって過去に戻ることでは?」
「そうですよ。ただ、過去に戻るといっても、自分に関係のある過去ではないので、そこに問題はありません」
岡崎は愛梨の話を聞いていて、自分の頭がどうかしてしまったのではないかと思うようになっていた。
岡崎は、しばらく愛梨を自分の下に置いておくことにした。
岡崎はそれからも、インタビュアーとしてのカリスマ性を前面に出していた。しかしそれは岡崎が望んだことではない。
「どうして、僕にこんな特殊能力が備わってしまったんだろう?」
愛梨に聞いてみたが、
「それは私にも分からない。きっと岡崎さんには最初から備わっていたものなんじゃないかしら?」
という答えしか返ってこなかったが、愛梨の様子を見ていると、
――何かを知っている――
という予感があったが、それ以上追求する気にはならなかった。
岡崎は、愛梨と一緒にいればいるほど、彼女が擬似人間だなんて信じられない。彼女の触ることもできるし、食事も人間と同じようにできる。
セックスだって……。
岡崎は愛梨という女性が次第に好きになっていった。
最初は同情のようなものからだったかも知れない。今まで孤独ばかりを感じていて、人と関わることがまるで罪悪のように思ってきた岡崎にとっては、一種の初恋なのかも知れない。
いや、本当の初恋は大学時代にしていたはずだ。その時のことを思い出していた。
彼女は、明らかに岡崎のことを好きだったのだろうと思っている。それは別れてから余計に感じるようになったのだが、なぜか別れたことをもったいないとは思わない。
「別れるべくして別れたんだ」
と自分に言い聞かせてきたが、それ以上でもそれ以下でもない。
出会いは大学時代だった。
中学高校と男子校だったこともあって、女性と関わることはなかった。しかし、女性を意識しなかったわけではない。いや、むしろ高校生になった頃は、女性への思いはひとしおだった。
ただそれは歪んだ感情だったのかも知れない。得られる情報は、アダルトビデオであったり、成人雑誌。他の友達なら、一人ではとても入れないような大人のお店に平気で出入りしていた。さすがに最初は緊張したが、一度入ってしまうと、
「何だ、こんなものか」
と、別にまわりの目を気にするわけではないので、背徳感はなかった。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次