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短編集9(過去作品)

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 何度そう感じたであろう。しかし自分でそう感じながらまわりを見ると、結構人に気を遣いながら仕事をしなければならない人を見かける。どうしても、そういう人に目が行ってしまい、それがサラリーマンの宿命であり、一番辛いところでもあるのだ。
――少し気が楽になってきた――
 そう感じるようになると不思議なもので、今まで行きたくなくて仕方がなかった会社でも、何とか足が向くようになったのだ。だが意外と会社にいない時間帯の方が余計なことを考える分、精神的に不安定かも知れない。それが朝の出勤時の不確定な精神状態であったりする。

 今まで会社の中で気にもしなかった女性陣、田山のこともあり、それどころではなかったのだが、どうやら私がみゆきを好きだと感じ始めた時、その時すでに他の人たちにも分かっていたかも知れない。
 どうしても自分の気持ちが無意識であっても顔に出てしまう私は、顔に出さないまでも視線はずっとみゆきを捉えていたようだ。いつも呑みに連れて行ってくれる先輩からそれとなく言われたのだが、それまでまったく気付かなかった私は驚いてしまった。まるで「何でもお見通しだよ」と言わんばかりの先輩の顔を見ていると顔から火が出そうだった。
 田山のことで愚痴をこぼすことがなくなったある日、先輩に呑みに誘われた時のことであった。
「君の態度が悪いと言うわけではないが、好きなんだろう?」
 先輩の表情は飲んでいるとはいえ、真剣に思えた。私がただ考えていて何も返答をしないのを見ると、
「彼女もたぶん君のその態度に気付いているんじゃないのかな? それならそれで話しくらいしてあげないと何となくギクシャクしたままになってしまうぞ」
 と忠告してくれた。
 どうやら先輩はだいぶ前から私の態度に気付いていたらしく、まわりから見ている者ですら感じるのだから、本人はもっと前から気付いているかも知れないというのが先輩の言い分なのだろう。
――もっともなことだ――
 考え込むようなことではない。私の気持ちはやっとではあるが、固まりつつあったからだ。
 私の性格は、まわりは皆周知のことらしい。元々喜怒哀楽を隠すことをしないタイプなのでそれは分かっていたが、それでも人から忠告や指摘をされると、ドキッとするものである。
 喜怒哀楽を隠すことは好きではない。これは小さい頃からのことであって、なぜ自分の気持ちを押し殺そうとするのか、その方が理解に苦しむ。
 母親が結構社交的で、私が小学生高学年くらいになってあまり手が掛からなくなった頃から、次第に近所の主婦たちと親密になっていった。元々話すことが好きだったようで、話題収集のために、暇を見つけては雑誌やテレビなどを使ったりと、努力も惜しまなかった。
 しかし、却って内輪で固まるということに執着したのか、父親や私が介入することをひどく嫌うようになった。今であれば、自分の世界を確立したいという母の気持ちもよく分かるが、何しろ少年時代の私にそこまで頭が回ることがなかったので、どうしても自分の中でストレスとして残ってしまった。
 少し体調を崩した時期があったであろうか?
 最初、自分でもその理由がはっきりとは分からなかった。しかしそれがストレスからだと分かってくると、
――ストレスを溜めるほどバカなことはない――
 開き直りにも似た感覚だったが、確かに自分の気がつかないところで溜まっていくのがストレスである。溜めないようにしても自然と溜まることもあるのだから、溜まるようなことは絶対に避けようと思ったのも至極自然だったのかも知れない。
 無意識ではあるが、喜怒哀楽を表に出すような性格になったのは、そのあたりからに違いない。
 そんな私だったが、さすがに好きな人のことはなるべくまわりに悟られないようにしようと考えていた。喜怒哀楽とはまた違った感覚ではあるが、例えば彼女と廊下ですれ違った時でも、表情をくまなく観察しているのかも知れない。
 彼女のすべてを知りたい。
 そう感じ始めているのかも知れない。
 そばにいる時に彼女の表情を見逃すことは実にもったいないことだ。
 もし目が合ってしまえばどうしよう。
 という思いもあるが、見逃すことの方が私には辛いことだった。
 これが恋の始まりかも知れない。
 そう感じたのは、先輩に言われた言葉からだった。
「谷村さん、今度よかったら映画でもご一緒しませんか?」
 何ともありきたりな「お誘い」である。しかしこれだけのことを言うのに、頭の中でどれだけのセリフを考え、シチュエーションを考えたか……。思い立ってからこれだけのセリフを言うまでに数日を費やしていた。
「ええ、ご一緒いたしますわ」
 一生懸命考えて、結局ありきたりなセリフになったわりには、彼女からの返事は予想通りだった。承諾してくれるとすれば、たぶんこのセリフしかないような気がしてきた。
 彼女の返事を聞いてからの私は、完全に違う世界に入ってしまった。今までとは確実に違う世界、予想はしていたが、今までいた世界とは目線が違う。まるで十センチは背が伸びたような気がするほどで、その違いは学生時代の一年間に相当するような気持ちだ。
 学生時代の一年というのは、社会人になってからの一年とは明らかに違う。感受性の強さ、まわりへの好奇心、そういったものが序実に刻まれる毎日だったからだ。
 今から思えば一日一日は短いものだったような気がする。それが一週間、一ヶ月と単位が広がるにつれ、長さを感じるようになってくる。それだけ、一日で吸収できなかったことがまとまった期間で一気に吸収できてしまうのだと思う。その中で自分の成長というのが大きく影響しているはずで、当然、伸びてくる身長によって違ってくる目線の高さも意識しないまでも影響が大きかったのかも知れない。
 中学、高校と私は男子校だった。
 まわりの友達が似たような髪形で、近くの女子高の女の子と付き合っているのを見てきたが、自分にはマネができなかった。いや、しようという気がなかったのだ。
 学生時代から私には変な「こだわり」があった。
 いくら女の子にモテたいからといって、みんながみんな同じような髪型をして同じようにつるんでいることに違和感があったのだ。その中に「個性」というものが感じられず、まるでその他大勢の中で行動する自分を思い浮かべたくなかったのだ。本当はただの偏見だったのかも知れない。たぶん、そうなってしまうと自分が自分でなくなってしまうというくらいに考えていたからだろう。
 真面目で勉強ばかりしている学生、そんな面白くもないイメージが私の中にはあった。それは自他ともに認めていたことだった。
 そんな私が変わったのは、大学に入ってからだろうか?
 華やかなキャンバス内で、さすがに最初は自分の居場所が見つからず、気後れした感があったが、気さくに話しかけてくれる友達が多かったことが、私に自信を持たせてくれた。確かに華やかではあったが、入学してきた学生のほとんどが、一生懸命に友達を探していることに気付くと、気が楽になってきたのだ。
 最初に友達も多く、気さくで楽しい性格だとまわりに認識させてしまえば、自然と自分のまわりに友達が寄ってくる。
 これが私の結論である。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次