なんとなく歪んだ未来
しかし、実際にオリンピックが終わり、景気が頭打ちになってくると、再び金森学園問題が浮上してきた。
野党は、何とか与党を追い詰めようとしていたが、与党側は、
「すでに昨年、この問題は解決しておりまして……」
と、何とか野党の追及をかわそうとしていた。
これが、逆に墓穴を掘る結果になったのだが、値引問題などは、表面上の問題で、野党が別の筋から調査してみると、保育園の経営というよりも、園児への教育に宗教が関わっていて、そこにお金が絡んでいることが分かってきた。
問題の宗教団体と、総理大臣の癒着が問題になり、それまで磐石に思えた政権が、一挙に揺らぐ問題に発展していった。
しかも、その宗教団体は、子供といえども容赦なく、子供だからこそ分からないことであっても、処罰の対象にしてしまい、野党が調べたところでは、完全に人権問題にまでなってしまっていた。
国民の怒りはハンパではなかった。
まだ、談合や癒着程度であれば、ここまで大きな問題にはなっていなかっただろうし、国会で野党に追及されても、何とかごまかしてこれたが、今度は宗教が絡んでいて、しかも人権問題にまで発展していれば、一気に政権はピンチに陥った。
特に当時の政権与党は、人権問題や、子供の教育に対して、金銭的な援助や、人道的な支援などを公約にしていただけに、完全に国民は裏切られた結果になってしまった。
「一体、どうすればいいんだ」
オリンピック終了後であったこともあり、景気は頭打ち、そんな時に起こった政府の国民を裏切る行為。そうなると、現政権は風前の灯だった。
オリンピックを開催した政権が、オリンピック終了後に、オリンピック関係以外のことで破局を迎える。そうなってしまうと、景気の回復など、ありえるはずもなかった。
国民は、
「裏切られた」
という重いから、政府への憤慨しかなく、政権の放棄を求めた。
しかし、それが景気の回復を不可能にするための決定的な決断になってしまうことに気づいていなかった。
「あの時の国民は、自分たちで自分たちの首を絞めたんだ」
と考えていた政治評論家もいたが、そんなことを口にでもしたら最後、民衆から命を狙われる危険性もあった。下手なことは言わないに越したことはない。
その後を引き継いだ政権は、あっという間に分裂してしまった。
半年も持たずに衆議院は解散、総選挙となってしまった。
「どこが政権を取ったって一緒だよ」
誰もがそう思っていた。ただ、国民を裏切った政権にだけは投票したくないという思いもあったからか、投票率は最低だったが、政権としては、実に無難な党が政権を取ることになった。
政策面では、たいしたことを公約に上げているわけではなかった。ただ、クリーンな政治家が一番いそうなところだというだけで、別に目立ったところは一つもない。
「どうすればいいんだ?」
政権内で、そんな声も聞こえてきそうなくらいの頼りなさ、そんな政権に、景気を元に戻すことなでできるはずはない。
金森学園問題は政権が変わっても最初の方は少し問題になっていたが、忘れた頃には、本当に忘れられていて、誰も問題にする人はいなかった。政権がめまぐるしく変わる中で、本当に忘れられていたのかも知れない。
だが、一番深刻な経済面はどうしようもない。どうすればいいんだというのは、国民側のセリフだった。
政治はいくらクリーンであっても、実行能力や達成するだけの力がなければどうすることもできない。
あの時のインタビューで、女性の方が言っていたことが、そのまま事件となって現れた。その頃からインタビューしたレポーターは、
「俺の目に付いた人にインタビューすると、その予見が本当のことになるような気がするんだ」
と、嘯くようになっていたが、その言葉にウソはなかった。
彼の名前は岡崎という。
「岡崎さんは、どうしてそんなにインタビューする人が、将来を予見できると思うのですか?」
とカメラマンの人から聞かれた。
カメラマンの人は興味本位で聞いているだけだったが、的中していることで一番ビックリしているのは、当の岡崎だった。
「俺にも分からないんだ。だから、予見できたとしても、それを確定的な言い方にするようなことはできないんだ」
と答えた。
「でも、まるでカリスマインタビュアーのような言われ方をしていますよ」
「それは、本当に迷惑千万なことだ。俺には分かっているという自覚はあるんだけど、本当に当たっていた時、自分でもゾッとするんだよ。最初は当たったことを誇らしげに感じたものだけど、今はそれ以上に自分が怖い気がするんだ」
「やっぱり最初のきっかけは、あの時の金森学園をインタビューしたあの女性からなんですか?」
「ああ、そうなんだ。俺には彼女の存在が不思議に思えてならないんだ」
「どういうことなんですか?」
「最初は、まったく何も言わなかったのに、途中から入ってきただろう? その時は、『ほら来た』って思ったんだ。それまで言いたいことを我慢していたような様子が伺えたからね」
「私もそんな気がしていました」
「そうだろう? でも、話をしているうちに、俺が考えていることを、そのまま口にしているように思えて、それにビックリした。でもよくよく考えると、俺が考えたことではなく、彼女の雰囲気が俺に発想を抱かせていただけなんじゃないかって思うんだ」
「それって、まるでテレパシーのような感じですね」
「まさにその通り、俺はテレパシーなどということは、そう簡単に信じないんだが、その時は信じてもいいように思えてならなかった」
「信じたんですか?」
「ああ、信じたよ。信じなければいけない雰囲気だったからね」
「ひょっとして、その時、彼女と他の人には分からない会話のようなものがあって、その時に岡崎さんは、持っていなかったと思っていた能力が覚醒したのかも知れないと僕は思うんですよ」
「そんな考えもあるかも知れないな」
岡崎はカメラマンの言っていることにも一理あると思えてきた。
「岡崎さんは、その時の女性とそれから遭ったりしましたか?」
本当であれば、
「いや、ないよ」
と答えるべきなんだろうが、
「あれから別の場所でバッタリ遭って、それからたまに会うようにあったんだ」
と、正直に答えた。
きっと彼は好奇心から、いろいろと聞いてくるかと思ったが、
「そうなんですか」
と一言で終わった。
それ以上何を聞いても答えないと思ったからなのか、それとも、聞けたとしても、それは自分が考えていることと同じことだと思ったのか、岡崎はそれ以上何も言わなかったし、カメラマンも聞くことはなかった。
岡崎とその女性が再会した時、先に気づいたのは、彼女の方だった。最初はお互いに再会を驚いていたが、嬉しそうなのは愛梨の方だった。
「また会えて嬉しいわ」
というと、笑顔を向けてきたので、
「僕の馴染みのバーにでも行きましょう」
という岡崎の言葉に、断わる理由もなく、彼女はすぐに応じた。
彼女は名前を愛梨と言った。もうすぐ自分は死ぬんだという。
「どうしてそんなことを言うんだい?」
「おかしいですか?」
「ああ、おかしいよ」
と言いながら、岡崎は笑ってはいなかった。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次