なんとなく歪んだ未来
――これは信じないわけにはいかないな――
と感じ、自分が何を言っても、言葉として成立しないと思った。
だから口を開くことはなく、何も言えなかったと思ったのだ。
それが思い過ごしだとすれば、その時に言葉を口にしたのは自分ではない。自分の中にもう一人の自分がいて、愛梨に話しかけたのだ。
それが声として発したのかどうか分からないが、言葉は愛梨にしっかり伝わっていただろう。
――ひょっとすると、もう一人の自分というのは、建前の自分で、愛梨は建前の自分を相手にしていたのかも知れない――
と感じたが、その時に自分としての感情を持っていた自分は、まるで幽体離脱した状態から、その時の雰囲気を感じていたのではないかと思うほどだった。
――そういえば、同じような感覚になること、今までにも何度かあったな――
と感じたが、それはいつも逃げている自分であり、他人事としてまわりから見ている自分だったりした。
しかし、その自分の方が建前の自分で、本音の自分が表に出たことで建前の自分は、逃げの姿勢を取りながら、他人事の目をして見ていたのかも知れない。
愛梨が不老不死の話を持ち出したのは、たとえ話からであった。
分かりやすくするためなのかと思ったが、それはまるで自分に言い聞かせるためのものでもあるような気がした。
「私ね。最近浦島太郎のお話を思い浮かべることが多いの」
「浦島太郎って、あのおとぎ話の?」
「ええ、時々夢に出てくるくらいなのよ」
「愛梨が乙姫様で、僕が浦島太郎なのかな?」
「そうじゃないの。私が玉手箱を貰う方」
愛梨は自分が浦島太郎になったと言いたいのだろうか? 愛梨は続けた。
「でも、あくまでも見ている私はまるで映画を見ているように、表から全体を見ているのよね。だからストーリーには決して参加することはないの」
「夢というのは、そういうものではないかと僕も思っているよ。やはりそれは夢だったんだろうね」
当たり前のことを言ったが、別に恥ずかしくはなかった。いつもだったら、
――こんなありきたりの建前のようなこと、言うはずなのに――
と思うはずだったが、その時は真剣に愛梨の顔を見て、そう感じたのだ。
「不老不死なんて、私は信じていないの。『生あるものは、必ず滅びる』という考え方は私にもあるのよ。でも、その後がどうなるのか、まったく分からない。宗教だったら、『肉体は滅んでも、魂は生き残る』って言われるでしょう? じゃあ、その魂ってどうなるのかしらね? 永遠に行き続けるのだとすれば、過去からずっと死んだ生まれるだけ生まれて、後は死ぬと魂になる。つまりは、魂だけがどこかの世界で増え続けるということでしょう? 何かおかしな気がしませんか?」
「そうだね。だから、『輪廻』なんて言葉が生まれてくるんでしょうね。人は死んで魂になる。そして、その魂は、いつか生まれ変わるという考え方だね」
「ええ、その時には、それまでの記憶は完全になくなってしまっていて、新しい人間として人生を歩む。そう考えるのが一番しっくり来るのよね」
「でも、その考えはあくまでも人間の側に立って、前提として、『肉体は滅んでも、魂だけは生き残る』という発想からきているんだよね。だから、その前提が崩れれば、すべての発想は空砲に帰すということだね」
「人は生まれれば必ず死ぬものだというのも、大きな前提よね。まずはそこから何じゃないかしら?」
「その通りさ。人間は死んでからどうなるか? ということを考えて、一番しっくり来る考えがこれだとすると、いろいろな宗教もあるけど、元は一つなのかも知れないわね」
「その考えは前からあるのよ。いろいろな宗教があるけど、その原点は同じのよよ。ただ、途中からいろいろな派生がある。例えば、宗教によっては神様だったり、仏様だったりする。戒めも微妙に違っているし、偶像崇拝などで分かれた宗教もあったりするじゃないかな?」
「今まで歴史の中で、数えられないくらいの戦争や紛争があったけど、そのほとんどは宗教がらみの戦争だったりするから恐ろしいよね」
「でも、何かを真剣に信じているから少しでも違う宗派が存在するのを許せないというのも、人間臭いって思えるんじゃないかしら? でも、そのために不幸になった人を救うのも宗教で、この世で掴めなかった幸福を、次の世で掴もうという思いから、『いかにこの世を生きるか?』という発想を持った宗教も生まれてくるのよね」
「人間の立場や階級で宗教が違うというのも皮肉なものだな」
「でも、元々は一緒だったんだって思うと、紛争が絶えないのも分かる気がする。助けてくれるはずの宗教が、立場や身分を作ってしまい、平等ではなくしたのだから、宗教がいくつもできるのも分かる気がするの」
修と愛梨は宗教の話に花が咲いてしまった。
元々は不老不死のはずだったのだが、不老不死という考え方がどこから生まれてきたのかが疑問だった。
不老不死という考え方は、別にそんなに難しい考えではないと思うかも知れないが、人が生きているという意味を考えていくと、本当に不老不死などというのが存在できるのかという発想に行き着いてしまう。
理論的には無理ではないとしても、倫理的にどうなのだろう?
例えば、ロボット開発という意味で、理論的には無理ではないとして、倫理的に無理ではないかと思える発想を、修は持っていた。
今まで誰にも話したことのない発想だったが、この機会に愛梨に話してみようと思ったのは、愛梨と話をしていて、今まで誰も分かってくれそうな人がいなかったのに、
――彼女になら分かってもらえるかも知れない――
と感じたのが、その理由だった。
「以前、ロボットやサイボーグについての小説を読んだことがあったんだけど、その時に興味を持った話をしていいかい?」
修は、話の内容を変えることに理解を求めた。
「ええ、いいわよ。私もロボット工学のお話には少し興味があるの」
という愛梨を見ながら、
――ひょっとすると、僕よりも詳しいところまで知っていて、発想も深いところにあるのかも知れないな――
と感じていた。
「僕の読んだ小説は、かなり昔に書かれたもので、ロボット工学についての話だったんだけど、結論として、ロボット工学という発想は、突き詰めれば突き詰めえるほと、矛盾を孕んでしまうのではないかということだったんだ」
と修がいうと、
「確かに私もそれと同じことを考えていたわ。いわゆる『ロボット工学三原則』というものね」
「ああ、でもそのロボット高額三原則というのは、学者の研究の中で生まれたものではなく、小説のネタとして考えられたものがまるで学説のように語られてきたんだよ。それを思うと発想なんて、どこから生まれるか分からないという気分にもなるよね」
作品名:なんとなく歪んだ未来 作家名:森本晃次