なんとなく歪んだ未来
――この人は真剣に聞いてくれている――
愛梨はそれが嬉しかった。
「でも、私、死ぬんだけど、すぐに生まれ変わるのよ」
「どういうことだい?」
「人は死んだらどうなると思いますか?」
「もう一度生まれ変わると言いたいけど、僕はそこで終わってほしいな」
「どうしてなんですか?」
「もし、何かのきっかけで、生まれ変わる前の記憶が戻ったりしたら、辛くなるような気がするんですよ。もし、人生を全うしていればいいんだけど、志半ばだったり、未練が残っていたりしたら、せっかく生まれ変わったのに、余計な思いがこみ上げてきて、余計な気苦労を背負うことになりかねないからね」
愛梨という女はその言葉を聞いて、何度か頷いた。
「じゃあ、あなたは、生まれ変わる前の記憶が絶対に戻らないとすれば、生まれ変わってもいいというの?」
「全面的に賛成かどうかと聞かれると答えに困る気がするけど、おおむね問題ないように思うんだけど?」
「私も最初はそう思っていたの。でも、何度も生まれ変わってみると、そんなこともないものよ。かつての記憶を持っていたとしても、すでに自分が知っている人はいないわけなので、過去の記憶に縛られるということはないわ」
「じゃあ、かなり時代を飛び越えて生まれ変わるということなのかい?」
「そうじゃないの、生まれ変わる時代が違っているわけではなくって、生まれ変わる次元が違うのよ。似ているような時代であっても、そこにいる人は皆違う人、いくら顔形が似ていても、まったく違う人なのよ。なぜなら、あなたのいうとおり、他の人は、かつての記憶を完全に失っているから、自分が生まれ変わっているという意識もないの。でも、心の中では誰もが、自分は生まれ変わっているんじゃないかって思っているのよね。あなただって、一度は生まれ変わっているんじゃないかって思ったことがあるんじゃなくって?」
愛梨の話にはかなりな飛躍があったが、何となく分からないでもなかった。
「愛梨さんは、どうして自分が生まれ変わっているんだって、ハッキリ分かるんですか?」
岡崎はそれが一番の疑問だった。
「私は、過去に戻る研究をしていたんだけど、研究をしている時にふと感じたの。『過去に戻るということは、過去のことを変えてはいけないということになるんじゃないか』ってね。いわゆるパラドックスの考え方なんだけど、過去を変えてしまうと、未来が変わってしまうでしょう? そうなると、今こうやって考えている私は過去に戻ることを考えていないかも知れない。だとすると、過去にも戻れないでしょう? そう考えると、過去に戻ることは不可能なんじゃないかって思うようになったの」
「それは、物理的にというよりも、理論的に無理だということなんだね?」
「ええ、そうなの。でも、私以外にも、過去に戻る研究をしている人って結構たくさんいるのよね。その人たちが皆そのことに気づいてくれればいいんだけど、そうじゃないかも知れない」
「それだったら、その人たちを見つけ出して、過去を変えるのを阻止しないといけないですね」
「でも、生きている今が本当の世界なのかって誰が分かるというんですか? 時間や時空には次元がいくつも存在していて、無数の可能性とともに無限の世界が広がっている。それがいわゆる『パラレルワールド』というものなのよ」
「じゃあ、今生きている自分のいるこの世界が本当の世界だと思って生きていくしかないんじゃないですか?」
「ええ、普通の人ならそれしかないでしょうね。でも私には生まれ変わる能力が備わっているので、この能力を使って、できるだけいくつものパラレルワールドを見ることができる。それが私にとっての生まれ変わりなのよ」
「一度死ななければいけないんですか?」
「ええ。でも、普通の死ではないの。苦しみもなければ、辛さもない。ただ、そのためには、その世界では家族を作ることはできない。父親もいなければ、母親もいない。いきなり大人の状態で生まれ変わる。いなかったはずの人が急に現れても矛盾のないように、まわりの人に自分の擬似記憶を植え付けることもできるのよ」
「じゃあ、僕にも擬似の記憶が?」
「あなたには擬似の記憶を植え付ける必要はないわ。私の正体を明かしているんですからね」
「どうして明かしてくれたんですか?」
「私が、その世界で生きていくには、誰か一人、私の理解者を作る必要があるの。この世界ではあなたがその白羽の矢に当たった形なの。協力してとは言わないけど、私の存在だけを知っておいてほしいの。あなたが私を忘れてしまったら、私はこの世界には二度と戻ってくることができない」
「忘れることはないと思うけどな」
「そんなことはないわ。私が一度死んで、他の次元に行った時、あなたの記憶から私は消えてしまうの。でも、また私が戻ってくる時、あなたの潜在意識の中に私がいれば、私はここに戻ってこれる」
「つまりは、君が生まれ変わる時、僕の潜在意識を通って戻ってくると考えればいいのかな?」
「それに近い形だと思ってくれていいと思います。きっと、あなたの頭の中には、私が不老不死を持った女性というイメージが残ると思うんです。私がこの次元にいない間、あなたはきっと私のことを夢に見るでしょう。でも、その夢は目が覚めると消えてしまっている。もし消えなかった時、その時は私がこの世界に戻ってきた証拠なのよ」
「そういえば、この間、浦島太郎になったような夢を見たんだ。その時に出てきた乙姫様が印象的だったんだけど、それが君だったということなのかな?」
「ええ、浦島太郎の乙姫様は、私のイメージにぴったりでしょう? あなたには信じられないかも知れないけど、私は人によって見えている姿が違っているの。人によっては、ぽっちゃりのおばさんに見えている人もいれば、まるで無垢な幼女に見えている人もいる。私がどのように見えるかというのがそのままその人の性格だといってもいいかも知れないわね」
「まるで、君は生きているのに、生きていないかのような雰囲気なんだね?」
「そうね。言い方を変えるとそんな感じにも受け取れるかも知れないわね。まるでカメレオンのように、相手によって姿を変える。だからこそ、生まれ変われるのかも知れない」
「愛梨さんは、自分が本当はどこの次元の人間だったのかって分かっているの?」
「私が元いた次元は、今はもうないの。だから、次元を飛び越えない限り、生きることができないのよ」
「それはどういうことなんだい? まるで核戦争でも起こって、世の中が滅んでしまったとでもいうのかい?」
「核戦争というわけではないわ。でも、発想とすれば核戦争という発想も無理ではないかも知れないわね。それよりももっと深刻かも知れないわ」
「どういうことなんだい?」
「次元を研究している博士がいて、その人の研究が、他の次元への通路をたくみに開くことができるというものだったんだけど、それに失敗して、結局は自分のいた次元に飲み込まれてしまったのね。宇宙の発想でいえば、ブラックホールのようなものだと言えばいいのかしら? 私は運よく吸い込まれるところを逆に弾き飛ばされて、気が付けばまったく知らない世界にいたのよ」
「それは、どこの世界だったんだい?」
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次