短編集9(過去作品)
私は夢を見ることが多いが楽しい夢を見る時と、不快な夢を見る時と、半々くらいかも知れない。不快な夢を見る時は、体中から汗が吹き出し、起きてからもそのベタベタで気分も萎えてしまうが、楽しい夢を見た時は、喉の渇きはあるのだが、それも冷蔵庫を開けて飲むミネラルウォーターのおいしさが夢のすべてを思い出させてくれるようだ。もちろん一瞬なのだが、その瞬間を待っているかのようだ。
今日の夢は最高だった。
それには理由があり、この間好きな女性をデートに誘いオーケーをもらったことから、最高な夢を見たとしても当然のことである。
親戚から、テーマパークの券を二枚もらった。誰か知り合いと行けばいいと言われてもらったのだが、思い浮かぶのは一人しかいなかった。
谷村みゆき。
彼女は会社の同僚であるが、三年前の入社時からずっと同じ部署で勤めていて、入社式の時からずっと気になってきた。
――同じ部署になれればいいな――
そう漠然と考えていたが、思いは通じたのか、何人かいた女性事務員の中で彼女だけが同じ部署に配属となった。
しかし彼女は私のそんな思いを知っているのだろうか?
どうしても会社内では女性が固まり、休憩時間など給湯室から会話が聞こえてくるのだが、みゆきの声はほとんど聞こえてこない。いわゆる「お局さま」一人が喋っていて、中堅OLがそれに合わせる構図が出来上がっている。そんな中でみゆきはほとんど寡黙だった。
しかし最近のみゆきはそんなOL仲間に入ろうとしない。
いつも一人でコーヒーを入れ、さっさと自分の机まで運び仕事を続けている。休憩もできないほど忙しいというわけではないのだろうが、最近頼まれごとが多くなったのも事実のようだ。何しろ今までOLだけで固まっていたので、男性社員の頼みごとはどうしても「お局さま」経由となるため、頼みにくかった。しかし、みゆきがそんな中から抜けることで「これ幸い」にと皆の頼みごとが集中する。それを嫌な顔一つすることなくこなしていくみゆきも立派である。
「彼女はいいよな、気さくでかわいくて」
「谷村さんか? 彼女は頼みやすいね」
そんな声が男性社員から聞こえてくる。
それを私は複雑な思いで聞いていた。
彼女に人気が集まるのは分かっていた。皆と私も同意見である。彼女の話題が出るといつも私はどうリアクションしていいか分からないでいる。もし彼女のことでリアクションを大きくすれば、まわりから自分の本音を見抜かれるだろうし、かといって聞き流すのも辛さを感じる。
最初はそれほどでもなかったが、複雑な自分の心境に気付き始めて、私が彼女を入社以来、無意識とはいえずっと気にしていたことを今さらながら自覚したのだ。
私は入社してしばらくみゆきと話をしたことはなかった。
同じ部署の仕事であっても、どちらかというと、それほど連絡を密にしないといけないわけでもなく、挨拶程度で会話にもならない内容だった。
気付く前はもちろん意識などなく、他の事務員と変わらぬ挨拶だったが、一旦気がついてしまうと、彼女の方の態度まで、まるで私を意識しているのではと、過敏に反応してしまっていた。
そんな私に彼女は気付いているかも知れない。
そう感じ始めたのは、皮肉なことに、私の苦手な天敵ともいえる田山が入社してきてからのことだった。
田山はあまりにも冷静に振舞っている。会社では男性であろうが、女性であろうが、先輩後輩関係なく、敬語を使うか使わないかだけで、人に気を遣うこともせず、実にクールである。気にしなければそれでいいのだろうが、女性の中にはそんな田山に興味を持つ者もいるようで、その一挙手一動をじっと見続けている人もいる。
確かに私も最初は気にもならなかった。しかし、あまりにも冷静すぎて暖かさを感じないためか、気にしないでおこうと思えば思うほど気になってしまう。
特に私のように、自分から性格をオープンにしたいタイプの人間にはどうしても田山のような行動は理解できず、知らず知らずに見つめている自分に気付き、びっくりしてしまったことが何度あったであろうか。
いつも背筋を伸ばし、表情を変えることなく仕事する姿は男性の私が見ても凛々しいものだ。なるべく自分もああなりたいと思った時期もあり、ひょっとして今も心の底で、そう思っているかも知れない。
しかし、そんな田山に対し、私自身がどうしても許せないところがある。いや、自分もああなりたいと思っている田山だからこそ、許せないのかも知れない。他の人だったらそれほど気にならないようなことが、私は敏感に察してしまう。
確かに田山は人に対してあまり気を遣うタイプではない。それが人によっては潔いと思うかも知れないし、私自身、変な気の遣われ方をされると嫌な方だ。最初の頃の田山は潔いタイプの性格で、それほど気にならなかったのだが、事あるごとに人に対して注意を始めた。
言っていることは間違っておらず、至極当たり前のことなのだが、厭味にしか聞こえなかった。
最初の頃は「なぜだろう?」と感じ、何となくストレスは感じるが、正当なことなので素直に聞いていた。しかし厭味に聞こえる理由が分かってくると、そうも行かなくなってきた。
どうして、最初からそのことに気付かなかったのだろう?
と、自問自答をしてみたが、やはり自分が間違っていると思った瞬間から、すべて自分が悪いと思いこんでしまう性格に起因している。それがいいか悪いかは意見が分かれるところだが、私自身の性格なので、それも仕方のないことだった。
厭味に聞こえる理由、それは人に言うだけ言って、自分から行動しないことにあった。それも上司であれば仕方がないと思う。しかし少なくとも田山よりは私の方がこの会社では先輩なのだ。
年齢的に言えばそれほど変わらない。だとすれば、やはり私に指示をするのであれば、自分から動くなりしてしかるべきではないだろうか?
そう感じてくると、もう彼の話は厭味にしか聞こえない。
私は考えていることがすぐに顔に出るタイプらしい。もちろん、行動にも出るだろう。なるべく悟られないようにしようとすればするほどまわりには分かるもののようで、たまに先輩からなだめられることもあった。
「おい、気持ちは分かるが、あまり態度に出さない方がいいぞ」
「はい、分かってますけど……」
周りに対する自分の態度に、私が気付いていることを知っての先輩の忠告である。もし私が自分を見失っているような状態であれば、さすがに先輩もそういう注意をしてくれないだろう。その先輩は、よく私を呑み事にも誘ってくれ、仕事以外のことでも気軽に話し合える仲でもあったのだ。
「まあ、年功序列か、会社の在籍年数かという問題はなかなかデリケートだからな。仕方のない面もあるが、あまり気にしない方がいいぞ」
これが先輩の言い分である。
しかし私が田山を気にするのは、やつの態度が露骨なところにもあるのだ。
それは私にしか分からないことであって、口で一番説明しにくいところでもある。確かに彼の言うことは正論で、それは認めざる終えない。それだけに私にストレスが集中するのだ。
――なぜ私だけ、こんなにストレスを溜めなければならないのだ?
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次