なんとなく歪んだ未来
「ええ、今ではいろいろ調べる手段はあるから、ネットで見たりして調べてみたの。結構面白いお話が載っていたりしたわよ。さっきのロボット工学のお話も、ネットで調べたり、図書館に行って、参考文献をあさったりもしたのよ。結構面白かったわ」
「でも、どうして、浦島太郎のお話は、最後、おじいさんになったところで終わってしまっているってことになったんだろう?」
修の意見はもっともだった。
「それには、明治時代の教育制度に由来しているのよ」
「明治時代?」
「ええ、その当時、子供に教える内容として、本来なら亀を助けた浦島太郎は、報われなければいけないんでしょうけど、乙姫様から、『決して開けてはいけない』と言われた玉手箱を開けてしまった。そのことが、それまでの『いいことをした』という行いを、すべて無くして、『悪いことをした』ということにしてしまうという教育にしてしまったのよね」
「明治時代の教育がどういうものだったのか分からないけど、もし今だったらどうなんでしょうね? きっと社会問題になったかも知れないよね」
「そうね。でも、どっちが正しいかということを突き詰めると、結局分からなくなってしまって、結論は生まれないような気がするの。おとぎ話というのはどれを取ってもある意味難しいものなのかも知れないわね」
と愛梨は言った。
修も同じことを考えていたが、明治時代のあの時の判断は間違っていなかったのではないかと思うようになっていた。
「でも、浦島太郎って、玉手箱を開けなければ、科学者になっていたかも知れないというのは、私の突飛過ぎる発想かしら?」
と愛梨に言われて、
「実は僕も今、似たようなことを考えていたんだ」
と、修は答えた。
お互いの発想はきっと遠い距離にあるのだろうが、どんなに遠くても見えるものに違いないと思えた。それが会話によって、証明されようとしているように感じた二人だった。
インタビューの女
未来に対しての研究をしていた大出つかさは、自分が生まれた時代をあまり意識したことはなかった。つかさが生まれたのは二○二五年、東京オリンピックが開催されて五年が経っていた。
オリンピック景気に湧いたのは、オリンピックの前年だけで、それ以降は、深刻な不況に喘いでいた。元々時代としては、バブルが弾けてから、一度も好景気と呼ばれる時代を迎えることなく、オリンピック景気と言ってもたったの一年、すぐにその時にストックした資金は、底を付いてしまっていた。
「こんなことならオリンピックなどしなければよかったのに」
そんなセリフがあちこちから聞かれる。愚痴になるからあまり口にする人がいないだけで、インタビューされたりしてマイクを向けられると、堰を切ったように不満をぶちまける人が多かった。
それは当たり前のことだった。普段から人と関わることを嫌っている人でも、さすがにマイクを向けられると何かを言わなければいけないと思う人もいるようで、そんな人に限って、口から出てくるのは愚痴ばかりである。マスコミもよく分かっているので、マイクを向けるとさまざまな愚痴を言ってくれる人に寄っていく。
「今の景気についてどう思われますか?」
「何を当たり前のことを聞いているんですか? ろくなことがないもは分かっていることじゃないですか。景気がよくなっているのならまだ分かるけど、景気をよくするという安易な考えだけでオリンピックなんてやるから、どんどんひどくなってしまう。オリンピックが終わってからの開催国がどうなったかを見てみれば一目瞭然じゃないですか」
「なるほど、確かにそうですね」
「国家自体が破産した国だってあったじゃないですか。そんな状況を政府は何も考えていないんですかね。オリンピック開催が決まってからもいろいろな問題があって、ギリギリまで問題が山済みだったじゃないですか。本当であれば、その時にできるだけ貯蓄をしておくべきなのに、問題のために、結局何も貯蓄もできなかった」
「開催を優先したために、置き去りにされてきたことも多いでしょうからね」
「それだけではないと思いますよ。オリンピック開催のための体裁作りとして、せっかく反映している業界の締め付けをしてしまったために、せっかくのドル箱産業を行き詰らせてしまった責任は大きいでしょうね。何とか黒字だった産業を締め付けて法で縛ったために、立ち行かなくなって瞑れたお店もたくさんありますよね。これって国家や開催都市自治の罪なんじゃないかって思います」
「そうかも知れませんね」
「今から五十年以上前にあった最初の東京オリンピックでは、戦後復興から、爆発的な景気の回復が後押しになったからこそ、そこまでの惨状にはならなかったんですよ。土台も何もない時代に、オリンピックをやろうなんて、考え方がめちゃくちゃなんだ」
意見はどんどんエスカレートしていく。
本当であれば、このあたりでインタビューを打ち切るべきなのかも知れないが、この時のレポーターは止めようとはしなかった。
「なるほど、過去のオリンピックとの比較ですね」
そういって、どんどん相手の意見を煽っていこうとしていた。
「オリンピックというと、派手で経済効果が確かに見込まれるとは思いますが、その影で消えていく産業だったり、開催前の反動が大きかったり、開催するために巨額の費用を拠出して作ったスタジアムなどの施設を、開催後は、誰も利用しようとはしない。大会中にあれだけ盛り上がった競技場も、オリンピックが終わって一年も経てば、フィールドには苔が生え放題なんてこと、普通にありましたからね」
「そうですよね。せっかく作った国際競技場も、中にはオリンピック開催後には一度も使用されることなく廃墟のようになっているところもあります。維持するための予算もなく、子供の遊び場としても開放されない。まるで墓場のように思えるのは私だけなんでしょうかね」
そこまで話してくると、隣にいた女性も会話に入ってくる。二人はデートの最中だったのだろうが、男性がデートを忘れて愚痴に走ってしまったことで、女性はしばし忘れられた存在になっていたが、このままではいけないと思ったのだろう。どうするかと思えば、何と会話に参加してきたのだ。
「子供のことを考えると、私も少し言いたいんですよ」
と言って、少し間を置いた。
すると、さっきまで興奮して愚痴をこぼしていた男性が急に落ち着きを取り戻して、口を開いた、
「彼女、元々保育士だったんです」
なるほど、保育士であれば、子供の話になってくると、口を挟みたくなるのも不思議ではない。
「ちょうどあの時、金森学園の問題が国会で問題になっていたではないですか。最初は、建設費の問題だけだったんですが、途中から教育方針のことが問題になったあの事件を覚えていますか?」
金森学園問題というと、最初は、国家の要職にある人が学園の階層日を巡って、値引をするしないの問題が国会で追及されていたが、まさにその時、街はオリンピック開催前で、景気は少し上向きだった。
景気が上向きだったということもあってか、国会で問題にはなっていたが、内閣が崩壊するほどの問題にまではなっていなかった。
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次