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短編集9(過去作品)

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瞳の中の女



                瞳の中の女


「洋二、今日皆で呑みに行くんだけど、お前も来いよ」
 会社の終業時間、約三十分前に、同僚である山中から誘いを受けた桜井洋二の表情は、それこそ苦虫を噛み潰したようだった。
「おい、やめとけ、桜井を誘ったってどうせ来ないよ」
 口を挟んだのは先輩だった。それを聞いて山中の表情に含み笑いがあったのを洋二は見逃さなかった。
 先輩の言葉が助け舟でないことは洋二が一番よく知っているが、とりあえず苦笑いするしかないのだ。
 もちろん二人ともそのことを分かっていて誘っている。昔はそれでも誘われるといつもついていった洋二だったが、元々話題性に乏しく、会話に入っていけないことほど辛いものはないということで、自然に参加しなくなった。だが、それが洋二の計算ずくであることを誰が知っていただろう。それだけに先輩の皮肉や、山中の含み笑いも苦にならないのである。
 いや、それどころか、欺いているのは自分だという優越感すらあり、心の中で一人ほくそえんでいた。
 桜井洋二という男、仕事ができるということもなく、かといって失敗ばかりというわけでもない。会社内でも発言はほとんどなく、なるべく自分を目立たない位置に置いておこうという意志をはっきりと持っているのだ。
 社会人として、それが決していい性格だとは、さすがの洋二も思っていない。
 スーツやネクタイなども無難なファッションで、これといって特徴もない。顔の作りがそれほど悪くないのだが、どうしても会社の態度から顔も地味に見え、聞こえが悪いが、会社の中での「石ころ」のような存在と言ってもいいかも知れない。
「桜井さんって、趣味とかあるのかしら?」
「無いんじゃないの? あったとしても切手集めとか、模型集めとか、どうせ地味なことだわ」
 女性事務員の噂があったとしてもその程度のことである。もっとも噂されなくなったら終わりという「終わり」の一歩手前まで来ているのかも知れないが……。
 しかし、そんな洋二にもう一つの「顔」があることを誰も知らないだろう。
 少なくとも会社の人間に悟られるようなヘマなことをするはずもない洋二の本当の性格は、計算高い男であった。
 計算高いといっても打算的ということではなく、後先をしっかり考え、自分の立場をわきまえた上で、しっかりと行動するということである。そう、なかなかの「したたか」者である。
 それをいいことに使えばよいのだろうが、彼の場合はお世辞にもいいこととは言いがたい。それは洋二本人にも分かっているのか、会社の人間に悟られるような真似だけはできないと自覚しているのだ。
 会社を出ると、家まで直行で帰る彼は、そのまますぐに着替えに入る。
 会社から家までの間に、携帯に入っている留守番電話や、メールをしっかりチェックすることに余念がないが、かなりの数であることは否めない。しかもそのほとんどが女性からのものである。
 それを見ながら帰宅するのだが、この時間帯が彼にとって一番の至福の時なのかも知れない。知らず知らずのうちに顔が綻んでいることを何度自覚したことであろう。
 何とも言えない優越感が彼を襲い、心の中で女性に対して優位に立つ自分を想像する。メールを確認しながらその女性と最後に会った時のことを思い出しながら、読み込んでいく。
 洋二は自分がプレイボーイであることに、自分自身の中だけで満足している。
 もちろん複数の女性と付き合っていることは女性陣は知らないことだし、男性陣には目立たない自分の顔を見せている。これほどまでに二面性を持てることが自分の長所だと思っている。
 もう一つ自分の特技としての長所を洋二はこう分析する。
 これだけたくさんの女性と付き合っていながら、すべての女性の特徴はもちろんのこと、誕生日や口癖、ベッドの中での行動まですべて把握していた。だからこそ携帯メールを確認しながらでも一人一人の女の顔が目に浮かび、最後に会った時のことをしっかり思い出すことができるのだ。そうでなければプレイボーイは務まらないだろうし、どこかでボロが出る。
 ボロが出るということで言えば、彼はもう一つの信念を持っている。
 それは女性陣すべてが平等であるということだ。
 その中の一人にでも特別な感情を持ってしまえば、プレイボーイとしての自分も終わってしまうと思っている。付き合っている女の中には、さすがに頭のいい人もいて、たぶん、洋二が遊びで付き合っていることを分かっていながら、自分も割り切って付き合おうと思っている人もいるだろう。しかし大半は洋二が自分に対してだけ誠実で、裏切らないと真剣に思い込んでいる女性ばかりである。
 もちろん洋二もそんな女性を騙すというつもりはない。それだけに彼女たちに金銭的な負担を掛けることなど絶対になく、皆平等に自分の愛情を分け与えてあげようという考えである。自分勝手な発想であるが、少なくとも女性を騙しているという実感は洋二にはない。
 そんな中であっても洋二にとって負担が掛かる女性もいる。
 元々恋愛から深く入らないタイプの女性を選んで付き合っているが、中には結婚を真剣に迫ってくる女性もいたりする。
 それは付き合っていて洋二にも分かることで、さりげなく別れを言い出すが、プレイボーイの洋二にとっても、それは少し辛いことかも知れない。
 洋二が付き合う女性のほとんどは、彼に多くを求めようとしない。洋二に対して誠実ではあるが、お互い相手を詮索せず、負担を掛けないということが前提で、それが暗黙の了解として存在することが、洋二の洋二たる存在があるのだと自分で思っている。
 それだけに最初が肝心で、プライバシーの尊重を大切にする人間だということを印象つけることを大切にしている。
 洋二にとって、実際のプライバシーも大切だった。
 彼は写真という立派な趣味を持っている。しかもその腕はプロ級であり、休みの日などのプライベートでは真剣な彼の表情を見ることができる。普段しか知らない人たちが、ファインダーを覗いている洋二の表情を見ても、最初は誰か分からないほどではないだろうか。
 彼の作品は何度もカメラ雑誌に掲載されていて、本来ならば、カメラだけでも食っていけるのかも知れない。しかしどうしても芸術家になり切れない洋二は、サラリーマン生活を捨てることもできず、二足のワラジを履いているのだ。かといって自分に自信がないわけではない。それこそ彼の計算高いところかも知れない。
 サラリーマンとしての自分があるから、カメラだってできるんだ。
 と考えている。確かにカメラだけに専念するのは今の不景気の時代に怖いことだ。それだけに計算高い彼としては当然のことだが、そのあたりが真の芸術家ではないのだろう。
 それだけにカメラをしている彼の姿を知っている者は、本当に限られている。会社の人間でもごく親しい人か、学生時代からの古い友人くらいで、付き合っている女たちはまず知らないはずである。別に話してもよいのだろうが、謎のままにしておいて話の中に軽いエッセンスとして折り込んだ方が、自分を知的に見せるという点で効果が出るだろうということを熟知している。それが計算高いと自負している点でもある。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次