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短編集9(過去作品)

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 見つめられ我に返るのだが、そんな時の逸子の潤んだような目にドキッとさせられる。
 心の中では悪いと思いながらも、その言葉に甘えている自分がいるのも事実で、心の葛藤が却って逸子との間をぎこちなくすることさえあった。
――しばらく逸子と距離を置いた方がいいのかな?
 そう感じた時に現れたのがみゆきだったのだ。
 みゆきは、どちらかというと引っ込み思案なところのある逸子と違い、活発な女性だ。若さに溢れていて、躍動感に満ちている。気さくに話ができ、遠慮なく言いたいことが言える雰囲気がある。
 確かに逸子とも気軽に話ができるのだが、それは小さい頃からお互いを知り尽くしているからであり、お互いの知らない状況に陥った場合、却って会話がなくなり、ぎこちなさが増すかも知れない。
 昔から知り合いだったような気は、みゆきにも感じていた。私の知らないタイプの女性で、ひょっとして自分が憧れていたタイプの女性なのかも知れないと感じると、夢で出会っていた気がしてくるのだ。
 そういえば小学校の頃、活発な女の子が気になる時期があった。
――これが私の初恋では?
 と思った時期もあり、気がつけば目でその娘を追っている自分がいる。
 小学校の頃から好きな娘が現れては、気持ちの中で盛り上がることもなく消えていくことが多かった。
――この間までのあの熱烈な気持ちは一体何だったんだろう?
 自問自答を繰り返すが、結局のところ、
――私のそばにはいつも逸子がいる――
 と、納得して終わりだった。
 みゆきと出会ったのはバイト先だった。
 彼女はバイト先の事務員さんで、電話応対からバイトの世話まで事務所をところ狭しと動き回っている。他にも事務員はいるにはいるが、他の人は皆ある程度の年配で、中にはお局様とおぼしき人も見かけた。
 倉庫で肉体労働をするバイトにとってみゆきの入れてくれるコーヒーは、まさしく砂漠のオアシスだった。
 私の他にバイトは何人かいるのだが、そんな中で彼女の視線を一番感じていたのは私だったような気がする。
 最初こそ安らぎだけだったが、
――この胸の鼓動は何だろう?
 と、初めて女性に見つめられるとドキドキすることを肌で感じたのだ。
 まさしく逸子と一緒にいては感じることのできないものだった。
 私は逸子を女性として見ていたはずだ。しかしその逸子と向かい合っていて感じることのできない心のときめきを一旦感じてしまうと、ますます逸子を遠ざけたい気持ちになってしまう。
 もちろん無意識ではあるが、そんな自分がどうにも分からないでいる……。
 季節は冬だった。
 クリスマスも近づいた頃であり、どこの会社も忙しい。もちろん逸子の会社もご多分に漏れず、私と会っている暇などないほどだったであろう。
 もしこれが他の時期であったら、逸子からも何らかの連絡があり、私自身心の迷いを生じたかも知れないが、幸か不幸か逸子から連絡がなかったことは、さらに私をみゆきに対し、一途さを植え付けるために好都合だったようだ。
 お酒を呑む機会というとそれまでは合コンなどの数人で行くことが多かった。しかしみゆきと知り合ってからデートの後には必ず呑みに行くようになった。それはスナックであったりバーであったりもするが、たまには居酒屋の時もあり、私の今まで知らなかった世界をどんどんと教えてくれた。
 みゆきとのデートはいつも新鮮だった。
――逸子とだったら、こんなロマンチックな演出にはならないな――
 まさしく至れり尽くせりで、デートコースはいつも「おまかせ状態」だった。
 最初の頃は気付かなかったが、よくよく考えてみると逸子と比較していたような気がする。もちろん無意識にである。女性を比較するなど私のポリシーに反すると思っているのだが、逸子といることをデートだと意識したこともないのに、おかしなことだった。
 みゆきは細かいところに気がついてくれた。それが意識して分かるのが私にはうれしかった。逸子とはあまり意識なく付き合えたのだが、幼なじみの域を超えない以上、それ以上の感情が浮かぶわけもなかったのだ。
 私の初体験はみゆきだった。
 その日は最初から意識があったのかも知れない。化粧の上手なみゆきは、毎回違った美しさを私に見せてくれるが、その日のみゆきは特別で、表情がいつもとどこか違っていたのだ。いつも違った化粧のノリではあるが、表情にはさほどの変化はなかった。ある意味表情の変化を化粧で表わしていたのかも、と思えるほどだった。
 頬が上気して、潤んだ目をしていた。下からはすかいに見上げるような表情はまるで顎を撫でてあげた猫のように恍惚な表情で、男心をくすぐるに十分だった。
 まるで熱でもあるのでは? と感じ、
「大丈夫かい?」
 と思わず声を掛けたほどで、
「ええ」
 それだけ言うと、「ゴロニャア」とばかりに私にもたれかかってくる。
 ひょっとしたら本当に微熱くらいはあったのかも知れない。
 服を通してでもみゆきの熱くなった身体を感じることができ、はちきれんばかりの白いきめ細かな肌が少し赤み掛かって、いかにも女性の妖艶さを醸し出しているかのようだった。
 そこから先はすべてが自然だった。
 熱い身体を抱き寄せると、小刻みに震える指先が心臓の鼓動とあいまって彼女の身体を捉えていただろう。
 見下ろせばすぐ下にみゆきの顔がある。潤んだ目を静かに閉じると、シーンと静まり返った中に、彼女の息遣いしか聞こえない。
 逸子との口づけが頭の中でダブっていた。
 熱い息遣いからは逸子と違い、最初から柑橘系の香りがしてくる。まったく同じ感覚を味わっている中で、それだけが違うところだった。
――みゆきは柑橘系の似合う女性だ――
 これは付き合う前から感じていたことだった。しかし柑橘系の香りに一瞬の違和感を覚えたのも事実で、ひょっとして頭の中では逸子の顔がチラチラしていたのかも知れない。柑橘系の香りを感じた瞬間にそれまで考えていたことが薄らいでいったので、今となっては想像の域を出ない。
 それから唇が重なるまでにどれほどの時間が掛かったであろう?
 流れが自然だったこともあってか、あっという間だった気もする。というよりも、後から思い返してのことなので、あっという間だったという感覚は、まんざらでもない気がする。
 みゆきもあっという間だったと思っているかも知れない。特に女性は時間が経てば経つほど羞恥心が湧き出てくるものらしい。それだけに後から思い返した時には途中の心の移り変わりは断片的にしか覚えていないだろうと思っていた。
「私、意外と断片的にはっきり覚えていても、なかなかそれが線になって繋がらないの」
 一度みゆきが話していた。
 断片的というのは時系列がはっきりしていないだけであり、肝心なところを忘れるはずはないということの裏返しなのかも知れない。
「私これでも、意外と執念深いのよ」
 そう言って含み笑いを浮かべたみゆきの顔が、今でも瞼の奥に焼き付いている。
「あまりそんな風には見えないけど」
 そう言いながら笑ってみたが、きっと私の表情は強ばっていたに違いない。
 もし、みゆきに対しての自分の感情に疑問が起こったとすれば、その時が最初だったであろう。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次