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短編集9(過去作品)

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断末魔の封印



               断末魔の封印

 今日の目覚めは一体どっちだったのだろう?
 会社に着いた瞬間を思い出すが、その時は憂鬱だった。それから朝の目覚めを思い出そうとするのは、何日か前のことを思い出すかのようである。
 朝、私の行動はいつも変わりないが、心境は毎日のように違っている。もちろんそれまで見ていた夢にもよるのだろうが、夢を見ていたかどうかさえ、よほどその時の気分と合致していない限り覚えていないものである。
 眠たい目を擦りながらでも、しっかりと起きることができる時は、意外と精神的に複雑な心境の時が多い。いろいろなことが頭の中で巡っていて、それで目が覚めるのだ。
 私の場合、逆にあまり考えることがない時など、どうしても余計なことを考えてしまう癖があることから、たぶん目がなかなか覚めないのだろう。現実逃避を知らず知らずにしてしまっているのかも知れない。
 どんな心境の時であっても、まず朝一番は熱いコーヒーを飲むことから始まる。
 コーヒーによって頭が活性化されると思っているからだが、実際に熱いということも頭を活性化させるに十分であった。
 部屋の中に香ばしいコーヒーの香りが広がった。その日の精神状態はそのコーヒーの香りをどう感じるかによって変わってくるのかも知れない。酸味の強い香りの時は落ち着いた大人の雰囲気を味わいながら、部屋にはジャズのBGMを流し、甘酸っぱくまろやかな香りの時は、軽やかなワルツなどのクラシック系をBGMとして選ぶ。
「朝くらい贅沢な気持ちを味わいたい」
 と思っている私の気持ちが一番落ち着く時である。
 今日の気分はまろやかで軽めのワルツを嗜好した。ワイシャツの色も薄いピンクを選んだことで、身体全体が軽やかになったような錯覚さえ感じていた。
 その時の私はすっかり昨日のことを忘れていた。会社から出る時は確実にイライラしていて、一旦イライラするとしばらくは抜けない私だったので、家に帰りつくまでの約一時間、気持ちはどこかに飛んでいたはずである。しかし、そこからが面白いもので、家に帰りつくと気分は一変する。
 熱しやすく冷めやすいタイプと言われる私は、それまでどんなにイライラしていてもまったく違う人物になってしまう。さっきまでのイライラがまるで他人事のように感じられるから我ながら不思議だった。
 一人暮らしをしていると、時々寂しくなる時がある。
 特に暑かった夏が終わりを告げ、涼しくなったかと思って安心していたら、急に朝晩が冷たくなる。そんな時、どこも悪くないのに関節に何となく痛みを感じたり、喉の痛みを伴った全身のだるさを感じることがあるが、どうやら気持ち的に寂しさを感じている時かも知れないと思うようになったのは、ごく最近のことだった。
 大学を卒業して三年、やっと会社の仕事にも慣れてきた頃であった。
 全国に展開しているわけではなく、地元大手といわれている中途半端に大きな会社に勤めている私は、就職活動の時、まわりから成功者と目されていた。しかし端から見るのと入って実際に仕事をするのとではこれほどの違いがあるものかと思うほどで、三年経った今でさえ、ずっと自問自答を続けてきた。
 有名どころの大学を卒業し、鳴り物入りで入社してきた人たちが、日々の事務処理に追われる毎日である。確かに出身大学の名がすべてだとは言わないが、入社時に他の社員とは確実に違うオーラが出ていた彼らも、今やただの事務員に成り下がってしまっているのも事実である。
「この会社は人を育てることを知らない」
 入社してすぐに先輩から聞かされたが、まさしくその通りで、「やる気」なるものはどこかに行ってしまい、「充実感」を味わうことすら忘れがちになってしまう。
 また、この会社は転職者が多いのも特徴である。
 新卒がすぐにやめてしまうのもその理由であるが、どうしても「即戦力」を求める会社側の意向もあって、途中入社という形で「年上の後輩」が増えていく。新卒としては、これほどやりにくいことはない。
 確かに彼らは他の会社でそれなりの知恵と経験を持ってやってくる。しかもそこに「やる気」というオーラが発散され、我々には眩しいくらいだ。
「これだけの地場大手の会社だから、それなりに活気に溢れた職場だろう」
 というのが入社してくる人たちの共通した見解である。
 しかし、そのオーラが果たしてどれだけもつのだろうか? 何とか前の会社で培ってきた自分の知恵と経験を生かそうと躍起になればなるほど、壁にぶつかってしまっている。同じ部署の半分は途中入社で、そのほとんどが三十代である。
「前の会社では、いくつものプロジェクトに参加して成功させてきた」
 と自負する人もいるくらいである。
 私にとって、そんな中に天敵とも言える人がいる。
 何かにつけて私を目の敵にするのだ。
 その人が入社してきたのは、今からちょうど半年前。新卒を今年は取らないと会社が判断していたのだが、ちょうどその時に私よりも二年先輩が退職したのだった。その補充として入ってきたのだが、部署長のウケはよかった。
 確かに仕事はできる人のようだ。
 何かと特殊処理の多い会社で、即戦力として使わなければならないので、採用に当たる方も大変である。よほど順応性に長けた人か、広い範囲でまわりを見渡せるような人でないと務まらないからである。
 そういう意味で、その人の入社は正解だったかも知れない。
 入社時、何かと声を掛けて面倒見てきた課長の功労もあってか、迷うことなく仕事を覚えて行けたのだろう。そういえば最初の頃は私も先輩風を吹かせて、教えられることは教えていたものだ。今から思えば、彼も素直だった。
 しかし、最初から危惧はしていたが、彼には私に合わないだろうと思う決定的なことがあった。
 仕事以外のことを話してもほとんど返答が返ってこない。プライベートで呑みに行こうと誘っても露骨な顔をしないまでも、嫌そうに断ってくる。仕事以外での協調性がまったく見られないのだ。
 それは私にとって致命的であった。
 私もそれほど会社の人間と必要以上に親しくすることはなかったが、それでも付き合いくらいはしたものだ。それを嫌な顔をしてでも断るというのは、私的にはどうにも納得いかないところである。
 しかもやつは、会社では絶対の信頼を受けている。そんな状態の彼をあまり気持ちよく思っていないのは私だけではないだろう。同僚と呑みに行っても、話に出ないのは、皆それぞれ彼の話題をタブーだと思っているからに違いない。要するに酒が「不味く」なるのだ。
「やっぱ、暗いやつは嫌だよな」
「うんうん、誰とは言わないけどな」
 これだけの会話だが、すべてを表わしていた。とにかく暗いのだ。そんなやつが嫌いな連中が私の呑み仲間でもあった。
 名前を田山真一という。
 今朝、軽やかな気分になった理由は、目覚めにあったのかも知れない。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次