小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集9(過去作品)

INDEX|18ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 逸子が誰かと恋愛していたことを知ったのは、すでに失恋してからであった。逸子がまさか私に隠し事などするはずがないと思っていたので、私のショックはかなりなものだった。
 それでも失恋したと聞いた時、逸子がかわいそうで、「いとおしい」と感じた気持ちに嘘はなかったであろう。それでも逸子は私に知られないようにと健気を装っていた。
 どうやら進学しなかった理由に、少なからずその時の失恋相手が絡んでいることは明白で、そのことにまったく気がつかなかった自分に対する腹立たしさが相俟って複雑な心境に陥っていた。
――まさか、失恋ごときで人生を棒に振るかも知れないようなことを、逸子がするとは……
 その思いが強く、本当なら進学を勧めなければならない立場で、さらにその役目に一番相応しいのは自分だと思いながらも、やんわりとした言葉しか吐くことのできなかった自分に腹が立ったのだ。
 しかし自分の中で、逸子に対して今までと違う思いが宿ってきたことを自覚し始めたこともあって、その時が一番逸子に近づけるチャンスであることも分かっていた。
 腹立たしいのは、それが分かっていながら面と向かって話をすると言葉が見つからないことである。会うまでは「ああでもない、こうでもない」と自分の中で想いをめぐらせているにもかかわらず、目を見た瞬間、身体を金縛りが襲うのだ。
――肝心な時になると私は何も言えないのだろうか?
 このままなら、それがトラウマとなってしまって、これからも大事な時になると何も言えなくなってしまうことが怖かった。このあたりのことは自分でも分かっている。これが自分の性格であると思うことで、無意識に自分に納得させようというもう一人の自分がいるのだ。
 何とかその事実から逃れようとする自分、絶えず自分を省みて戒めようとする自分、これからも何かあるたびに葛藤を繰り返すに違いない。果たして勝つのはどっちなのだろうか?
 しかし、そんな思いはその時にならないと分からない。
 普段は忘れていて、思い出すこともない。もちろん、そんなしょっちゅう肝心な場面があるわけではないのでそれでもいいのだが、実際肝心な場面になると、
――日頃から考えておけばよかった――
 と思うのだが、それも「あとのまつり」である。
 それからの私に「肝心な場面」が何度か訪れた。
 大学生というとそれなりに出会いが多いものである。
 合コン、サークル、合宿と女性と出会う機会も多く、二人きりになる機会も高校時代に比べれば格段に多い。
――いい雰囲気になった――
 どちらかというと「惚れっぽい」タイプの私は、比較的そういう機会が多いような気がしていた。故意であろうが偶然であろうが、二人きりになってしまえばその時までの過程は関係ない。結構男性の友達も多い私は、自分でも話題性は豊富な方だという自負がある。しかし、肝心な場面になると浮かんでくるのは、何かの言葉を期待して潤んだ目でこちらを見つめる逸子の顔なのである。それを想像してしまっては、その時まで自分の思惑通りのストーリーで展開していても、会話が一切封印されてしまう。
 だが果たして逸子の中でも私と同じようなトラウマができてしまったのではないだろうか?
 そんな思いが脳裏に浮かんだ。
 女性にとっての潤んだ哀願の表情は、そう普段から見せるものではないだろう。自分の弱いところ、甘えたところをあまり見せる方ではない逸子にとってみれば「一世一代」の思いがあったのかも知れない。
 確かに失恋したあとだっただけに、特に女性だけによほどの思いがあったに違いない。しかし逆に熱しやすく冷めやすいタイプの逸子の態度は、その時から今までにない冷たい態度に出ることもあった。
――水臭いなぁ――
 と思えることもしばしばで、それは大学生とOLという立場から来るものだと思っていたが、それだけでなかったことも後から考えれば分かった。
 大学時代の私は、今までにない楽しい世界を覗いたということもあって、有頂天になっていた。一つのことに集中するとまわりが見えなくなる私は、それこそ逸子と縁遠くなってしまったことには反省している。しかし楽しい反面、何とも言い知れぬ漠然とした不安が少しずつ膨らんでいることも自覚していた。
――本当は逸子と話がしたい――
 心の中でそう思いながら、どうしても楽しい世界から抜けられないのは、やはり一つのことに集中すると、他に気が回らない性格が災いしているからに違いない。
 最初私はそれが照れ臭さから来るものではないかと思っていた。
 大学に入り私は遊びを覚え、OLの彼女とはどうしても話が合わないことも多いことだろう。本来なら無遠慮な会話になるかも知れないと感じているから話し掛けられないのかも知れない。だが、そこを照れ臭さで覆い隠そうと思っていたことも否めない。
 逸子はそんな私の気持ちを知っていたのだろうか?
 逸子の方からわざわざ私に話し掛けることはもちろんなかった。日に日に寂しさが増してくるようなのだが、最初はそれがどこから来るものかすら気づかなかった。
 その頃からだろうか、今まで感じたことのない自分が躁鬱症ではないかということを感じ始めたのは。
 別に気になる夢や印象に残る嫌な夢を見たわけでもないのに、目が覚める瞬間から自分が鬱状態であることが分かっている。
 まったく普段と変わりない目覚めであるにも関わらず、である。
 何となく胸の奥につっかえたようなものがあり、それが何か想像もつかないそんな時、私は自分が鬱状態であることを悟るのだ。
「また来てしまった」
 口に出して呟くことによって、鬱状態が現実となってしまうようだった。
 同じように見えている目の前の世界の背景が「色付き」になって感じるのだ。
 今まで限りなく白く透明に見えていた背景にクリーム掛かったような色が見えてきて、それがボヤけたような、まるで春先によくある「黄砂現象」を思わせるようだ。きっと私の心の中に黄砂のような靄が掛かっているからに違いない。
 鬱状態に一旦入ってしまうとなかなか抜けれるものではない。しかし永遠に続くというものでないことも分かっていて、陥る時が分かれば立ち直る時にも意識があるのだ。はっきりとした前兆があるというわけではないのだが、気がつけば重くなっていた気持ちを思い出すのが困難なくらい、あっさりした気持ちになっている。
 胸のつかえが胃薬でも飲んだあとのよう、すっきりし始めると、躁状態が襲ってくる。今度は永遠に終わりが来ないような錯覚に陥るのだが、そういうところがいかにもいい加減である。
 躁状態に陥ると、言葉を選ぶことさえ忘れがちになってしまう。
 それは逸子に対しても同じことで、気にしていることを口走ってしまった後に、気がつくことも往々にしてあった。その都度バツの悪さを感じるのだが、それは逸子が何とも言えない哀しそうな表情になるからだ。
 女性の哀しそうな表情ほど、男の心を動かすものがないことを、その時初めて知ったような気がした。
 気がつけば大学での楽しい話題に触れている。無神経といえば無神経だ。
「まさとが楽しければそれでいいの」
 そう言って哀しそうな表情をする。
作品名:短編集9(過去作品) 作家名:森本晃次