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短編集9(過去作品)

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――ヘビに睨めれたカエル――
 この表現がピッタリだ。背中にじんわりと掻いた汗の気持ち悪さを今でも思い出すことができる。
 だが普段のみゆきは私に従順だった。
 人数でいる時は賑やかで目立ちたがりなみゆきも、私といる時にでしゃばるようなことはなく、必ず私を立ててくれる。普通に付き合っている分にはこれほど付き合いやすい相手など居ようはずもないと思えるくらいである。
 しかしいつ頃からであろうか、みゆきの態度に変化が見られ始めた。
 最初はそれに気付かなかった私だが、一旦気付いてしまうとどういう態度をとっていいのか判断に悩み、自然と口数が減っていった。
 何よりも今までが至れり尽くせりだったこともあり、初めて見せるみゆきの冷たい態度に私が戸惑ってしまったのだ。
 冷静な態度はいつもと変わらないので、最初は分からなかった。
――みゆきの態度に間違いはない――
 とまで思っていたこともあり、みゆきから何も言われない限り、二人の関係に問題はないのだろうと思っていたのだ。まさか寡黙になり、「冷静」が「冷徹」になるなど想像もつかなかった。
 そんな時、久しぶりに街で会ったのが逸子だった。
 どちらが先に気付いたのだろう?
 私が気付いた時はすでに笑顔だった逸子だが、表情が変わりつつあったことから最初は驚いていたように思えた。
「あら、久しぶりね。お元気だった?」
 口を開いたのは逸子の方が先だった。気がつけば顔が綻んでいたが、私の表情の変化に逸子は気付いたであろうか?
「うん、君は?」
「ええ、元気よ。最近連絡くれないから、どうしたのかと思ったわ」
 思わず口元に視線が行った。相変わらず口紅などをつけていなかったが、ルージュで濡れた唇に何処となしか大人の色香を感じる。
 甘いイチゴのような香りを思い出していた。しかし今の彼女にイチゴの香りが似合う気がせず、目を瞑るとみゆきの時に感じた柑橘系の香りが漂ってくるようだった。
 その日は小春日和で暖かい風が吹いていた。その風に乗って漂ってくる香りは紛れもなく柑橘系のものだった。
――錯覚なのだろうか?
 小春日和であれば、それこそ甘い香りが漂ってきそうなのに、香ってきたのが柑橘系ということは、錯覚ではないだろう。
「いやあね、唇ばかり見てどうしたの?」
 以前の逸子なら、そんな言葉が漏れてくるはずがなかった。よく言えば気さくな態度なのだが、相手が逸子なだけに馴れ馴れしささえ感じる。
 言葉の出てこない私を尻目に苦笑いをする逸子に大人の魅力を感じる。態度とは裏腹に妖艶な雰囲気を漂わせる逸子は、今までと違い色々な表情を持っていそうだ。
――綺麗になったな――
 そう感じたが、本当に綺麗になったのだろうか?
 ひょっとして今までその美しさに気付かないでいるだけではなかったかという思いも否めない。
 逃がした魚は大きいというが、まさしくそうかも知れない。こんなに身近にいた女性の美しさに気付かないなんて何と迂闊だったのだろう。いや逆に身近すぎて見逃していたのかも知れない。「灯台もと暗し」とはこのことだ。
 そういえば最後に話をしたのはいつだったのだろう?
 どんな会話の内容だったかはもちろん、その時の心境を思い出すのは困難だった。
 最後に話をした時も、私の心の中にみゆきの存在があった。それを考えると、そんなに前ではなかったはずだ。
 今、私はみゆきに疑問を持っている。
 付き合い始めて感じたことがなかった不安に苛まれながら、それが日々大きくなるのをどうすることもできずにいた。そんな時現れた逸子との出会いは、本当に偶然なのだろうか?
 偶然で片付けるにはあまりにもタイミングがよすぎる。私の心の隙間を埋めて余りある逸子の出現に、みゆきへの気持ちを奥へ追いやろうとする意識が働いていることに私自身で気付いていた。
「まさと、あなたは今幸せなのね。それはよかったわ」
 と言ったこのセリフ、私にとっての幸せとは何であろうか?
 私はこの時、頭をフル回転させ、「幸せ」という言葉の定義を一生懸命に考えていた。
 だが考えはまとまらない。堂々巡りを繰り返すばかりで、肝心なところに近づくと靄が掛かったように、また出発点に逆戻りしてしまう。
 頭の中に二人の女性が存在し、共存できないはずだと分かっているので、お互いが打ち消しあっているように感じる。それも頭が堂々巡りする理由のひとつに違いない。
――結論が出るはずのないものを必死に追いかけているのだろうか?
 その思いも否めない。それだけみゆきに対して抱いた想いは複雑だったのだ。
 なぜそこまでみゆきの心に執着するのか考えあぐねていたが、今となっては永遠に封印してしまうことは仕方のないことだと思っている。
――消そうとしても消えない存在――
 今の私にとって、みゆきはそんな存在だった。
 だが、逸子にもそれは言えるのだ。
――逸子とは絶対に離れることはない――
 そう感じているが、それが私にとっていいことなのか悪いことなのか分からない。しかし私が「幸せなのか」と言った他人行儀なセリフに少なからずの動揺が走った。
 最初にそのセリフを聞いた時はピンと来なかった。そんな遠まわしで曖昧な言い方を逸子が私にするなど考えられなかったからだ。しかしその時、顔に浮かんだ含み笑いは微妙で、明らかに今までの逸子の表情ではない。
 寂しそうな表情なのだが、内に閉じこもったような表情ではない。どちらかというと何かを訴えるような目をしていて、そこに哀れみのようなものを感じたことから、印象に残ってしまったのだろう。
 いつも私のことを分かってくれていると思っている逸子の行動はある程度想像がつく。しかし今日の逸子は何か隠し事でもあるのか、会話も考えながらで遠回しのような気がする。
「あなたの行動パターンは手に取るように分かるわ」
 そう言ってうそぶいていた逸子の顔を今でも思い出すことができる。
 あれは小学校の頃だっただろうか?
 元々いじめられっ子だった私はいつも学校の帰りに公園によって、ブランコに乗ることにしていた。それも日が暮れる直前が多く、遊んでいた連中が皆帰ってからこっそり行くのだった。
 薄暗い街灯が点在する公園で、ブランコはライトアップされていた。誰もいない公園でライトアップされたブランコに揺られていると、何となく気分が晴れてくるから不思議だった。
 いつ頃からであろうか、そんな私に逸子は付き合うようになった。もしこれが他の人だと、
――せっかくの一人の時間を邪魔しやがって――
 ということになるのだろうが、逸子相手だと落ち着いた気分になれるのだ。
 別に何かを話すというわけではない。ただブランコに揺られながら正面を向いて漕いでいるだけである。前後の動きが違うことで逸子の後ろ姿が見える以外は、ほとんど暗くなった公園を漠然と見ているのである。
 そんな時、いつも口にするのが「私の行動パターンが手に取るように分かる」という言葉だったのだ。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次